19 動き出す物語
フェリーナとレンを加えた一行は、ライガン城塞都市に到着していた。たどり着いた西門では物々しい検問が敷かれていたが、冒険者カードのお陰で難なく突破し集合場所の西広場へ。
そこでは、転移魔術で先に街中に入っていたフェリーナとレンが待っていた。
「待たせたな」
「これから潜入でもするんですか……」
「潜入からの奇襲は俺らの十八番だぞ?訓練内容には某蛇の傭兵も参考にされているらしいからな」
「初耳ですよ、隊長」
そんな感じであっさりと街の中に入った一行は、城塞都市の中をぶらりと観光しつつ情報を集めることにする。班分けとしては大内、フェリーナ、フレイ班と、南原、榊、高田班、そして竜ヶ崎、三原、レン班という形になる。
このような分け方を提案したのは、竜ヶ崎ではなく南原だ。
女子班が一足先に出発した後。門を出てすぐのところにある広場で南原は竜ヶ崎に耳打ちする。
「そいじゃ、隊長。勇者ドノを頼みますよ」
「了解。ま、任せておけ」
竜ヶ崎の自信に裏付けされた返事に満足した南原は、ひらひらと手を振りながら榊、高田を伴って去っていく。
竜ヶ崎は肩をすくめつつ、レンと三原を引き連れて別の方角へと歩き出した。
夕刻。一行は取っておいた宿の一室に集合し、収集した情報をまとめて城塞都市における行動計画を練る。
竜ヶ崎が、第一声を発した。
「さて。俺たちの目標は第二皇子および皇女様との接触で間違ってないな?」
その言に、南原が補足を入れる。
「ええ。友好関係を持てたら万々歳ってところでしょう」
「おやっさんの言う通りになれば早いが、こればかりは話術次第だな」
「到着の日程とここで行うことはわかったが、ただの式典と視察だったからな……実入りが乏しいのなんの」
彼らに集められた情報は、辺境の街で集められたものと大差がなかった。襲撃するならともかく、対話を狙うならば正直無意味である。
しかも、話しかけるタイミングはほぼ皆無ときていた。
竜ヶ崎はため息を吐きつつ、高田に愚痴る。
「はぁ……なあ、高田」
「なんですか、隊長」
「いっそのことモンスターパニックとか起きればいいのに」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ。せめて潜入でしょうに」
とはいえ、竜ヶ崎が言うこともわからなくはない。白馬の王子様は姫様に話を通しやすいのだ。
ただし、現実はそこまで甘くないが。
「腐ってても始まらないな。仕方がない、潜入を試みるか。フェリーナさん、潜入にはどれくらい自信があるか?」
「ここにいる面々を転移魔術で送り込めば一発じゃな」
瞬間、特戦の面々が一斉に遠い目になった。
潜入奇襲を任務とする特殊部隊の、存在意義を否定された気分である。
「……そうするか」
◇
その夜。
高田は一人、街を歩いていた。この外出は彼の発案であり竜ケ崎以外には漏らしていない。これから行うことを考えれば妥当だった。
そろそろ酒場も賑わいを終える時刻であり、表通りは閑散としている。しかし、彼が用があるのは裏通りだった。
一本道を外れると、ゴロツキや物乞いがたむろしている。領民からの帝国の評価は悪くないとはいえ、治安が良いとはいえないのだ。それは、ライガンでも同様だった。
娼館や盗賊のアジトと思しき酒場を尻目に、彼は一直線に歩く。複雑に入り組んだ道を、まるで勝手知ったるかのように。
そして、一軒のバラック小屋の前で足を止めた。まるで魔女の家だな、と場違いなことを一瞬考えた。
そのような思考と体を切り離し、扉を緩急つけて三回、二回と叩く。
すぐに、扉の奥から澄んだ声が聞こえてきた。
「……イサドラは」
「十三回転んだ」
高田の声には淀みはなかったが、一抹の緊張を含んでいた。これから会う存在が彼に緊張をもたらしていることは明白だった。
カチャリ、と解錠される音が聞こえてきて、扉が開いた。
中から顔をのぞかせたのは、桃色の髪をショートにバッサリと切った藍色の目の少女である。剣を佩き、平服の騎士のような装いをした彼女は、勝気そうな顔に緊張と決意が浮かべ真正面から高田を見据えていた。
「入ってくれ」
「わかりました」
「……ソウシ、何をするつもり?」
高田は小屋の中に入ろうとしたが、獣人少女の鋭い言葉によって阻まれる。彼が振り返った先には、予想通りの人物がいた。
「……フレイ」
獣人少女――――フレイは、高田と桃色の髪の少女をにらみつけていた。左手には弓を提げており、彼女の腕前なら1秒以内に高田に矢を撃ち込める状態だ。
そして彼女は、彼の返答次第では容赦なく少女に矢を撃ち込むつもりだった。
嘆息して、正直に答える。
「……ちょっとした密談さ」
「なら、私も同席する」
「はいはい……えっ」
フレイは有無を言わさぬ様子で腕を取り、ずかずかと小屋の中に入ろうとした。
その一連の様子を見ていた少女は、ぼそりと言う。
「ずいぶん惚れられてるじゃねえか。爆発しやがれってんだ」
「……マジすか……」
「……砂糖吐いて倒れれば?」
難聴系主人公になれるほど聴力が悪いわけではない彼らは、ばっちりとその愚痴を聞き取っていた。
意外に清潔な小屋の中、3人はローテーブルをはさんで向かい合わせに座った。
まず、桃色の髪の少女が口を開く。
「さて、折り入って高田殿に話があるが……ここに来てくれたということは少なくとも話を聞く用意がある、ということでいいか?」
「ええ」
「……頼みごとをする前に身分を明かすのが礼儀じゃないの?」
「それもそうだな」
普段の数倍は辛辣なフレイの物言いに、少女は苦笑した。そして、己の正体を明かす。
「俺はタイランディウス帝国の皇女、イサドラ・ルーデンドルフ・タイランディウスだ。あんたらにとっちゃ敵国の姫様といったらわかりやすいか」
瞬間、フレイが殺気立った。
同時に、閃光の如き速さで飛びかかることを予測した高田がフレイを制する。
それで冷静になったのか、睨みつけるにとどまった。
(あぶねえ、瞬発力だけだったら隊長すら上回ってたぞ……)
最悪の事態を回避することに成功した彼の内心は冷や汗だらだらだった。
獣人の身体能力は高いが、その中でも彼女は極め付けだった。明らかに、一ヶ月前よりも強くなっている。
その動機は、考えるまでもなかった。
(復讐、か)
そんなことを考えている高田と裏腹に、イサドラは頭を垂れた。無論、王族が行なって良い行動ではない。
「……すまない。俺は父上の命じた侵略に加担した。責任は俺にもある」
そして、彼女は高田に己の長剣を差し出す。
その行為が指し示す意味はただひとつ。
ーーーーもしも俺を許せないなら、ここで斬れ。
しかし、フレイも高田もイサドラを斬るつもりはなかった。
「小官としては貴女を斬るつもりはないし、その資格もありません」
フレイもこくりと頷いた。彼女の内心は煮え繰り返っているが、それとこれとは話が別であり、利用価値があると言うことも本当だった。
しかし、それに対しイサドラは沈黙する。
「……」
「改めて、自己紹介を。小官は日本国陸上自衛隊、高田想士三等陸曹。所属は故あって明かせませんが、潜入奇襲を得意とする部隊とだけ覚えておいてください」
無難な自己紹介の裏に小さな皮肉を織り交ぜつつ、高田はイサドラの反応を伺った。
「……存じている。俺の部下の魔術師が接触しただろう?俺の麾下にもそのような部隊はいるからな」
(直属にしてはお粗末な接触方法ですね)
内心で小さく毒を吐いた。
自分たちが何者かに監視されていることはライガンに入ってから察知していたが、そいつらのうちの一人が隙を見て自分に声をかけてきたことは流石に予想外だった。
しかも、お粗末な隠密を用いてだ。
それは、熟練の暗殺者や特殊部隊隊員にとっては足音を立てて歩き回っていることと大差がない。むしろ、堂々と町人を装って接触する方がまだ効果的といえる。
しかし、そのような評価は次の一言でやや上方修正されることとなった。
「ああ、君たちのいた辺境の街で『皇女と第2皇子がライガンにくる』って情報を流したのは俺だ。情報は得ていたが、足取りを掴めなかったからな。おびき出したということさ」
その言葉にやや引っかかりを覚えつつも、彼はイサドラに問う。
「本題に移りましょう。話、とは?」
「市民革命さ」
イサドラは、あっさりと言った。フレイはそれを聞き、頭に疑問符を浮かべた。
しかし、地球の歴史を知る高田は凍りつく。
「……それは、どういうことですか?」
「文字通りだ。皇帝たる父上は俺を溺愛しているが、俺はあいつを同じ人間とは認めたくない。だから、革命に一兵士として手を貸すことにしたんだよ」
ポンポンと飛び出してくる爆弾発言に、険しい顔になる高田。
「本気、ですか?市民といえど、この国の様子を見ているととても革命という雰囲気ではありませんよ?」
「本気の本気さ」
そして、イサドラはそれを決意するに至った帝国の内情を話す。
「なあ、あまりにも裕福だと思わないか?奴隷制のないこの国が」
「……!?」
その一言だけで、高田はイサドラの言わんとすることを察知する。そして、ずっと感じていた違和感の正体に思い至った。たしかに、日本より格段に劣るとはいえこの国は帝政という専制君主制に反して国民が裕福すぎる。とても広大な国土を持っている帝国とは思えない。それは皇帝の善政かとも思ったが、考えてみれば今は戦時中なのだ。とても国民に回す金などあるはずがない。
ならば答えは一つ。その富は、誰かを虐げて得ているのだ。
「……選民制度か!」
「大当たり、だ。この国には二種類の市民が存在する。一種類目は主に東側の豊かな土地に居住する一等市民。二種類目は北側の痩せた土地や辺境に居住する二等市民。なかでも、一等市民の富裕層は基本的に都市に居住して富を貪っている。たとえばこのライガンとか、な」
頭を殴られたような衝撃が走った。
◇
ほぼ同時刻。
エルヴィス国に開設された駐エルヴィス日本大使館では、ひとりの男の来訪を受けていた。男は旅装で疲労困憊しており、相当の長距離を休まずに移動してきたことが伺えた。
不測の事態に備え深夜まで起きていた二人の外交官が、一度休養してから改めて話すことを提案する。
しかし、彼は一刻も早く外交官に己の用件を話すことを、頑として譲らなかった。
最終的に外交官の方が折れ、魔力による明かりの絞られた応接間で応対することとなった。
現地の住民を雇うことで魔力灯とよばれる照明器具の運用を可能としている日本大使館は、夜間でも一応の明かりを確保することはできる。また、魔力を貯めた魔石と直結した魔法陣を使用することで応接間内のみだが〈意思疎通〉を起動させることが出来、交渉を楽にしている。発電機もあることにはあるが、ここでは魔石などを加工した道具の方がはるかにコストが低く応用が利くのだ。
息も絶え絶えの有様の男は、その魔力灯の灯を浴びつつ話を始めた。
「私は、〈レジスタンス〉の使者だ。本日は日本国へ我々の置かれた状況を伝えるために参った」
「レジスタンス……!?」
「ああ。我々タイランディウス帝国西方領の民は、圧政に喘いでいる。西と東では大違い、ということだ。そこで、〈レジスタンス〉は帝国の打倒を目指しているのだ。独立ではなく、な。我々はその作戦をこう呼んでいる。ーーーー〈市民革命〉と」
瞬間、外交官二人は総毛立った。背筋を冷や汗が流れ落ちることを知覚しつつ、あくまで慎重に問いかける。
「それに賛同する市民はどれほど?」
「西方領土の民約八千万人はみな帝国に爆発寸前の不満を抱えている。それに裕福な東側も、エルヴィスとの戦線が開かれている南部は自国軍による焼き討ちや略奪を受けているとの情報を得た。すくなくとも、千万単位の蜂起は確実に見込める」
「……勝てる見込みは?」
「ある。帝国のそれをも上回る新兵器が開発中であるから、それを革命軍に支給する。それと帝国からの強奪品の武装でなんとかなるだろう。数はこちらが上だ」
その一言一言が発せられるたびに、外交官たちの背筋を冷や汗が伝う。彼らは、地球で発生した数多の革命を知っていた。だからこそ理解できたのだ。
史上類を見ない規模であるということに。
エルヴィス経由で、帝国の西側の領土はこの皇帝の代になってから侵略して手に入れた領土ということが判明している。人口はおよそ8000万人、面積はロシア連邦と同等。
そして、その統治は軍事力を背景とした圧政の一言であり、かつ東側の住民にはあまり知られていなかった。皇帝が発表していないということもあるが、地理的な距離が膨大であるということも主な要因だ。
それは、フランス革命当時のフランスなど比ではない。
そこから、二つの推測が立つ。
一つ目は、この革命は今、このタイミングに限り成功率が極めて高いということ。
なぜなら、日本と戦火を交え、なおかつ惨敗を繰り返しているからだ。帝国の誇る圧倒的な軍事力は大幅に低下しており、それに裏付けられていた支配力は瓦解しかけている。また、戦争は大幅な負担をもたらす。東側でも物価はそれなりに上昇していることが特戦からの報告で入っているが、今後はさらに暴騰すると思われる。それに伴う民衆の不満は計り知れない。
二つ目は、革命が起きた後にきわめて重大な問題が控えていること。
あくまで推測であるが、外交官二人の脳裏にはある国と、その国が最も多くの犠牲者を出した戦争が想起されていた。大筋は異なるが、原因の真相には類似点がある。
(……革命がおこった後内戦とか洒落にならんぞ)
さすがに声に出すことはなかったが、強い緊張を覚えていた。
すなわち、東側の住民と西側の住民には温度差があるのだ。例えば、米国の北側と南側のように。
(さしずめ、東西戦争か……それは回避しなけりゃならんが……気づいているのかどうだか)
そんな日本側の懸念など気にも留めず、〈レジスタンス〉の使者は鞄からあるものを取り出した。
棒状のそれを見た外交官たちは、一瞬で青ざめた。
「……それは!」
「まさか、この世界にも存在したのか!?」
それは、竜ケ崎が警告をよこした代物。
それは、地球の戦場を大きく変化させた武器。
それは、遥か遠くから効率的に命を奪うことが出来る凶器。
――――銃だった。
「帝立工廠製のものを改造した〈前装魔石撃発式長銃〉だ。各々の魔力に依存する魔術に頼らず、発射用の魔石を交換可能にすることで〈火球〉以上の火力を連続で放つことが出来る。帝国はその発想に至らなかったらしいが、西方は魔石が良く産出されるからな。こんな使い方もできる」
「……すでに、フリントロック式が生まれていたというのか……!?」
「フリントロック式とやらは知らないが、帝国の試作品はせいぜい一発一発魔力を誰かが込めなおす代物だ。それに比べてこいつなら……」
そう話す男の眼は爛々と輝いており、熱が籠っていた。さすがにこれ以上熱く語られても困るので、本題へと修正する。
「――――それで、〈レジスタンス〉は日本に何をお望みですか?」
男は、即答した。
「革命への協力と、西方領民の救援だ」
◇
イサドラと高田はローテーブルを挟んで向かい合い、革命の詳細について話し合う。
「……革命軍である〈レジスタンス〉は各地に散らばっているが、合計で20万人ほどだ。軍から横流しした〈通信魔術水晶〉で密接な連絡を取っているから、連携は強い」
「……ただの反乱と革命の違いは、わかっていますか?」
「そりゃ、革命は既存の統治を一新することだろう? 俺たちは完全な独立ではなく、市民による自治を目指している。そのためには、なんとしても帝国の支配体制を瓦解させなければならないんだ」
「……なるほど……」
一応の筋は通っている、と思った。
政治的な革命に必要とされるのは、政治的な力のある者たちと市民の利害一致、既存の支配体制への不満、そしてそれに裏付けされる民衆の熱意であると彼は考えていた。実際に、フランス革命やロシア革命はその要素がそろっていた。
現在の帝国にそれらが揃っているかどうか、そもそも革命の条件がそれであっているのかはまだ判別がつかない。正直なところ、まだ必要なステップを踏んでいないと踏んでいた。
ただし、日本という国が介入するか否かのポイントはそこではない。
「……とりあえず、西方領土の実情を見て欲しい。そこからわかることもあるだろう」
「……暗に『付いて来い』って言ってますよね、それ。……まあ構いません。我々の方では判断が難しいため、本国に指示を仰ぎましょう。そもそも、我々の本来の任務は『帝都における橋頭堡の設置』なので」
「ああ、話を聞いてくれて感謝する。俺は、なんとしてもこの革命を成功させなきゃならねぇからな……」
後半のセリフに少し引っかかるところがあったが、詮なきこととして流した。
そして立ち上がろうとして、自身にかかっている体重に気づく。
「……ありゃりゃ、お嬢さん寝ちまったか」
フレイが、いつのまにか自身にもたれかかり寝てしまっていた。
確かに、この時間まで起きているというのは成長期の少女にとっては酷かもしれない。しかし、フレイの寝顔は、先程立てていた殺気がまるで嘘のような安らかなものだった。
苦笑しつつ、軽い身体を背負う。
「有意義な話が出来て良かったです」
「こちらこそ、だ。とにかく、俺は皇帝に敵対する意思を持って動いている。それは覚えておいてくれ」
「ええ、それは伝わってきましたから」
それは、嘘ではない。
フレイを背負った高田は、最後に一礼して小屋を去った。
一人きりになった空間で、皇女は静かに決意する。必ずや日本を巻き込み革命を成功させねばならないと。
すでに、日本に対する手は打ってある。
宗教の支配から脱した人々は、次は独裁者の支配から抜け出さなくてはならないのだ。
そのためならば、この身は喜んで捧げよう。
それは、彼女なりの覚悟だった。




