1-27アンリ
中にいたのは、あの冒険者よりも少し年下の女。彼は妹だと言っていた。生まれつき病弱で、子供の頃から兄に助けられながら生きていたと。
しょぼい冒険者でルール違反の依頼を受けてしまった男だけど、こういう面もある。むしろ、妹のために大金に目がくらんだと言えるのかも。
薬を買うのにも苦労してるみたいだし。
なんとか出迎えてくれた彼女は、兄が大変なことになっているらしいと察して驚いた顔を見せた。
「兄は、もしかして危険な仕事を引き受けてしまったのですか?」
「心配することはないわ。危なくなんかない。ただ王都にしばらくいなきゃいけないだけ。途中の村でお兄さんと仲良くなってね。あなたのことを頼まれたの」
「そう……ですか。わたし、兄がいないと何もできなくて」
「仲がいいのね。必要なものはある?」
「いえ。特には……」
こちらは見ず知らずの他人なわけで、急に頼れと言われても無理だろう。遠慮するだけの彼女に、ゾーラは笑みを見せた。
「とりあえず、家の掃除をさせてもらうわね。あと今夜の夕飯の用意も」
「そんなっ。悪いです」
「いいのよ。あなたは寝てて」
彼女を部屋のベッドに押し込んだ。
夕飯の買い出しは、僕とティナで向かうことに。その途中。
「ヨナ様」
「なに?」
「妹さんに、薬を買ってあげることはできませんか?」
そう尋ねられた。
お金はある。だから無理な話じゃないけど。
「うーん……あの人、たぶん受け取らないと思う。それほどの厚意を受ける立場じゃないって」
「そう……ですね」
「それに、薬を渡して一時的に良くなったとしても、僕たちはずっとこの町にいるわけじゃない。ずっと責任持って面倒見られないなら、するべきじゃない」
「はい。ヨナ様の仰る通りです。ごめんなさい。良かれと思ったのに」
「ティナの優しさで救われる人はいるよ。今夜は、美味しいもの食べてもらおう」
「はい!」
「……ところでティナ、気づいてる? 僕らを尾行してる人がいる」
「えっ!?」
正体不明の尾行者に気づかれないよう小さく言ったのに、ティナは驚いて後ろを向いた。うん、次からは気をつけてね。
ティナの動きに向こうも反応して、咄嗟に物陰に隠れた。
「どこですか!? さっきの口の悪い冒険者さんですか!?」
「あのふたりも追いかけてきたけど、家に入った時点でいなくなったよ。あと口が悪いのはお互い様かな」
「ええっ!?」
「今度は、奴らとは別人」
何者かは知らない。それを今から確かめる。
尾行者がいるはずの物陰に近づくと、向こうはさっと姿を表した。
妙に小柄な敵は、持っていた弓に矢をつがえて放った。
咄嗟に後退ったところ、矢はこちらに飛んできて、届かずに落ちた。
「……なんですか、これ」
「玩具の弓矢」
矢の先端は、当たっても痛くないように布を丸めたものを被せてあった。
子供が遊ぶためのやつだな。
「惜しい! もうちょっとで当たったのに!」
尾行者が悔しそうな声をあげた。僕と同じくらいの年齢の女の子の声だし、姿もそうだった。
僕より背が低い女の子。服装から判断するに、町に住んでる娘だ。髪は肩くらいまでの長さ。
そんな少女が、玩具の弓を手にしてこちらを睨みつけている。
あの弓矢では当てるのは無理だな。
「はい、落としましたよ」
「あ、ありがとう。じゃなくて!」
ティナに矢を渡されて素直に受け取った彼女は、直後に我に返った。
「あなたたち! あの優しいお姉さんになんの用かしら!?」
「お姉さん?」
「妹さんのことでしょうか」
「あの人! 体は弱いけど美人でしょ! お兄さんの知り合いの冒険者仲間に狙われてるの知ってるんだから!」
「まあ、そんな感じはしますけど」
「あんたも! そのひとりなんでしょ!?」
僕に指を突きつけながら少女は言う。
ひどい誤解だ。
「僕はそんなんじゃないよ。というか、歳が違いすぎる」
「いーえ、男はこれくらいの歳から女を狙うものなのよ! 知ってる!? あのジェイザックはあなたくらいの歳から、女を連れて旅に出たのよ!」
知ってる。なんなら僕はそいつの子孫だ。
「これだから男は油断ならないの」
「でも、僕は違うよ。王都の方から来た冒険者なんだ。村で出会ったお兄さんと知り合ってね」
僕の正体など隠さなきゃいけないことは多いけど、お兄さんにお願いされて家に上がったことを伝えた。
少女はこちらの親切心に驚いた様子。
「そうなの!? それはごめんなさい。……いえ、まだ油断はできないわ。親切心で下心を隠してるだけかも。それにお姉さんと会う内に好きになるかも。男は狼なのよ……」
信頼されてないなあ。
「あの。お嬢さん。あなたは彼女の何なのですか? 妹、というわけではない様子ですけれど」
「え? わたし? それはね! えっと、その。近所の知り合い……」
急にばつが悪そうになった彼女。あの人を守るには、ちょっと関係性が乏しいと自分でもわかっているらしい。
それでも少女は引かなかった。
「でも! わたしには困ってる人を守る責務があるのよ!」
「責務?」
「ええ! わたしの名はアンリ! あの英雄アンリーシャの子孫だから!」
「アンリーシャの!?」
ティナが驚きの声を上げた。
アンリーシャとは、建国の父ジェイザックの旅に同行した女の弓使い。その腕は恐ろしく、生涯に渡って狙った的を外したことがないという。
彼女は優れた美貌も伝説に残っていて、ジェイザックとは一時恋人関係にあったとされている。
ああ。このアンリという子は伝説の英雄に憧れてるんだな。玩具の弓を持ってるのも、その表れ。
確かにアンリーシャは、弱い人々を放っておけず、率先して守ろうとした人物らしい。
でも。
「アンリーシャに子孫はいないよ」
「え?」
「伝説の中、でアンリーシャは子供を残さないで死んだ。ジェイザックは後に別の女を嫁にして、それが今の王族のルーツになる」
旅に出た当初からついてきたとされる女だ。シルフィーネという名前も伝わっていて、彼女が建国の母とされている。
「アンリーシャは自分を、戦士としては優秀でも母の適性は無いと察して身を引いた。ジェイザックから側室にならないかと誘われたけど、それも断って、生涯独身のまま亡くなった」
「そ、そうなの!? そんな話、聞いたことない……」
アンリが動揺している。




