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Sidestory4「堕勇者、月龍に拾われる(2)」

 レンは、沈黙した。

 5000年前に交わされた二つの約束。そこには、何か深い意味がある気がしてならないのだ。

 否、実際深い意味があるのだろう。「遺跡を護ってくれ」、「5000年後に墓参りに来てくれ」という、相反するような二つの約束である。


「……まあ、お主にこれを言ったところで仕方ないのじゃが……そうじゃな、地上に出たらもしかしたらお別れかもしれぬ。妾の行くつもりのところは、おおよそ人が好き好んで訪れる場所ではないからの」


「いや……俺もついて行って構わないか?……行く当てがないんだ」


 気が付いたら、レンはそのようなことを口走っていた。真剣な顔をしていたフェリーナが、今度は驚愕と好奇がないまぜになった眼で見つめてくる。

 その視線を受けて初めて、レンは自分が何を口走ったか理解した。


「あ……いや、すまん。忘れてくれ」


「クフフ、お主は面白い奴じゃの。世界で最も危険な魔物とされておる古龍の旅に、ついて行こうとは」


 そういうと、彼女はニヤーっと笑った。


「気に入った。――――ついてくるがよい、レン。安心せい、取って食ったりはせんからの」


「……それは助かる。――――ありがとう」


 そういったレンは、少しだけ笑った。

 作り笑いに近いたどたどしさがあったが、それは確かに笑顔だった。突然ぎこちない笑みを向けられたフェリーナは怪訝に思い、問う。


「……お主はなぜ笑ってるのじゃ?」


「……約束事をするときは、笑えって母さんに言われたからな。……うまく笑えているかは怪しいけど」


「ほう……お主の母君はなかなかいいことを言うではないか」


 フェリーナは、レンの言葉を聞いてカラカラと笑った。



「おっと、本題を忘れるところじゃった。……ここに来たのはお主の義足を作るためでの。隻腕ならともかく隻足はまずいじゃろ」


「……それはそうだけど、作れるのか?」


「なに、妾をなんだと思っとる。4000年はこの地下を本拠としておったんじゃ。技術の類は全て頭に入れとる」


「なるほど、ね……」


「おっと、ここに置いてあったの」


 お姫様抱っこの姿勢のまま、フェリーナは器用にロッカーを開けた。金属製のソレの中に収まっていたのは、漆黒の義手および義足一式。艶消し処理がされており、闇に溶け込むかのような色をしていた。


「それが、義手なのか……?」


「お主を看病している間にチマチマ作っておった。材質は妾の甲殻を圧縮した代物じゃの。神経を通しておるから、お主の見せたあの機動にも付いていける筈じゃ」


「ファンタジーってどこに消えたんだろうな……にしても、これは完成品みたいだが、『作る』とはどう言うことだ?」


 レンがそう聞くと、フェリーナは抱えていた彼をおもむろに台の上に寝かせた。ひんやりしており、どことなく手術台を連想させる代物だ。

 フェリーナはレンの短くなってしまった左腕を撫でつつ口を開いた。


「こねくたーを作る。お主の神経や骨と、この義足を接続するためのモノじゃ。さすがに、前もって作ることはできんからの。……局所麻酔でよかろ」


 フェリーナは虚空から取り出した白衣を纏うと、これも虚空から取り出した注射器をおもむろに欠損部に刺した。

 薬液が注入されると同時に、レンは残された左腕の肩から先と、右足の太腿の中程から先の感覚がなくなったことを知覚する。


「これは医学書を読み込んだ妾が暇つぶしに土魔術やら薬魔術やらで作り出したものじゃ。2000年後になってようやく使うことになるとはの」

 

「さらっと暇つぶしでヤバいもの作ってんじゃねえよ……」


 突っ込みを入れつつも、レンは徐々に目を閉じた。




 ◇




「ぬしよ、起きたかや?」


「……ああ。……あれ、左手がある?」


 1時間後、レンは目を覚ました。彼の視界に飛び込んできたのは、簡素なTシャツとハーフパンツから覗く、漆黒の義手と、目を細めて眺めているフェリーナの姿だった。


 その長いもみあげの先端に若干血が付いているのを見てとり、彼は口を開く。


「……髪の毛に血ついてる」


「お主の血じゃの。切断されている動脈と静脈をつなぎ直す作業をするときに跳ねたんじゃ」


「それは、悪かった」


 彼が謝罪すると、フェリーナはカカカと笑った。


「よいよい、お主にはどうしようもなかった事じゃ。……それよりどうかの、義手と義足は」


 彼女にそう言われ、彼は台の上から床に降り立った。神経系のタイムラグもなく、見た目に反して重さもそこまで重くはない。義足の方も、バランス関係は問題ないようだった。

 若干の違和感はあるものの、普通に良い代物である。


「ああ……感覚に違和感があるけど、悪くない」


「まあ、それは慣れるまで時間がかかるの……それにしても、綺麗な銀髪じゃな。妾とは違ってどこか赤みを帯びた銀じゃが……クフフ、サラサラでいつまでも撫でたくなる」


 そう言いながら、フェリーナはレンの横髪を撫でた。

 気まずそうにしながらも、彼は口を開く。


「……ちょっと、ブレスを喰らってな。元々は黒かったんだが、白くなった。……銀になったのは何故だか知らないけど……」


「髪と瞳の色には魔力も関係してくるからの。お主、右足を魔力の奔流に呑まれて失っておろう?……膨大な魔力を叩き込まれると、そうなるものじゃ」


「なるほど、な……」


 彼は頷いた。新しくなった左手の拳を握ったり開いたりしながら、思索にふける。

 そんな彼を眺めていたフェリーナは、ふとやろうと思っていたことを思い出した。



「そうじゃ、お主にいくつか武器を見繕うかの。魔剣の類いもいくつかあるが、その前に〈収納〉の魔術道具じゃ」


 彼の持つ〈ソクラテス・ボディーバッグ〉は、初歩の初歩である。ボディーバッグサイズにスーツケースと同等のモノが入ると言うのは彼にとって中々に魅力的だったが、残念ながら完全上位互換が存在するのだ。

 フェリーナは、虚空から精巧なデザインの黒い腕輪を取り出した。中央に青いラインが入っており、メビウスの輪のごとく捻れていた。


「……これじゃな、〈シュバルツァ〉。お主の使ってる〈ソクラテス・ボディーバッグ〉の1000年ほど後に開発されたものよ。こればかりは妾にも複製できん。……こいつの容量はこの部屋よりも大きい。取り扱いが難しいが、なんとかなるかろ」


「……フェリーナが使っているのと同じか?」


「いや、妾のは魔術じゃな。……ほれ、早速使ってみるとよい」


 彼女から〈シュバルツァ〉を受け取り、左腕の義手に嵌る。そして、起動するべく腕輪を軽く叩いたが……なにも起こらなかった。

 レンはジト目でフェリーナを見つめる。


「……どうやって使うんだ?」


「あー、腕輪の中央に走ってる青い線をなぞるのじゃ。リストで出てくるはずじゃな」


「だからファンタジー世界じゃなかったのかよ、ここは……」


 ぼやきつつも、レンは〈シュバルツァ〉の起動に成功した。

 出てきたリストをスクロールすると、ここにくる前に彼が持っていた刀剣類の数々や、戦闘糧食などさまざまなものが入っていた。


「……少し使いにくいが、慣れれば問題ないか」


「うむ、感覚で取り出す〈収納〉魔術よりも、大量に持ち運ぶことに向いておるからの。我が友も愛用していた代物じゃ」


「そうなのか。……とりあえず、ありがとう」


 一通りの確認を終えてそう言ったレンに、フェリーナは笑って答えた。


「これで終わりなわけはなかろう。……お主の装備は正直言って貧弱じゃ」


 そして、彼女は語った。

 彼女の目的には、親友の墓参りもそうだが、文明が衰退したことに関する調査、そして教会の打倒まで含まれているのだ。

 さすがに教徒全員を相手する無茶はしないが、太古から生きる龍である彼女が動く以上、確実に火の粉は降り掛かってくる。

 彼女自身はともかく、 同行するレンは脆い。


 故に、彼自身も自衛のための武力を保持する必要があるのだ。


 彼女の話をまとめると、そう言うことだった。


「これ以上持てとは……俺になにを相手させる気なんだよ……?」


「ふむ、妾の他にも龍はおる。故に、良からぬことを企む若い龍もあるいはおるかもしれぬ。……実際に、800年程前にこの住処にカチコミをかけてきた地龍がおったからの。……そもそも妾の住処が分からず、結局入口前の神殿モドキを寝場所にしやがったのじゃがな。今もおるのかの……?」


 そいつ、俺が殺しましたと言うべきか真剣に悩んだレンだった。

 そんな彼をさておいて、フェリーナは銃器が保管されてある場所に移動した。レンも、ついて行く。


「それはさておき、じゃ。お主には一応銃も持ってもらおうと思う。間違いなく地上の連中に対しては大きなアドバンテージじゃからな……なに、そう難しいものではありんせん」


 黒光りする銃器の群れの前で、フェリーナは言った。たしかに、地上では銃器は使用されていないし、その存在すら認知されていない。「勇者」として活動していた間に聞かなかったのだから、ほぼ間違いないだろう。しかし、彼は銃を主兵装にする気はあまりなかった。


「……銃よりも投剣の方がいいと思うが……?」


 彼が今最も信頼しているのはこの地の底で鍛えた己の技量であり、それはほぼ全て投擲のためのモノだ。

 他方、銃について彼には、FPSなどのシューティングゲームの経験がある。故に、実銃に触ったことはないものの、銃器の取り扱いについてもそれなりの知識を持っていた。しかし、それでも投擲よりは信頼性が低いのだ。


「……お主、投擲で倒せるのはたかだか数人ということは知っておろう?まあよい、保険みたいなものじゃ。詳しくは後で説明する」


「仕方ないな……」


 彼女に示された拳銃の棚の中から、手頃なオートマチック式の拳銃を手に取った。側に置いてあったダブルカラムのマガジンを銃に叩き込む。カチリ、とマガジンが固定される音がした。


「……ほう、お主はそれを選ぶか……」


「なんとなく、だけどな」


 フェリーナが歩み寄り、拳銃のスライドと思しき部分やセーフティと思しき場所を指し示して口を開いた。


「ふむ……たしかそいつは、こうしてこうすれば撃てるはずじゃ」


「……それはわかったが、ここで試し撃ちはダメだろう」


「それもそうじゃな」


 そう言われて、一旦手を離すフェリーナ。

 それに、と前置きして彼は付け加える。


「俺は、投擲メインで戦うつもりだから、俺が銃を使うんだったら投擲の射程外をカバーできるものにするべきだと思う」


「それも一理あるの……じゃが、投剣は手数切れが早いのじゃ」


「ぐ……それは……否定できない。白刃戦は得意ではないし」


「じゃから、剣がなくなった時に備えて一丁くらい持つべきと考えたのじゃ。……妾もいくつか持ってあるぞ? 魔術はどうも加減が効かなくての。一度地上に出た時に、鬱陶しい連中を魔術で追い払ったら天災扱いされてしもうた」


 カカカ、と笑いながら言っているが、レンは笑えなかった。この少女が常識外を地で行く存在なのは知っているが、そこまで派手にぶちかませば教会に目をつけられ、封印されるのも当然だろう。


「……とりあえず、俺はフェリーナの意見にしたがおう」


「うむ、では試し撃ちに行こうかの。久しぶりにこの足で歩くんじゃ、りはびりとやらには丁度よかろ」





 ◇





 数日後には、レンの体調はほぼ万全な状態に復帰していた。

 装備も新調され、襤褸を纏って迷宮を徘徊していたあの頃とは見違えるレベルである。


 ちなみに、彼の装備は以下の通りだ。


 ・魔剣類

「煉剣」レーヴァテイン

「讐剣」アロンダイト

「嶺剣」カラドボルグ

「滅龍剣」ノートゥング

「屠龍剣」バルムンク

「英雄剣」タンキエム

「飛剣」ミストルティア

「閃光剣」クラム・ソラス

「古剣」ネイリング


 ・その他刀剣類

 ナイトソード

 銀の狩猟ナイフ×2


 ・銃火器

 9㎜口径自動拳銃


 ・防具

 鉄製の小手(右のみ)



 タンキエムまでがここにくるまでに彼が集めたブツであり、さらに加わった3本はこの遺跡に保管されていたものである。

 ちなみに、フェリーナは銃剣付きの小銃も勧めて来たが彼は丁重に断った。使える自身がないのに持っていても仕方がなく、そもそもそれが必要な距離で戦闘に陥ることは考えなく買ったからである。

 故に、牽制用の拳銃を一丁だけ携行することにしたのだ。必要になれば彼女から大量の銃を受け取れるということもある。


 そして、これらの物騒な装備を身につけ、一部は〈シュバルツァ〉に格納した状態が彼の新たな姿なのだ。

 ちなみに服はフェリーナが仕立て直した黒色のハーフコートと黒いズボン、そしてシャツとネクタイというものだった。


「レンよ……似合っておるぞ」


「おう。……ああ、そういえば地上まではどうやって出るんだ?」


 フェリーナの賞賛を軽く流しつつ、彼は肝心のことを聞いた。


「……うむ、奥に長距離転移の魔術陣がある。それを使い、脱出するとするかの。この迷宮を上まで攻略するのは骨が折れる」


「なるほどな。……出発は何日後の予定だ?」


「お主の様子を見るに、一週間後じゃろうな。剣の投擲はたしかにベテランの域に達しておるが、いかんせん近接戦闘がままなってないように思える。……それだけ魔剣を持っておったら、魔術は後回しでもよい。むしろ、新しい装備に慣れることが先決じゃの」


「そうか。了解した」


 そう言ったレンは、フェリーナの居室の椅子に腰掛けた。未だに義手義足の違和感は消えないが、受身が取れる程度には慣れてきていたのだ。

 おそらくは、毎日のようにフェリーナがマッサージしてくれている効果もあるのだろうが……。


 結局装備したままの〈ソクラテスの鞄〉から、一本の魔剣を取り出した。金色の流麗な柄を持つ、紅い刃の長剣ーーーー煉剣レーヴァテインである。


「……ぬしさまや、どうしたのかや?」


「ちょっと、手入れをしようと思ってな」


 フェリーナに返事をしつつ、レンはレーヴァテインの刀身を眺めた。さすが魔剣というべきか刃こぼれは一切ないものの、曇りや汚れは付着している。

 リハビリがてらで行なっていたのは投剣および射撃であり、その際についたのだろう。


 カバンの中に適当に入れていた柔らかいボロ布を取り出し、油に浸して刀身を拭う。

 まるで、己の心を研ぎ澄ますかのように。


 順調に剣マニアと化しているレンを眺めたフェリーナは、ボソリとつぶやいた。


「あー、だめじゃなこれは。完全に没頭しておる」





 そんな日々を送っているうちに、一週間はあっという間に過ぎた。






 ◇





 そして今、2人は巨大な魔術陣の上に立っていた。白いワンピース姿のフェリーナの傍で、腰に讐剣アロンダイトを提げたレンは、最後に今まで世話になった遺跡を振り返った。


「……ぬしさまよ、はよう行くぞ」


「わかってるけど、少し名残惜しくてな」


「安心せい、戻ってこれぬわけではないわ。……ほれ、手を繋いでくりゃれ」


「……口調おかしくないか?」


そんなことを言いつつも、彼は素直にフェリーナに生身の右手を差し出した。フェリーナが左手でその手を取り、魔術陣へと右手をかざす。


「……行くぞ、準備はよいかや?」


「聞かれるまでもない」


「……了解じゃ」




そしてフェリーナは、単音節の魔術言語を発した。




「……〈超長距離転移〉」




いつも感想、評価、ブクマありがとうございます。本当に作者の執筆する原動力になります。


次回は再び竜ヶ崎さんや高田さんの話に戻ります。

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