11 進撃準備
やや時は遡る。
陸上自衛隊リュケイオン駐屯地では、着々と進撃の準備が整えられつつあった。国境沿いに布陣する帝国軍約8万、それをここで粉砕し帝都への道を啓開するのだ。
そのために、連日連夜作戦会議を行っていた。
「とはいえ、楽な仕事ではない。攻略対象の4つの城塞は、相当に堅牢な構造となっているため野戦特科の砲撃だけで破壊するのは困難である」
「しかし、普通科の隊員を突入させるわけには行きますまい。単純計算で2万の敵がいる中に突っ込ませたら……」
「それと、城内では射程のアドバンテージが消える。そこは考慮するべきだろう」
あーでもない、こーでもないと意見が錯綜するが、ある意味当然のことだった。
彼らは、まさか自分たちが「攻城戦」などという戦国時代じみた戦闘をする羽目になるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、偵察中隊による敵情視察や特戦による先行偵察、そして捕虜からの聴取で大体の情報は把握している。たとえば、ノールには大規模な地下施設が存在するなどである。
ちなみに、ここでの偵察中隊とはオートバイを装備した機甲科の一員であり、「プチレンジャー」と呼ばれるレベルの訓練を受けているエリートだ。
それはさておき、10人ほどの各連隊長および根崎陸将による作戦会議はまとまりつつあり、具体的な制圧計画へと移っていた。プロジェクタで投影した地図の一点をレーザーポインタで指し示しつつ、ヘリ部隊をまとめる瀬波1佐は根崎たちを見据えて口を開く。
「まず、帝都はここにあります。しかし、リュケイオンから約1200キロも北の都市を制圧するにはいくつかの補給拠点が必要になります。しかも、その中途である500キロ地点には東西に横断する峻険な山脈が存在するため、確実に東側への回り道を余儀なくされるでしょう……」
「……ちなみに何メートル級の山なんだ?」
「驚くでしょうが……8000m級です」
そう、ヒマラヤ山脈レベルの山脈が進路上に立ちふさがっているのだ。ちなみに、特戦168SOFの第2分隊はそこの東端にある街を拠点に活動している。
「ですが、逆に考えるとこの4つの城塞を落とせば敵の防御は崩れます。堅牢な城塞が他の場所にありませんからね。地形の都合上防ごうとしたところで正面からぶち抜いてくるしかない以上、ここを突破されたら敵も後がないと考え兵力を集中させているでしょう。ならば、今は多少派手な手を使っても構わないと考えます」
「……制限は不要ということか。ふむ……私には一つ一つ潰すのは悪手だと思う。なぜならひとつに手間取っている間に敵は待ってくれるとは限らないからだ。しかし、4つを相手取るには我々には圧倒的に打撃力が不足しているが、どうするか」
「……空爆および対艦ミサイル攻撃が妥当かと」
1人の佐官が提案した。F-2AおよびP-3Cによる空爆と、海自護衛艦の放つ対艦ミサイルをぶち当てることで城壁の防御を崩そうというのだ。ちなみに彼は海自からの出向である。
「……問題がいくつかある。どちらにせよアウトレンジ攻撃のみで制圧することはできないため普通科を突入させなければならないが、その普通科隊員はたった3個連隊3300しかいないのだ。その上、相手が大規模な城塞4つとなると攻撃機の機数が足りない」
「単純に考えて一つに割り当てられるのは800人少し……厳しいかもしれませんね」
敵は最低でも8万人、おそらくは10万規模にも及ぶ。一つの城に平均2万5千人はいる計算だ。さすがに1対30という兵力差では自衛隊側にも甚大な被害が出る。
「……ならば、野戦に釣り出し砲撃で潰すか……?」
「ううむ……城相手にぶち込むとしたら250kgの火の玉じゃたかが知れてるし、155㎜もこの分には効きが悪いだろうしな……」
その時、根崎の近くに置かれていた電話機が鳴った。根崎が直接取る。その表情は、すぐに驚愕へと変化した。
「……リビングストン中将!?……はい、はい……本当か!?それは感謝する。……幸運を祈る。Thank you.」
そして、苦笑を浮かべた根崎は一同へ振り返った。今の会話についていけない面々を前に、話す。
「諸君、どうやら火力面の心配はいらないようだ。ーーーー米第7艦隊が海自の第1護衛隊群および第2護衛隊群とともに火力支援を行うことになったらしい」
「それは!」
「ああ。多分、上の方がなんかしたんだろう。リビングストン中将が珍しく苦笑していたようだからな」
米第7艦隊は航空母艦〈ロナルド・レーガン〉を擁する一大艦隊であり、米海軍のアジア方面の主力部隊でもある。
彼らは日本に巻き込まれて転移しており、1ヶ月余りの間母港とする横須賀にて待機していたのだ。
協力を渋ったのか歓迎したのかはわからないが、第7艦隊の司令官が苦笑いしていたあたり渋ったのだろう。
そして、おそらく総理は日米安保協定や集団的自衛権というカードを切ったと思われる。
ともあれ、手数が増えるのは悪くはない。悪くはないのだが懸念事項もある。
「ただ、誤爆には気をつけろ。気をつけないと巻き込まれるからな……そうだな、一番海に近いノールを攻めてもらうか」
アメリカ軍の誤爆に関する伝説は多く、実際に市街地への誤爆なども起こしているためそこは留意しなければならなかった。
「とりあえず、骨子をまとめよう。ーーーー我々は絶対に城塞を完全破壊する必要があるか?」
「いえ、ありませんね」
「だとしたら、基本的には普通科による制圧である。城塞をそのまま使えるということは大きく、またこれほどの規模となると自衛隊の火力では消滅させることは不可能だろうからな。ただし、敵戦力は相当多いためーーーーヘリ部隊と艦載機部隊による火力投射を行う。これは直接的な打撃もあるが、主に精神攻撃が目的だ」
根崎がそう述べた。
昼夜問わずの爆撃は敵の精神を削ぐ。ストレスにより集中力や戦闘力を鈍らせ、精神的に追い込むことが彼の思惑だった。
ただし、相当な量の弾薬を使う羽目になるが。
「野党も真っ青の弾薬使用量になりそうですが」
「なに、エルヴィスから資源の購入は始まってるそうだからな。たぶんなんとかなるだろ。たぶん」
根崎が投げやりにぼやいた。
◇
結局、さらに一週間近く三時間睡眠で話し合った結果作戦は以下の通りとなった。
・アーケロン城塞へはヘリ部隊による掃討戦を行う。
・ユグドラシル城塞へは陸自特科隊の射撃で戦力漸減。それなりに堅牢で大規模であるため装甲戦闘車を装備した歩兵および戦車の突入により制圧する。
・ヘールグ城塞都市へは海自の対艦ミサイル攻撃および空自のF-2A による爆撃で戦力漸減、これはOH-1数機によるレーザー照射で精度を確保する。その後普通科の高機動車および軽装甲機動車で突入し制圧。
・ノール城塞へは海自のF-35BJおよび米第7艦隊のF/A-18E、米第35戦闘航空団のF-16C/B60による爆撃および近接航空支援。地上施設制圧後に1個普通科連隊約2200名を地下に突入させる。
これは各城塞の特性を考慮したもので、アーケロンについては山地……というより崖の上で防衛用兵器が多いため、普通科や機甲科が接近すると被害が出ることを考慮した。
ユグドラシルは逆に平地で堅牢な造りをしており、城塞の大きさも巨大であるため戦車と装甲戦闘車のコンビで攻めるという予定である。ちなみに、89式装甲戦闘車はもともと90式戦車の随伴を想定して設計されていたが、セルムブルク方面隊に配備された戦車は10式戦車であり若干互換性に難があると考えられている。それを炙り出すのもこの作戦の目的の一つだったりする。
一方、ヘールグは城塞都市であるため、民間人への誤射を防がなくてはならない。このためには特科の榴弾砲や多連装ロケットは使用できず、誘導爆弾やミサイルを使用する必要がある。
また、都市故に待ち伏せが脅威であるが、戦車および装甲戦闘車は路面が耐えられない上に巻き込む恐れがあるため高機動車や軽装甲機動車による突入となった。
ノールに関しては、当初地中貫徹爆弾使用の予定だったが、残念ながら在日米軍に問い合わせると「持ってたら使いたい」とのことだった。米空軍も協力してくれるのは喜ばしいことだが、地下施設が相手だと攻めにくい。結局は普通科一個連隊を持ち出す羽目になった。もっとも偵察中隊によれば「飛竜の格納庫である可能性が高く、内部は広いと思われる」らしいが。
パソコン上にまとめられた作戦計画書を見て、根崎は満足げにうなづいた。
「ヘールグとノールが現状では不安だが……事前の攻撃は緩急つけて行うべきだな。力技とも言えなくはないが」
「ええ。精神的なダメージを与えて降伏を促すために。もっとも、ノールに関しては早急に叩き潰しますが」
「確か配備されているのは飛龍部隊だって?確かに落とした方がいいな」
ちなみに、これは偵察中隊の報告である。
「……作戦計画書は統幕経由で米第7艦隊旗艦〈ロナルド・レーガン〉と在日米空軍三沢基地、そして海自の自衛艦隊司令部に転送してもらおう。ここまでで異論はないな?」
「ええ」
全員がうなづいた。それを確認した根崎は、そのデータを転送した。
◇
リュケイオン駐屯地に、エンジンの奏でる轟音が鳴り響いた。
AH-1S攻撃ヘリコプターの1個中隊16機と、UH-1汎用ヘリコプターの2個中隊32機である。彼らアーケロン攻撃部隊を率いる羽佐田1佐は、汎用ヘリのキャビンでマイクに吹き込んだ。
「ようし、いくぞ!全機離陸、お城に現代兵器を叩きつけろ!」
『『『ラジャー』』』
ふわりと浮き上がった鋼鉄の天馬たちは、瞬く間に巡航速度へと達し、一路アーケロンへと疾駆を始めた。汎用ヘリに乗る小銃を携えた隊員が、ヘルメットに小銃の弾倉の角をこつこつと当てた。内部で弾薬を揃え、ジャムを防ぐためだ。
緊張に満ちた機内で、ポツリと羽佐田が言った。
「……ワーグナーのCDはないか?」
「ありません!」
◇
「いいか、俺らが攻めるのはユグドラシル城塞っつーバカでかい城だ。内部は単純みたいだが敵は多い。ざっと4万と推定されている」
「中隊長、その中にたった48両の戦車と48両の装甲戦闘車だけで挑むんですか!?」
「バカ言え、だけじゃねえ。その前に特科の連中が155㎜とMLRSを打ち込むんだよ」
駐屯地の機甲部隊格納庫では、10式戦車4個中隊48両と特別編成された89式装甲戦闘車4個中隊48両がディーゼルエンジンの唸りを高めていた。リュケイオンからユグドラシルまでは約50キロはある。とろとろと走っても3時間程でたどり着く距離ではあるが、特科部隊が約3日の攻撃準備射撃を行なっている間は待たなくてはならない。しかし、すでに特科の射撃は1日ほど続いていた。
「よく聞けよ、お前ら。敵はたかだかファンタジー、されどファンタジーだ。侮るなよ、油断した瞬間魔法ぶち込まれて死ぬからな」
指揮車両に搭乗する、ユグドラシル方面攻撃部隊の隊長に任命された詠田1佐がマイクに吹き込んだ。返答はすぐに返ってくる。
『『『了解!』』』
格納庫を満たすドッドッドッというディーゼルエンジンのスタッカートの合間に、確かにその声は響いていた。
「ようし、全車発進!」
◇
「いくらGPS誘導のJDAMとはいえ、流石に誤爆しないとは言い切れない気がするんだけどなぁ」
駐屯地に向かって飛ぶ空荷のF-2A を眺めつつ、ヘールグへの攻撃および占領を行う普通科連隊1100人を率いる佐川1佐はぼやいた。そんな彼に対して、高機動車のステアリングを握る隊員は補足した。
「OH-1飛ばして精度確保してるみたいですね。確かレーザー誘導タイプのLJDAM使ってるみたいですし」
「まあ誤爆して野党やらマスコミやらに突っ込まれなきゃいいんだけどな……」
佐川は誤魔化すようにそう言った。
「それよりも、だ。街に突入する前に本部中隊に攻略本部を設置してもらわなければならない。おそらく一番手間取るのは俺たちだからな」
「確かに……」
ガタゴトと、地を踏みしめながら高機動車の群れは疾走する。
◇
『カタパルト圧力上昇中。70……80……90……グリーンゾーンです』
『ロジャー1,発艦許可』
『カタパルトシャトル接続完了』
『バリアー上げ』
『エンジン・パワーマキシマム』
『射出開始』
秋田沖を航行する米空母〈ロナルド・レーガン〉の甲板上では、順調に発艦作業が進んでいた。大型爆弾を満載したF/A-18Eが次々と蒸気カタパルトに乗せられ、飛び立って行く。
「にしても、日本陸軍も何を考えているのやら……力技にも程があるだろう」
『日本陸軍じゃなくて陸上自衛隊な。まあ、事前に地上施設の敵を完全排除してから地下に取り掛かるっつーのは間違ってないと思うが。……そいじゃ、行ってくる』
第114戦闘攻撃飛行隊所属のパイロット、ジョン・サムソン少尉は前でタキシングしていた僚機が飛び立ち、カタパルトのバリアーが下りたことを確認して機体を進めた。
誘導員に従って機体を止めると、ガコン、という音とともにカタパルトシャトルが機体に接続される。
アフターバーナーを全開にして歯を食いしばった。
次の瞬間、ジョンは蜂になるのだ。この鋼鉄の蜂の一部となり、邪魔をするものを毒針で刺し殺すのだ。
ーーーーそして彼は、大空へ飛び立った。
◇
竜騎士フレイルは驚愕していた。
「おい、何だあれは……!?」
突如東の空を埋め尽くした無数の影。それらは竜と同等の大きさで、なおかつ猛烈な速度で迫ってきた。
距離はもう20キロあるかわからない。
「敵襲、敵襲!」
敵という確証はなかったが、確信はあった。敵襲を告げる火球を打ち上げ、そして、竜という生き物の本能に従って急降下する。
敵襲を知らされた地上待機中の竜騎士や空中で哨戒していた竜騎士たちは一斉に東の空を振り向いてーーーー無数の流星を見た。
AIM-9およびAAM-5。
なにも竜騎士相手にかさばる長距離ミサイルを持ち出す必要はないのだ。
煙を引いて飛翔する流星はそれぞれ狙い定めた熱源ーーーー竜騎士まで到達し、内蔵した炸薬を遠慮容赦なく炸裂させた。
爆炎の華が咲き、バラバラ死体となった竜騎士たちが墜ちて行く。開幕で本土攻撃に向かった竜騎士が帰ってこなかった訳を、フレイルはようやく理解した。
そして、絶望した。
彼が生き延びたのは急降下していたからであり、それ故に攻撃目標の選定から外れたのだ。しかし、仲間は皆死んだ。空にはわずかな手負いの飛竜しかいない。
「クソ野郎どもがぁぁぁぁ!!!!」
彼は絶叫し、単座の飛竜を反転させた。迫り来る敵へと全速力で突貫、すれ違いざまに全力の〈爆炎〉を叩き込む。
速度を知っていれば、いくら早くても仕留められるのだ。
ーーーーいまだ。
「〈爆炎〉!!!!」
火属性中級魔術〈爆炎〉が発動し、半径20メートル弱の球体が形成される。
戦闘を飛翔していた鋼鉄の蜂は慌てふためき回避しようとしたが、相対速度の関係で避けられなかった。
火を噴きながら墜ちて行く機体。
やったぞ、彼がそう思った瞬間。
お返しの如きAAM-5の直撃を喰らいその意識は閉ざされた。
◇
「クソッ、ロジャー8がやられた!」
『パイロットは!?』
『パラシュートが見えた!』
『AWACSソウリュウより攻撃部隊各機、ロジャー8の生存を確認、現在普通科小隊が回収に向かっている。ロジャー1および2は直掩へ、付近敵騎兵隊を確認』
『了解、ロジャー2付いて来い!機銃だけでなんとかするぞ!』
「了解!」
『他の機は攻撃続行!』
『……投下、投下!』
現在のセルムブルク方面隊の戦闘部隊は以下の通りです。
陸上自衛隊セルムブルク方面隊
3個普通科連隊(甲編成、第31普通科連隊基幹)
1個戦車連隊(5個中隊基幹、第7師団より引き抜き)
1個偵察戦闘大隊(第4偵察戦闘大隊基幹)
1個偵察中隊(第10偵察隊そのまま)
4個特科大隊(野戦特科、第7師団より引き抜き)
1個高射特科群(第2高射特科群基幹)
1個航空隊(西部方面航空隊そのまま)
航空自衛隊リュケイオン駐屯地所属部隊
第303飛行隊(F-2A支援戦闘機12機)
1個輸送飛行隊(C-1輸送機5機)
いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
では、次回もよろしくお願いします。




