21 それぞれの情報戦(1)
今回から第二章に入ります。
一ヶ月後
『さて、ようやく本格的な情報戦の時間だ』
画面の向こうで、人影が不敵に笑う。
情報は、軍事において技術や兵力、通信に並ぶ重要要素と言っても過言ではない。情報収集を開戦前に行うことは定石であり、それが行われる前に武力衝突に発展した今回の戦争は異質と言える。
現代ならば偵察衛星による偵察やコンピュータへの侵入などさまざまな手段があるが、その中で最も古典的な方法といえば密偵を使うことだ。
地球において、その歴史は古代まで遡ることができる。
本来は戦争前にお互いの陣営に密偵を送り込み相手方の情報を得た状態で戦争を仕掛けるのだが、慢心した皇帝がいきなり戦争を仕掛けたためそれらは全ておじゃんになった。
結局帝国は16万もの莫大な犠牲を払い、日本も軽視できない損害を被った。
それほどに、情報戦というものの必要性は大きい。
『……まあ、それを理解していない皇帝ドノのお陰で我らが中央情報隊の防諜部はヒマしてるわけだが』
セルムブルク方面隊隊長の根崎陸将は、陸上自衛隊中央情報隊の隊長にして陸上総隊司令部情報部長である神田陸将の愚痴兼情報提供を受けていた。
情報隊に防諜部は存在せず、その手の仕事はまた別の部隊の仕事だ。故に、このようなことを言ったのは恐らく皮肉であろう。
実際、帝都に旗揚げされたテクサス商会を拠点に活動している現地情報隊からは呆れるほどの情報が入ってきていた。人を媒介として諜報活動を行うヒューミント部隊とタイランディウス有数の行商人の組み合わせは凶悪だった。
行商人が商人となることはよくあることなのであまり怪しまれず、しかもヘールグと帝都の間を行商していたのでコネも広い。販売するものは基本的に無難なものばかりなので、いかにも「一旗揚げてやんよ!」と意気込んで帝都を訪れた商人という風格が出ていた。
無論、防諜においても抜かりはない。嗅ぎつけてきたと思しき帝国の密偵部隊は完全に欺いていた。
『歴史がちがうんだよ、歴史が』
そんなことをぼやきつつ、画面に映る細面の男は黒地に三本の緑色の爪跡が描かれた缶のエナジードリンクを呷る。
「おいおい、ドラゴンエナジーそんなにガブ飲みしていいのか?」
『うっせ、こちとら一時間睡眠で回しとんじゃ。飲まなきゃやってられんわ』
「あぁ……お疲れ様」
中央情報隊の過労具合に苦笑いしつつ、わざわざ連絡を寄越してくれた同僚に感謝する。
しかし、次の瞬間その感謝は驚愕へと取って代わった。
『……そうだ、ここからが本題だ。ーーーー帝国でも連発銃が生産されたらしい。八連発のリボルバーライフル、口径は約8ミリだ』
「な……!?」
『革命軍の単発銃と比べたらどっこいどっこいな気がしなくもないけどな』
革命軍が極秘に配備を進めているツェリア単発銃は、日本……というよりも特戦の一部隊が設計に協力した代物だ。金属薬莢とライフリングの導入により帝国の試製単発銃よりも威力、射程、精度、連射速度の全てにおいて上回る優秀な銃だが、実態は十三年式村田銃のデッドコピーだった。
どうやら革命軍の一部は高い鍛治技術を持っているらしく、彼らの地下拠点で製造が進められているとのことだ。もっとも、月に三百丁作れるか作れないかという状態である上に、革命時の主戦力となるのは扇動した市民なのであまり数は必要ではない、とのことだった。
ところが、帝国が開発したのは八連発。リボルバー式は欠点が多いものの、ボルトアクションよりも連射速度は早いことは確実だ。
それがもたらす影響に焦る根崎を神田は窘める。
『まあ、落ち着け。報告によれば連中の試作銃は拳銃弾レベルの実弾を使うらしいから、自衛隊のボディーアーマーなら容易く防御できる。それに、生産数も月に1800から2000丁しかない』
「どこから手に入れたんだ、その情報……」
『うちのエージェントナメんなってこった。あとわざわざ相手の意図に乗って生身の兵士同士の戦いをしてやる義理もないだろ?』
「確かにな……だが、ゲリラ戦を仕掛けられたら面倒なことになるぞ」
『それはありえるな……今のところはライガンって都市のすこし北側の山地に防衛線を引いてるみたいだ。リュケイオンからだとだいたい700キロくらいだ。で、籠城の構えを取ってるから誘い込んでからのゲリラ戦の可能性も大いにありえる』
「レンジャー部隊呼ぶか?」
『前線の〈エルヘン飛行場〉からは40キロもないからやりようはいくらでもある。それに、必ずしもそいつらを相手しなきゃいけねぇってわけでもねぇ』
「それもそうか」
自衛隊は帝国の目と鼻の先と言える距離に前線駐屯地を設営している。帝国に焼き討ちされた一帯を使って建てられたその基地は急造だが、物資を蓄え帝都への攻撃拠点とするには十分だった。
エルヘン飛行場から帝都までの距離は200キロ強、ギリギリヘリボーン作戦が可能な距離だ。空爆など余裕で出来る。今は燃料の貯蓄が少ないため行われていないが、その気になればいつでも帝都を焼け野原に変えられるのだ。
無論、市民を巻き込むため自衛隊は絶対に行わない作戦なのだが。
『つか、リボルバー自体は16世紀には開発されてんだよ。アイデアがあったとしてもおかしくはねぇ……使えるかどうかは別としてな』
「やれやれ、剣と魔法の世界じゃなかったのかと言わせてもらいたいところだ」
『全体に行き渡らせられない以上は戦術は大して変わらないと願いたいところだな。……情報は以上だ』
「うむ、感謝する」
根崎は通信を切ろうとした。しかし、それを阻むように神田が口を開く。
『……ここからは友人としての忠告だ』
「なんだ?」
『皇帝よりも、第2皇子が怪しい。外出の頻度が多い上に金回りや私兵にも不審な点がある……気をつけろ、侮っていたら足元をすくわれるぞ』
「……了解した」
『皇女は曲がりなりにもこちらサイドの人間だし、第1皇子は残虐なだけの愚帝と判断して差し支えない。しかし、第2皇子だけは不明な点が多すぎる……コイツが一番危険かもしれん』
「そうか」
『というわけだ。まあ、警戒するに越したことはない……気を抜かなよ』
「言われるまでもない」
根崎は、通信を切った。
◇
夜間ということもあり人通りの少なくなった帝都スラム街の一角で、黒ずくめの男が所在なさげに佇んでいる男に向けて引き金を引いた。消音された銃声はざあざあと降る雨音に掻き消され、人の耳に入ることはない。
小さな血飛沫が飛び散った。
硝煙が燻り立つ短機関銃を下ろし、まだ生暖かい死体を手早く物陰へと隠す。
三十秒足らずの間にその作業を終えた男は、小さく無線機に吹き込んだ。
「……外周クリア」
『全ての歩哨の排除を確認、作戦第2段階へと移行。各員、内部の制圧へ移れ』
「1-3、ラジャー」
影から染み出すように、数人の黒ずくめの男が現れた。
全員闇色の夜間戦闘服に身に纏い、手にはUMP45、顔面には四眼式暗視ゴーグルというこの国の技術を超越したいでたちは、昼間ならば一目見ただけで強烈な印象を残しただろう。もっとも今は夜間、しかも雨だ。当然のことながら視界は制限され、普段なら見えるはずのものもうまく見ることが出来ない。
彼らは、存在するはずのない部隊だ。それゆえに正体を絶対に明かせない彼らには、この雨と暗闇はお似合いだった。
男たちが、洗練された動きで一つの建物を包囲する。それは先ほど射殺された男が立哨をしていた古びた賭場だった。
短機関銃の装填レバーを少しだけ引いて薬室に実弾が装填されていることを確認し、彼は立ち上がる。
緑色の視界の中にひときわ明るく映し出される赤外線レーザーサイトの光点を人の喉の高さに合わせ、素早く接近。
窓を背にして立ち、呼吸を整える。
(あわてるな、何度も通ってきた道のりだ。……俺はもう日本人じゃない、特戦404小隊の隊員だ)
そう自分に言い聞かた。
瞬間、わずかな指の震えがぴたりと止まる。
『3……2……1……ゴウゴウゴウッ!』
その掛け声と同時に、建物の内部で閃光手榴弾が炸裂。爆音と閃光が室内を支配した時には、すでに彼の軍人として訓練された身体は動いていた。
窓を蹴破り突入、屯していた男の一人に向けて容赦なく銃弾を撃ち込む。
叫ぶ間もなく喉から血と骨のかけらを噴いて絶命した男には目もくれず、とっさに詠唱を始めている魔術師らしき男の頭に45ACP弾をお見舞いした。
別の窓から突入してきた隊員と張る十字砲火は正確無比そのものであり、逃れられるものは誰もいない。
突然の閃光と爆音のダブルパンチは備えていたとしても強烈なダメージをもたらすものであり、無警戒だった男たちには防ぐ術はなかった。
「クリア」
「クリア……ルームクリア」
『よし、つづけて地下室の制圧に移れ』
「ラジャー」
無線で指示を受けた二人はハンドサインで意思を疎通し、地下へと続く階段へと向かった。
「おーい、何があった……ガッ!?」
警戒しつつ階段を上ってきた敵を銃撃で突き落とし、すぐさま閃光手榴弾のピンを引き抜く。
この建物は単純な構造のようで、階段を下りてすぐに大部屋へとたどり着いた。
ここにいるのは熟練の暗殺者と密偵が数人。しかし、彼らはその能力を生かす前に死を迎えることとなる。
今後の潜入計画を練っていた密偵たちは、上の階で鳴った爆発音を聞いた。
すわ敵襲か、とそれぞれの得物を握り階段を下りてくるであろう敵に備える。
「……そこか!」
投げ込まれた閃光手榴弾を暗殺者の一人が切り捨てた瞬間、室内は強烈な閃光と衝撃に襲われた。
それが収まったと思ったところに叩き込まれるのは45口径弾。
「くっそ、ここで死んでたまるか……〈風壁〉、〈風刃〉!」
魔術師の女がとっさに風の壁を発生させるものの、すでに半数は頭部や胸部に被弾し致命傷を負っていた。
その威力に魔術師が頬をひきつらせた刹那、また手投げ弾が投げ込まれた。
閃光と爆音を想定して耳をふさいで目をつぶる。
爆音、衝撃……それを最後に、魔術師の意識は途絶えた。
「建物に火をつけた。任務完了、これより帰投する」
『了解、よくやった404小隊。これで、帝国御用達の密偵組織はすべて壊滅したというわけだ』
「……そうですね」
『1-2、怪我は大丈夫か?』
「左腕欠損は覚悟した方がよさそうです、魔法でばっさりやられました」
返り血と自身の血、そして雨水で紅く濡れた黒ずくめの男たちは、燃え盛る賭場の跡を背に去って行った。
まるで、闇夜に溶け込むかのように。
今回は日本を中心にしていました。
ちなみに、「存在しない部隊」こと404小隊の全貌は後々明らかになってきます。
では、次回までしばしお待ちいただけると幸いです。




