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18 情報収集は大事

 彼らは街の門をくぐった。

 虜囚の身となっていた少女たちと半分放心状態の猟師のケアは村の人々に任せて、ギルドの乗合馬車で帰ってきたのだ。

 結局、レンとフェリーナも一時的に同行することになった。フレイにかけられた言葉で吹っ切れたのか、レンは実に晴れやかな表情へと変化している。


「ふむ、ここが今の街かの……のう、レンや。妾はそこの串焼きが食べたいのじゃが……」


「あー、どうしましょう」


「お前の判断に任せる」


 早速上目遣いでおねだりしている月龍ドノの扱いは彼に任せ、竜ヶ崎と高田、そしてフレイは石畳の道をギルドの方へ歩く。依頼を遂行したら、達成報告などが必要になるのだ。

 宿で合流することに決めた一行は、それぞれ必要なことを行うべく分散していた。


 からん、からんというドアベルの音を立てながら、チーク材製の扉を開ける。

 ギルド会館は、相変わらずの喧騒だった。


「じゃあ、俺報告に行くから高田とフレイは待っていてくれ」


「了解」


 竜ヶ崎が依頼カウンターの列へ並んだのを見届けて、高田はベンチに座った。左隣には当然のようにフレイが身を滑り込ませてくる。ちょこんと座り込み、見上げてくる彼女の髪を撫でつつ、彼は微量の罪悪感を感じる。

 フレイの右頰には、水平に走る傷跡が存在していた。彼女が、治療したフェリーナに頼み込んで残してもらったものだ。彼女にいかなる考えがあるかはわからないが、仲間に付けられた傷跡を残すことには複雑なものがある。少なくとも、彼はそう感じていた。

 彼女の視線を感じつつ、高田は逃げるように周りの会話に耳を済ます。

 その中に、気になる会話があった。


「聞いたか、帝国は4枚城塞を失ったらしいぞ」


「嘘だろ……エルヴィス軍か?」


「いや、なんでもエルヴィスの友邦のニホンという国がぶちかましたらしい。一つの城塞につきたった千人で攻略しちまったらしいぞ」


「おいおい、一つの城塞に3万は駐留しているんだぞ!?」


「それがな……天を行く鉄の天馬と地を行く鉄の巨象を大量に従えてたらしいんだ……」


「ということはなんだ?ニホン軍はみんな召喚術師からなるのか!?」


「よせやい、それだったら今頃この辺境の街など焼け野原だろ」


「ちがいねぇ!」


 そのあと男たちは娼婦の話へと移っていったので、高田は聞き耳をたてるのをやめる。

 しかし、噂に尾鰭がつかなすぎだ、とも思った。

 情報の速度が異様に早く、それなりに正確な情報が回ってきている。はっきり言って、中世から近世にあたる世界だとは思えなかった。あるいは、ファンタジー故か。

 交わされる別の会話にも耳を傾けつつ、情報を取捨選択する。


「ところでよ、皇女サマが隣のライベル城塞都市に来るって本当か?」


「ああ。もともとは都市国家だったそこを訪れることで友好を示そうとしているのだろうな……」


「まあ、皇女サマは確か皇帝の愛娘だからな……皇帝が溺愛してやまない」


「皇女サマの方は煙たがっているみたいだがな。……ただ、第2皇子と城蟹騎士団も付いてくるってあたりがきになる」


「第2皇子……帝国きっての問題児じゃねぇか。あれか?自分の部隊連れて参上して味方の城塞都市潰そうってか?」


「さぁな。ただ、帝国軍は16万近い軍勢を失っている。なんらかのアクションは取らないといけないだろうな」


「おうおう、それはまた……まあ、2人とも皇帝や皇太子ほどキチガイじゃないからいいか」


「シッ、声がでかい!」


「おっと、すまねえな」


 それを聞いた高田は、想像以上の情報が手に入ったと内心でほくそ笑んだ。

 この数分間での収穫はかなり大きい。そしてなにより、ピースがうまく嵌れば戦争の終結に繋がる。単純とはいえない構図になりそうだが、司令部に伝える価値はあった。

 そしてなにより、日本の動きに関する情報の精度を考えれば、その確実性も高いと考えられる。冒険者の情報速度と精度に内心舌を巻きつつ、頭の中でするべきことの整理を始める。

 その時、竜ヶ崎が革袋を手にカウンターから戻ってきた。


「やっすやっす、悪いな、混んでた」


「……隊長、気がつきましたか?」


「……俺を誰だと思ってる」


「とりあえず、宿に戻りましょう。ちょっと洒落にならない情報を手に入れました」


「だろうな。……よし、宿に戻るか」


 3人はギルド会館を出て、連れ立って石畳の道を歩く。竜ヶ崎が数歩先行し、高田とフレイが隣り合うようにしたのは彼の粋な計らいというものだ。


「……フレイ、お腹すいてないか?」


「……何か、食べたい。お昼ご飯食べたけど、足りない」


 高田はフレイの視線の先を追って、そこにある屋台を見つけて苦笑した。


「3本、買って行こうか」


「んっ」


 串焼き肉の屋台に立ち寄り、胡椒で味付けされた串焼きを3本購入した。

 1本をフレイに手渡し1本を自分の口に突っ込んで、いつのまにかそこにいた竜ヶ崎の口に串焼きを突きつける。


「おう、ありがたくもらうぜ」


「……んっ、美味しい」


「これはなかなか……」


 串焼き肉を堪能しながら、彼らは徐々に暗くなりゆく夕暮れ時の道を急いだ。




 ◇




 レンやフェリーナ込みで全員が自分たちに割り当てられた部屋に集まったことを確認して、竜ヶ崎は口を開いた。


「さて、まず俺たちはギルド会館でちょっと不穏な話を聞いてきた」


「というのは?」


「……日本の動きが、ここまで伝わっている。それもそこそこ正確に」


 しかし、それを聞いても他の面々は驚くことはなかった。

「……隊長、それなら俺らの班でも耳にしました」


「研二、私たちの方でも聞いた。細部は違ったけどね」


「……となると、相手……というよりこの国の情報収集能力は明治初期レベルには見積もった方がいいな」


 情報が戦場を支配する現代戦において、情報のアドバンテージが予想よりも低いというのはかなりの痛手である。


「それと、もう一つ。……近いうちに、この国の皇女サマが近くの城塞都市を訪れるらしい。そこはもともと都市国家だったらしいからな。うまく使えばかなりの効果を発揮する」


「つまり、その皇女にコンタクトを取ると?」


「方法はいくつかあるけどな。ちょうどよく魔物をけしかけてみるとか」


「それ、この中の誰かが生贄になりますよね」


「……ボツで」


 無表情のフレイにとどめを刺されてうっ、と唸る竜ヶ崎。

 そんな彼は置いておいて、高田は接触の方法を考え始めた。国柄からして箱入りのお嬢様ではないはずだ。第2皇子や皇女が、この戦争を仕掛けた皇帝よりもマシというのならば、まだ話が通る見込みがある。


「……じゃあ、今日はこの辺にするか。とりあえず近いうちに城塞都市へ向かうのは確定で」


「了解です」


「じゃあ、俺は定時報告に行ってくる。……レン、ついてこい」


「……わかりました」


 レンを伴い、竜ヶ崎がバルコニーの方へ向かった。残りの面々はそれぞれの部屋へと戻っていく。

 ちなみに、竜ヶ崎、高田、レンと南原、榊、三原が相部屋であり、女子部屋と合わせて3つ部屋を取っていた。今回集合していたのは竜ヶ崎の部屋である。




「……さーて、俺らは寝るとしますかね」




 ◇




 バルコニーの上で、竜ヶ崎は野外通信機を設置しレシーバーを耳に当てていた。チューナーを回し、任務前に通達されていた極秘回線に接続。アンテナプレートの角度は南西に45度、少しいじるとノイズが消えた。

 はるか南を飛行中の空中管制機と接続されたのだ。衛星回線への切り替えも考えられてはいるが、地球とは若干異なるサイズの星であることが判明しているため通信衛星の調整に手間取っているらしい。故に現状では古式ゆかしい空中管制機越しの会話となった。


『……スカイアイよりジーク1、感度良好』


「ジーク1よりスカイアイ、ファフニールまで繋いでくれ。定時連絡だ」


『了解』


『こちらファフニール、感度良好』


「ジーク1よりファフニール、定時連絡。事案は3つです。まず1つ目は、この街の北にある城塞都市にタイランディウスの第2皇子と皇女が現れるという情報を掴みました。この2人は、敵の首魁よりは話が通用しそうです。また、もともとは独立した都市国家だったということも把握しています」


『それは重要だな。それで、残り2つは?』


「2つ目はタイランディウスの情報伝達速度です。電話が発達しているわけではないのに、異常に早い。……すでに、4城塞の陥落がほぼ正確な情報で市井の民に伝わっていました。3つ目は……」


 そこでしばし、竜ヶ崎は言い淀んだ。


『3つ目は?』


「……邦人の少年を確保。我々が異世界転移する前に異世界に呼び出されたようです。召喚した国は“神聖フルミナ帝国”。また、彼の同行者曰く日本から彼の存在が抹消されている可能性が高い、だそうです」


 次の瞬間、無線の向こうの気配が変わった。いくつかの驚愕の声と、怒りの気配が伝わってくる。


『……調べよう。名前と住所を』


 レシーバーの向こうの上官があくまで冷静に言うのを聞いて、竜ヶ崎はレンの方を向いた。

 こくり、と頷いたレンは、己の氏名と住所を告げた。

 それは、ごく普通の住所だった。


「名前は水鏡蓮、住所は千葉県ーーーー」


 それを聞き終えた上官ーーーー根崎陸将は、深い憤慨を孕んだ声で言った。

 その先の言葉を予想して、野外無線機からレシーバーを取り外しスピーカーモードに変更する。


『子供を巻き込むか、クソッタレ共が。……ジーク1、その子に伝えてやってくれ。居場所は必ず用意してやる、とな』


「了解」




 ◇




 一方、女子部屋の中でも動きがあった。

 敢えて、日本語で尋ねる。


「さて、リーナちゃん」


 〈意思疎通〉を展開させたのか、自然な日本語で返事は返ってきた。


「誰じゃ、それは」


「貴女のこと。フェリーナよりもリーナの方が、確かに呼びやすい」


「ふむ……悪くはないの。フェリーナという名前には愛着があるが、呼びやすいというのは分からなくもない」


 まあそんなことはさておいて、と大内は前置きし話し始める。


「フェリーナちゃんがもってる銃器、教えてくれない?

 原理と、弾の補充と」


 結局呼び方がフェリーナになっていることに若干呆れつつ、彼女は答える。


「原理は圧縮した火属性魔力に衝撃を加えて解放しているだけじゃな。弾の補充は魔術で複製しているだけじゃ」


「うっわ、なんたるチート……で、この間使ってた銃。あれは最新型だったの?」


「違うの」


 フェリーナは、否定した。


 彼女曰く、魔獣を相手するには十分だからという理由で主に使っているそれは当時から見ても相当昔のものらしい。クリップ装弾式のボルトアクション銃。

 大口径の実弾小銃であり、銃剣格闘にも対応した頑丈な逸品である。


 他にも自動連発式の突撃銃や半自動式の狙撃銃、純魔力弾を用いる光線銃などもあったらしいが、それらは全て“繊細”なのである。その分、単純な構造のそれは取り扱いが楽だから選んだのだ。


 それらを全て聞いた大内とフレイは嘆息した。


「……どう考えても、地球よりも上を行く文明じゃん。……というか、なんたる脳筋発想」


「の、脳筋とは失敬な! 妾の基本戦術は“火力こそ正義”じゃぞ!?」


「ここまで重症なのは、正直私も予想外」


「フレイちゃんからしたら当たり前のことじゃない?……というか有史以前から存在している月龍ドノなんだし」


「ちなみに、妾はその時代の殆どの銃器を保有しておる。カカカ、使える武器が多いというのはいいものじゃの」


「それで教会に封印されてたら世話ないわね……」


「あ、あれは事故じゃ!事故なのじゃ!」


 そんな彼女たちを優しく包み込みつつ、夜は静かに更けて行った。



次回から、話の展開がやや早くなってくる予定です。また、日本政府の駆け引きや資源の調達なども描く予定です。


では、次回もよろしくお願いします。

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