20 ターニングポイント エンゲージ
前話の最後に少し加筆してあります。そちらをご確認の上でご覧ください。
その夜が明けぬうちに、革命の情報は二方向から日本政府へと伝えられた。
駐エルヴィス大使館と深々部偵察部隊の双方から入った一報に、日本政府は対応を悩ませることとなった。
帝国と戦争状態である今、革命を助けないという選択肢はない。
しかし、どれくらい肩入れするのかという問題があった。
帝国西部の貧困と飢餓に対する食糧支援くらいならばまだマシだが、よそから入る物資を帝国軍が見逃すはずがない。
そして、革命軍に自衛隊を協力させることは難しい。土地が広大すぎる上に、帝国との戦線もあるためだ。
となれば武器輸出や技術提供だが、武器のアドバンテージを失う行為は容易には行えない。革命軍が革命後に日本に牙を剥かないとは言えないが故に。
現実的な線は資金およびかなりグレードを下げた技術の供与だろうが、残念ながら頭の固い霞ヶ関の方々は会議だ調査だと言って無限に時間を潰せる能力の持ち主である。
実際に、高田の報告を聞いた竜ヶ崎などは「小田原評定になるだろうなコレ」と零していた。
ところが、実際には極めて素早く決断が下された。
大臣クラスの緊急会議で決定されたことは以下の通り。
・外務省は帝国西部へと秘密裏に交渉隊を派遣、リュケイオン駐在の特戦のうち一個分隊がバックアップに当たる。
・それに伴い、エルヴィス国と帝国西部の国境地帯である山岳に数か所の中継基地を設営。ヘリ部隊の派遣する。
・日本はタイランディウス帝国に対し自衛以上の軍事行動はとらない。しかし、帝国領民に深刻な人権侵害等が確認された場合は人道的支援を行う用意がある。
無論、これらは『表向き』の決定である。国民には知らされないが、逆に言えば日本の機密を預かる立場ならばそれなりに知っているということだ。
そして、『表向き』があるならば当然『裏』もあった。
◇
数週間後 帝都
皇帝の下に、内務卿より不穏な報告が届けられた。
「皇帝陛下、イサドラ皇女の動向に不審な点があります」
「申してみろ。内容によってはただでは済まさんぞ」
紅い双眸が、ギラリと光る。彼は唯一の娘であるイサドラを溺愛しており、その甘やかしようは国内外有名だった。むしろ、その環境でどうして竹を割ったような今の性格になったのかはタイランディウス七不思議の一つである。
それ故に、行動に不審な点があるというのはすでにおかしいのだ。良くも悪くも正直な彼女ならば、姑息な真似などせず堂々と異を唱えてくるはずだと、皇帝は信じていた。
しかし、信頼はたやすく打ち砕かれる。
「昨夜確認しましたが、滞在先のライガン城塞都市から姿をくらましていました。数日前から流行り病に伏しているという名目でしたが、隠密部隊からの報告によるともぬけの空だった、と」
「あ奴にとってはよくあることだが……前線部隊に合流するつもりか?」
前線部隊とは名ばかりで、16万を丸ごと粉砕された帝国軍は焦土戦術で時間を稼いでいるようなありさまだった。未だ焦土と化していないのはライガン地方より北であり、帝国軍のライガンよりさらに北にある山脈にて防衛線を張っていた。
すでに、ライガンおよびその周辺の村々は切り捨てられているのだ。ライガン視察から第2皇子と皇女が戻ってきたタイミングでライガンは封鎖、日本軍とエルヴィス軍が攻め上がってきた際にライガンごと焼き払うことを皇帝は決心していた。
まるっきり外道の行いだが、それほどに日本を脅威と判断していたのだ。だからこそ、皇女が行方不明となった現状は非常に分が悪かった。彼は溺愛する娘を殺すほどの狂気は持ち合わせていなかったのだ。
「いえ、彼女の動向を洗い出した結果……ライガン滞在中に西方を治めているはずのシュタール侯爵との接触が確認できました。また、病に伏せているという嘘をつく前にもたびたび姿をくらましていたことも判明しています」
シュタール侯爵は、皇帝が目をつけている反乱分子の一人だ。この戦争が終わり次第適当な罪をでっちあげて処刑するつもりでいたが、彼に皇女が接触したのであれば皇女も反乱に加担しようとしていることが確定する。
「な……我が娘は黒だった……のか」
「まだ憶測の域を出ません。しかし、こうして行方不明になっている以上は……」
「皆まで言うな、わかっている……」
皇帝は額に手を当てて俯いた。彼の顔は見えなかったが、深い混乱と衝撃に襲われていることは誰であろうとわかる。
内務卿は「失礼しました」とだけ告げ、娘に裏切られた哀れな男の下を去った。
いつまで俯いていたのか。
気が付けば夕暮れ時になっていた。帝都エル・フリージアの夕陽は綺麗だったが、それは彼にとって憂鬱そのものだった。
そんな彼の下を訪れる者がいた。
「失礼します、皇帝陛下」
「……ネフェスか」
ネフェス・キンジャール。セルむブルク大陸において技術の最先端を走る帝立技術廠のトップだ。彼は皇帝にとある武器の開発を任せられており、それが完成したため披露しに来たのだ。
「ご依頼の品、完成いたしましたのでここに献上いたしたいと思います」
「そうか……ついにできたのか、実用レベルの“銃”が」
銃。
帝国ですら未だに試験配備にとどまっているその武器は、ネフェスが開発した魔力を使わずに魔術と同等の攻撃を行える武器だった。最初は皇帝も重臣たちもその有用性に半信半疑だったが、男の持ち込んだ“試作品”が魔術で強化された鎧兜をぶち抜くさまを見てその認識を改めざるを得なかった。
これは、確実に戦争を変えると、誰もが思った。
「いまだ帝国工廠にすら明かしていません。この新型の存在を知るのは私とあなただけです」
まるで取引を持ち掛ける悪魔のようにネフェスは言う。
「これならば、日本国も、エルヴィス国も、反乱分子も始末できるでしょう……さぁ、どうしますか?」
「わかっている。……生産量は、月に何丁だ」
「帝国工廠すべてを動員すればひと月に2000丁は堅いですね」
皇帝は、深く考え込む。
既存の戦術をすべて裏返すかのようなこの武器は、十人隊に一挺装備させるだけで敵を地に伏せさせられるだろう。日本軍すら打ち破れるかもしれない。
次々に思索を巡らせる彼の眼は、すでに全てを武力でつかみ取る帝王の眼へと変化していた。
そんな彼の様子を見て微かに嗤いつつ、ネフェスは続けた。
「連発式魔力銃〈シュピーゲル〉。再装填に時間がかかりますが八発まで連射が効きます。魔力消費がシャレにならないため魔石は交換する必要がありそうですけどね」
箱から取り出された、細長い木と鋼の複合体。それは、紛れもなく銃だった。長い銃身とほっそりとした銃床は試験配備中の単発銃と変わらないが、機関部に蓮根のような円筒が仕込まれている。
「使用するのは8号実弾と3番撃発魔石。これをセットにして、兵士に配布しましょう。交換可能な作りになっているため、魔石を回収するように厳命すればコストもそこまでかかりません。回転チャンバーには雷潁石が仕込まれているので……」
「その辺で大丈夫だ、至急生産に取りかかれ」
長々と続くセールストークをバッサリと切り捨て、端的に告げる。ネフェスは若干不満げな顔をしつつも請け負った。
「了解致しました、皇帝陛下」
ネフェスが退室し再び静かになった部屋で、皇帝は決意する。
(……娘を誑かした反乱分子も、エルヴィスも、日本も全て潰す)
なぜなら、彼は最強軍事国家タイランディウス帝国の主なのだから。
◇
帝都南部外縁 商業区
「いやはや、まさかこんなにあっさり侵入できるとは思わなかった」
「深々部偵察隊には悪いが、我ら第5偵察隊が帝都一番乗りというわけだ」
「……おい、雑談している暇があったらさっさと荷物降ろせ!」
表通りに面したとある商店に、喧騒が響いていた。看板には〈テクサス商会〉と書かれた看板が掛かっており、れっきとした商店であることを示していた。
ただし、それは表向きの話である。
店の奥には数人の迷彩服を着た屈強な男たちがたむろしており、さらには商人と思しき格好の若い男も懐から小刀を取り出していた。
彼らは全員、帝国の味方ではない。
若い男が屈強な連中の前で口を開いた。
「さてみなさん。ここが帝都におけるセーフハウス第1号となります。偽装のために真っ当な商売もするので、ご協力ください」
彼は、エルヴィス国屈指のエージェントだった。普段から商人としても活動しており、それを隠れ蓑にすることが多いため商人としての腕前も確かなものだ。
ゆえに、今回の自衛隊偵察部隊との合同作戦に選ばれた。
作戦目標は帝都への潜入およびセーフハウスの設営。
馬車に揺られていたらいつのまにか達成されてしまっていた現状に、部隊の隊長はため息をついた。
本来は深々部偵察隊の仕事なのだが、彼らは冒険者という身分上帝都へ近づくことすらままならなかった。結局、彼らは極秘の任務に回されたと聞く。しかも、通常部隊がこうも苦もなく侵入できてしまったのだから虚しさは倍増だ。
特戦の使い所間違えていないか、と本気で思う。
「まあ、どちらにせよ灯台の下に潜り込めたからよしとするか……」
そんなことを呟きつつ、彼は荷ほどき作業に戻る。
この日、日本はついに帝都へと手を伸ばした。帝国はまだ気がつかない。自分たちの喉元には聞き耳をたてる虫が這い回っていることに。
◇
帝国西部は、寒さの厳しい雪原地帯である。
大陸を南北に分割するテンガイ山脈に存在する寒村などその最たる場所だった。ほぼ一年中雪に閉ざされ、夏の短い間だけ通行が可能になる陸の孤島。しかも、標高ゆえかはたまた別の原因なのか夏でも雪が降ることがある。
例えば、今日のように。
「……しかし……寒いな」
「まるでシベリアだ」
「笑えねえ冗談だな……しかも吹雪ときた」
雑談を交わしつつ、9人の人間が囲炉裏の周りで暖を取る。いくら風雨を凌げる建物の中とはいえ、その防寒性能は現代日本の住居のとは天と地ほどの差がある。屋内とはいえ寒いものは寒かった。
それでも屈強な男だけならばなんとかなったかもしれないが、一行には鍛えられているわけではない少年もいれば庇護対象となるような幼い少女もいる。種族も性別も年齢もバラバラな一団は、とある目的のもとで緩い団結を結んでいた。
「おう、ジエイタイさんがたや。お茶が入ったで」
「はは、夏の吹雪はさすがにキツイだろ」
そんな声とともに、朴訥な老年の竜人と凛々しい姫騎士がお茶の入った湯呑みを運んできた。そのまま、自身も囲炉裏で暖を取る。
それだけ見れば、暖かい光景。しかし、姫騎士ーーーーイサドラがおもむろに放った言葉でそれは否定される。
「さて、革命の話をしようか」
ここは、帝国西方領土竜人自治区ヘルニグの村。
そして、レジスタンスの本拠地だった。




