1-28.孤児
子供向けの英雄物語の中では、王になりましたという結末で終わることも多い。
この子はジェイザックの伝説物語が好きで、ある程度詳しいのかも。でも、物語はかなりの分量がある。田舎の町では本を読む機会もないだろうし、すべてを知るのは限界がある。
子孫である僕より詳しくはなれないか。
「そうなんだ。アンリはどうして自分が子孫だと思ったの? 名前が似てるから? 子供に親の名前の一部をつける風習はジェイザックの時代にはないよ。直系の子孫である今の王様の名前はカードウスでしょ? だから名前が似てても関係は」
「でも! そうだもん! きっとそうなのよ! そうだもん……ぐすっ。うえぇぇぇぇ!」
ついにアンリは泣き出してしまった。
この町、泣き虫が多いなあ。
「もう! ヨナ様駄目ですよ! アンリさん泣かないで。あの女性を大切に思ってるのですよね。アンリさんは立派です。アンリーシャにも負けないくらい」
「ふえぇぇぇぇ!」
「わたしたち、あの人にご飯を作ろうと買い物してたんです」
「うっ。ぐすっ。ご飯?」
「はい。お兄さんが帰らなくて心細そうだったので、せめて美味しいもの食べてもらおうかと。けど、わたしたちこの町に来るのは初めてなんです。お店がどこにあるか、アンリさんの方が詳しいですよね? 教えて頂けませんか?」
「……ぐすっ。え、ええ。ええ! このアンリに任せなさい!」
あ、元気になった。
「あなた、いい子ね。この生意気な男とは大違い! 名前はなんていうの!?」
「ティナです。こちらはヨナ様」
「こんな奴の名前なんてどうでもいいわ! お店はこっちよ! ついてきなさい!」
弓矢を持ったままのアンリについていく。
「ここが市場よ。もっと向こうには品揃えのいいお店が並んでるらしいけど、近所の人たちはこっちで買ってるの」
向こうとは町の中心部。富裕層も多い。
そこと比べれば、より安価に食材が手に入る場所なんだろうな。
食材の質も、ここで取り扱われているのはあまり良くなさそうだ。
「先生がいつも言ってるわ。本当はもっと良いもの食べたいって」
「先生?」
「ええ。わたし孤児院の子なのよ。お世話してくれるのが先生」
「そうでしたか……ご両親は?」
「知らない。捨てられてたって」
急に出てきた重い身の上を、当のアンリは平気な顔して話す。
「孤児院もお金があんまりなくてね。先生も年長の子は早く出ていってほしいみたいで。正直ちょっと居づらいっていうか。外で遊んでも、先生は何も言わないわ」
随分と放任主義の孤児院なんだな。
「この近所には優しい人が何人かいてね。わたしとお話してくれるのよ。昔話をよくしてくれて、ジェイザックの活躍も教えてくれるの」
彼女が伝説に詳しい理由はそれか。孤児院では教育もろくに行ってなさそうだ。本も無いだろう。
けれどアンリは近所の知り合いから、昔から口伝で残されてきた物語を知った。
ジェイザックの伝説だけではなく、無関係の童話なんかも教えられてきたのだろう。
本で学んだわけじゃないから、完全な物語ではない。アンリーシャの理解が断片的なのは、その影響。でもアンリを夢中にさせるには十分だった。
やがて両親がいない寂しさや、劣悪な環境の孤児院で暮らす辛さを紛らわせるために、自分は英雄の末裔だと思い込んで、それを拠り所とした。
「あのお姉さんも友達。いつもお喋りしてるわ。お姉さんの方も話し相手になってくれて嬉しいって、笑ってくれるの」
アンリにとって大事な人。だから守りたかった。
「いい関係なんですね」
「ええ!」
ニコニコと笑うアンリ。誇らしげだった。
素早く買い物を済ませ家に戻る。ゾーラとキアは家の片付けをしていた。
あの男は、普段から掃除をするタイプではなかったらしい。その暇もないほど、冒険者の仕事が忙しかったのか。
「お姉さん!」
「アンリちゃん、いらっしゃい」
ふたりが仲良しだというのは本当のようで、楽しげにお喋りをしていた。
アンリが主に話し、彼女が相槌を打つ。話の内容は主に、アンリの憧れる英雄のことや、いつか自分も旅に出て大活躍したいとか。
食事の準備をするティナを見ながら、ゾーラたちにアンリのことを話す。
「なるほどね。ここの孤児院は劣悪なのね」
「というと?」
「大都市だと教会とかがお金を出して孤児院を運営してるのよ。そういう所の子は贅沢はできなくても、貧しさや飢えを感じることはない。けど、ここの町の規模では違うみたいね」
「じゃあ、ここの孤児院にお金を出してるのはどこ?」
「たぶん、町の貴族。孤児に何の福祉も与えないと治安が悪化するし、中央の貴族からも睨まれる。市民から不満も出る。だから最低限の予算と人員をつけて、町の隅に孤児を押し込む」
少なくとも孤児を野放しにはしない。生活環境が整っていなくても、最低限の食事は出るし夜は粗末ながらベッドで寝られる。
飢えた孤児が盗みを働いたり、道端で息絶えて死体が腐敗していくのを防げるから、治安は維持できる。
とはいえ生活環境は劣悪だし、先生と呼ばれていた孤児を世話する人員もやる気がないのだろう。孤児がどこかへ行っても気にすることはない。むしろ世話する手間とお金が省けて良かったとすら考える人たち。
「この規模の町は、そういう孤児院が多いわ」
「へえ。お金を出す貴族は、やっぱり統治してる家なの?」
町の中心に屋敷を構えている貴族が、義務感で嫌々運営してるのだと思った。
「それが多いわね。別の場合もあるわ。統治してる家を補佐する立場の貴族が複数でお金を出し合ったり、年単位で順番を決めて担当を入れ替えたり。稀に、単一の家がずっとお金を出してることもあるけど」
「そういう家はきっと、当主がいい人なんだろうね」
「少なくとも、始めた当主はいい人だったのでしょうね」
跡継ぎがどうかは別か。
「はぁ……未来ある子供たちが、かわいそうな環境に置かれてるなんて、悲しいわね」
「うん」
「特に男の子が。あたしにもっと財力があれば、彼らを引き取れるのに」
「やめてあげて」
その方がかわいそうかも。




