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14 反攻作戦3 ヘールグ城塞都市

一週間くらい開けてしまいました……なにぶん作者が多忙なもので……


ちなみに、今回は「正攻法」ではありません。では、ご賞味あれ。

 

 城塞都市ヘールグは、平原に造られた大規模な城塞都市である。交易拠点でもあり、エルヴィスからの商人や、はるばる南方からきたという商人も多く訪れる街だ。

 人口9000人、守備隊2500人。

 さらに、今はエルヴィス攻略部隊残存2万が宿営地に駐留していた。

 ただし、こちらは兵のモラルが低く、その上数週間前にくらべ士気はだだ下がりであるため頼もしさは皆無なのだが。


 その最も北側に建築された白亜の城ーーーーヘールグ城が、真っ黒な煙と紅い残り火に彩られていた。都市の周りに目を向ければ、宿営地には痛ましい焦げ跡が多数存在している。


 高高度を飛ぶ敵の魔術攻撃で徹底的に軍事施設を攻撃され、さらには地を走る流れ星という超常現象が城郭に圧倒的な破壊を与えていくのだ。


 なぜか領民に被害はなく、軍事施設のみが攻撃を受けていたが。


 それが数日続き、兵は疲弊していた。

 幸運にも攻撃を免れた領主は、なんとか対応を練ろうと宿屋の一室で生き延びた重臣たちと協議を重ねていた。

 証言などからして、攻撃してきたのは「日本」という国だ。彼らは先にタイランディウス帝国の騙し討ちの被害を受けており、侵攻理由としては十分だった。




「領主!どうなさいますか!命令いただければこの第3騎兵大隊でもって迫り来る敵を打ち払って見せましょう!」


「……いや、攻撃してきた場所が不明だ。騎兵を出撃させようにも、どこへ向かわせる?」


「それは……!」


「そもそも貴様らは敗走してきた身だろうに……」


 重臣は黙り込んだ。

 一方的に攻撃されるのは癪であるが、残念ながら反撃の手段がない。


「それにしても、あれだけの規模の攻撃をされているが、民への被害はゼロなのだな?」


「ええ。兵士たちの損害は遠征軍に死者5000、負傷者も甚大ですが」


「……城も相当の被害を被っていますし、ね……」




 そのとき、一報が舞い込んだ。


「伝令。都市西門付近に集結した敵は、交渉を要求しています」


「……交渉?……私が出よう。兵士たちに散開するように伝えろ。敵と判断し次第、作戦に従って攻撃開始」


「了解!」







「さて、敵さんはどうでてくるかねえ……」


 ヘールグ攻略部隊を率いる佐川1佐は、となりで小銃を握る隊員に向かって呟いた。城門から約250m、どんな熟練の弓手であれど、手が届かない距離である。


 彼は、作戦説明の直後にとある案を計画し根崎陸将に意見具申していた。その結果、制圧作戦の前にそれが決行されることになり、本来後方にいるべき彼はここにいる。


「うまくいけば、無血開城できますけどね」


「というか、そのために捕虜の竜騎士借りたんだけどな」


 彼らが立てた案とは、「無血開城作戦」である。ただの城塞ではなく都市が相手なら、手札で無血開城可能と踏んだのだ。

 そして、そのための手駒も揃えてあった。


「全ては彼女たちにかかっていますからね……」


「どちらかというと、そこのおっさんな。むしろ彼の方が大事だから」



 彼らが振り返った先、迷彩服を着た隊員たちの中に紛れて緊張した顔で待機しているのは、場違いな鎧姿の娘。


「……ラフィアナ、用意はいいか?」


「ええ……だって、これがルイスたちに報いる唯一の手段だもの」


 彼女たちは、竜騎士特有の意匠の鎧を身につけていた。

 そう、一ヶ月ほど前の同時多発襲撃事件で、北陸方面への攻撃に加担するも、あっさり墜落させられた女竜騎士ルクアと、〈かが〉に飛び移ったものの遠慮容赦のない竜ヶ崎の射撃によって仲間を喪った女竜騎士ラフィアナである。

 他に、竜騎士長を務めていたというバルクというナイスミドルも連れてきたが、鎧の破損と自身の怪我により騎士平服のズボン上に迷彩柄のジャージというちんちくりんなファッションをしていたため目立たなかった。


「……さて、サガワ将軍。われわれは降伏を呼びかければよかったのですな?」


「ええ。領主と直談判ってのが手っ取り早いですが、まずは城の目の前で演説と洒落込みましょう。ちなみに、女性陣お2人はとくに喋ることはありません。俺がセルムブルク語の原稿丸暗記してるからなんとかなるでしょう」


「ははっ、将軍の話術に期待しますよ」


「よしてください、棒読みです」


 実に親しく話している二人だが、このバルク竜騎士長を説得するのが苦労したらしい。

 責任を取って自殺しようとしたところを獣人のお嬢さんが説得して押しとどめ、さらに〈かが〉艦長や特戦の隊長が年の功で和平派になるよう説得し、最後には酔いつぶれるまで飲み明かしてやっと親日派に引きずり込んだと、〈かが〉の飛行隊員から聞いた。


 ちなみに、竜騎士長は侯爵位と将軍位を持っており、相当の発言権を持っている。戦死しなくて僥倖だったと、佐川は心の底から思っていた。


「さて、そろそろお見えになるからじゃないか?」


「恐らくは……にしても、対艦ミサイルってここまで焼けるもんなんですねぇ」


「あくまで遠征軍の宿営地と飛竜部隊の厩舎、そして城の尖塔と城門を狙ってもらったはずだが、綺麗に木っ端微塵にされてるな。市街地は避けたが、破片で死者が出てないと願いたいものだ」


 ヘールグへは、レーザー誘導弾頭に交換したハープーン対艦ミサイルと、F-2A による爆撃で戦力漸減が行われていた。

 守備隊よりも、攻略部隊を対象とした攻撃が多いのは、無血開城作戦を聞いた根崎によって急遽目標変更が伝えられたからである。

 惨敗した後の兵は、大抵盗賊まがいにまで堕ちる。敗残兵が盗賊となったのは、よくある話だ。


「まあ、やってみるしかないだろう。特戦は配置についたか?」


『ああ、狙撃ポイントにて待機中』


「了解」


 その時、城門脇の通用口が開き、少数の兵士たちが出てきた。


 彼らに護衛されて、指揮官らしき男が出てくる。

 その姿を見たバルクは佐川に告げた。


「間違いありません。ヘールグ城塞都市領主のフレミン・アレクソン伯爵です」


「よし、バルク候は小官についてきてください。他はいつでも射撃できるように用意、まだ構えるな」


「了解」


 指揮官らしき男は、堂々と跳ね橋を渡りこちらへ来た。佐川とバルクも、跳ね橋を渡る。

 観測ヘリから投下した文書には、「城門前の跳ね橋の上で交渉を行いたい」という内容を現地語で記してあったのだ。


 バルクの姿を認めたか、アレクソンは驚愕の表情を浮かべた。すぐにポーカーフェイスへと戻ったものの、動揺していることは誰の目からみても明らかである。


「……ヘールグ城塞都市領主、フレミン・V・アレクソンである。さて、将軍よ。この度は大軍を引き連れいかなる交渉に来たのか?」


「……日本国陸上自衛隊、第25普通科連隊長の佐川英作1佐だ。降伏勧告を行うために来た」


 相手も察していたのか、大して動揺はしていなかった。しかし彼の直感は、この軍勢に逆らってはいけないと感じていた。


「ところで、隣にいらっしゃるのはラファール・バルク第ニ飛竜軍団将軍で間違いないか?」


「ああ、私だ。死に損なった」


「……ならば、バルク候。これはどういうことだ?」


「アレクソン伯。悪い事は言わない、降伏しろ。守備隊2000に、士気の低い歩兵騎兵軍団残存1万5000を加えたとしても、勝率は無い」


 バルクが、目の前に立つ男たちに無情な事実を告げた。

 日本への攻撃の先鋒を担い、そして惨敗した男の言葉には、言い知れぬ真実味が篭る。

 それを知ってか知らずか、アレクソンの周りに控える兵士たちは青ざめた。


「勝率がない、だと!?」


「ああ。文字通り、勝率はゼロだ。……ゼロじゃなければ、飛竜軍団が全滅などという無様は晒さない」


「……しかし、バルク候!」


「まあ聞け、アレクソン伯。なにも無条件降伏ではないし、領民から略奪するという話でもない。……ここでうだうだ言い合うより、彼の話を聞いた方が得策であろう?」


「……そうだな、すまない。サガワ将軍、続けてくれ」


 流れから取り残されていた佐川は、バルクの通訳とともに話し始めた。すでに原稿は役に立たなくなっていたからである。


 主な内容は4つ。


 ・領主および領民の安全は保証する。

 ・ヘールグを日本の租借地とするが、統治は任せる。

 ・ヘールグ近辺への自衛隊の駐留を認める。

 ・これらが受け入れられない場合、「地を這う流星」などの武力による占領もやむなし。


 すでに武力を行使しているじゃないかという突っ込みが隊員たちの心の中で入れられたが、そもそも武力行使の許可は得ているため問題にはならないというのが佐川の言い分だった。

 ちなみに、「武力による占領」とはハッタリであり、もしも破談になった場合は攻撃してくるであろう守備隊および攻略部隊残存を撃退しつつ降伏勧告を行う手はずになっていた。


 話が逸れたが、それらの要求の最後に佐川はこう付け加えた。


「アーケロンとユグドラシルは我が軍により陥落したとの情報が入っております。しかし、我々は無辜の民間人まで巻き込みたくはありません。貴方の御賢断を期待しております」


 ほとんど、脅迫である。

 攻略部隊の宿営地を焼き払ったあの「地這う流星」が領民に牙を剥くなど、悪夢以外の何でもない。さらに厄介なのは、佐川は暗に仄めかすような言い方をし、バルクも直訳してしまったのである。

 よって、アレクソン伯爵には交渉が決裂した場合領民に甚大な被害が出ると伝わったのだ。

 実際には大きな間違いなのだが、佐川がそう認識するよう誘っているのだから、まんまと引っかかってしまうこともある意味当然である。


 果たして、その条件を突きつけられたアレクソン伯爵は唸った。決して悪くない条件なのだが、皇帝陛下に背くことになる。それは、軍人として、そして貴族として受け入れ難かった。

 しかし、領民を盾に取られており、その上ここで反抗しても赤子の手をひねるかのようにあっさり捻られることが目に見えているのだ。


 彼は、この言葉をひねり出すことが精一杯だった。


「……すまない、家臣や部下と一度話させてくれ」








「で、勝率はいかほどなものかね?」


「小官は今回、3枚のカードを切りました。

 一つ目が、アーケロンとユグドラシルが落ちたという真実。

 二つ目が、領主および領民の命の保証。

 三つ目が、将軍バルクだ。

 この3つを揃えれば、ほぼ確実に落とせると踏んだのです。」


「……ふむ、すなわち、アーケロンとユグドラシルを落とした上で、領民を盾に開城を迫るからこそ成功すると踏んだのか」


「ええ。アーケロンとユグドラシルに関してはハッタリになるかもしれなかったですが、丁度リュケイオン司令部からアーケロン及びユグドラシルの制圧完了の報は受けていましたから。ちなみに、そのおかげで隠し札を用意することができました」


「まだあるのか」


 天幕の中で、バルクは驚いた。あの要求だけでもインパクトがあるのに、さらにもう一枚カードを残していたとは思わなかったのだ。


「これはガチの隠し札、こっちの技術がもろに露呈するからできればやりたくないですが、ダメだった時に備えて一応準備は整えてあります」


 そう言って彼は、機材を満載した高機動車の一群を指差した。そこでは通信小隊がアンテナの敷設などを行なっているところだった。


「……デンワ、か」


「察しがいいですね。繋ぐ相手はもうわかってるでしょう?」


「流石にな」


 その時、彼の無線機に通信が入った。


『……特戦よりHQ、交渉役が出てきました』


「了解、すぐ移動する」


 彼は防弾服を手早く装着し、拳銃の初弾が装填されていることを確認して天幕を出た。警戒を緩めさせるために、一目で武器と分かるものは持たない。


「さて、どう出てくるでしょうか」


「さあて? 他三つよりは楽に済ませられたらそれが最善なんですが、交渉決裂したら実力行使ですからね……」


「……ふむ、この際言いますと、おそらく敵の兵は街の中に拠点を構えているでしょうな。城にあれほど爆撃したのですし」


「うっへぇ、となると正攻法通用しないじゃねえか。まったく、どうしてこうなった」


「あれほど城に撃ち込んだのが原因かと」


 そんな会話を交わしつつ、佐川とバルクは跳ね橋へ歩く。


 跳ね橋の上には、すでにアレクソン伯爵が待っていた。お供の人たちは下がっており、彼一人が威風堂堂と構えているのだ。


「……そういえばサガワ将軍。この大陸には決闘という文化がありましてな」


「……この後の展開察してしまったじゃないですか……」


 バルクが今更思い出したかのように告げ、佐川が苦虫を千匹噛み潰したような顔になる。


 そして彼らの予想通り、アレクソン伯爵はこう宣言した。


「我、フレミン・V・アレクソンはサガワ・エイサク将軍との一騎打ちを所望する!」


 豪華な作りの剣を抜き、やる気満々で中段に構えるアレクソン伯。しかし、佐川はバルクを介してこう告げた。


「一騎打ちは了解した。しかし、武器を携行していないためしばし待ってほしい」


「な、武器を持ってないだと!?」


「……ああ、彼なりの誠意らしい」


「な、なんと豪胆な……」


 変なところでアレクソンは感嘆しているが、残念ながら注目するのはそこではない。無線で要請されて駆け寄ってきた隊員から小銃を受け取り、佐川は無言で初弾を装填した。


 城門の真ん前で二人は相対し、互いに武器を構える。



「……決闘の審判は、このラファール・バルク侯爵が引き受ける!」


 無言で緊張を高める二人。


「はじめ!」


 バルクが、手を振り下ろした。

 その瞬間、佐川は呟いた。


「悪いが俺、格闘徽章持ちなんだよな」





 数秒後。アレクソン伯は、佐川の自衛隊格闘術の前に屈服する羽目になった。





 佐川に右腕を極められて無力化されているアレクソン伯は、呻いた。


「ま、参った……」


「降伏だそうだ、サガワ将軍。……それにしても、銃をこれ見よがしに捨てることで注意を引くとは……お見事」


「さすがに、殺してしまうわけにはいきませんから。本来だったら小銃で撃つか銃剣で顔面斬ってたところなんですが、今回は格闘で制圧しました」


 佐川はことも無さげに言うと、ヘールグの城壁の前に待機している守備隊に告げた。


Mia venko.(俺の勝ちだ)


 イントネーションが無茶苦茶なセルムブルク共通語は、恐怖の象徴として映ったらしい、兵士たちがびくりと震えた。


「……ええ、私の完敗です。しかし、開城の前に一つ聞きたいことがあります」


「?」


「……私はともかく、領民の身柄が保証されるという根拠は?」


 それをバルクから通訳された佐川は、あー、と一声唸った後に無線を入れた。


「姫さんがた、出番ですぜ」


『りょ、了解だ!』


『……わかった』


 しばしののち、跳ね橋を渡ってきたのは二人の女騎士。まだ若い彼女たちは、ところどころに傷や補修の跡が残る鎧を纏い、堂々と歩いていた。

 そして、ヘールグ守備隊の前で名乗りをあげる。


「元タイランディウス帝国第2飛竜軍団第4中隊所属竜騎士、ルクア・フレシュタール」


「同じく、元第2中隊所属竜騎士ラフィアナ・ヘレスバーグ」


 元、とつけたのは、タイランディウスにはもう戻らない、しかし忘れないという決意の表れ……らしい。


「……私達を見てわかると思うが、捕虜の扱いは丁重、それどころか元部隊の兵舎よりも待遇が良い」


「彼らは、捕虜も同じ人として扱う。無論、乱暴されたり略奪されたりということもない。正直言って、タイランディウス軍よりも教育が行き届いている」


「……ということだ。まあ、私に至っては自衛隊の将軍とも飲み明かしたのだがな……。アレクソン伯爵、疑念は晴れたか?」


 バルクがとどめを刺し、アレクソンは聞かされた予想外の待遇の良さに逆に困惑しつつも頷いた。


「……わかった。ヘールグ城塞都市領主の名において、自衛隊に城を開け渡そう」


「了解だ。……サガワ将軍、向こうが降伏した。一滴の血も流すことなく勝利できたな」


「……いえ、私達は宿営血への遠距離攻撃で帝国兵を大勢死なせています。部下が死ななかったのは幸いですが、それを忘れることはできるはずがありません」


「……貴殿は、そういう男か……。なかなかに興味ぶかいものだ」


「とりあえず、都市の内部に拠点を設営させてもらいましょう。いつまでも野営は疲れますから」


「それもそうか」


『用地ならば、都市内にはないですね。農地をぶんどるわけにはいきませんし……基本的に我々は城壁外に拠点を構えることになりそうです』


「了解」






 ーーーー大陸暦1034年6月28日、ヘールグ城塞都市陥落。




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