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9 冒険者互助斡旋組合、略してギルド

 

 この世界における「冒険者」は、もともとはならず者の集まりだったらしい。酒場で依頼を受け、現地へ赴き魔物を強襲殲滅する。彼らは盗賊まがいであり、素行も良くはなかった。しかし、人々に感謝されることが多いから国としても裁けない。

 故に、彼らを管理し正しい方向へ向かわせる為に「冒険者ギルド」が誕生したのだ。

 前身となったのは、依頼を斡旋していたいくつもの酒場である。


「さて、登録するか……すみませーん!」


 そんな歴史を持つ木造建築物に、また数人の男女が入る。彼らは一見すると駆け出しの冒険者パーティーだが、その実冒険者など一蹴できるレベルの強力な兵士たちということは誰も知らない。


「はい、なんでしょうか?」


 パーティーのリーダー格である男––––竜ヶ崎が眼鏡を掛けた受付嬢に向かって話しかけた。ちょうど閑散とした時間帯であり、ロビーには数人の冒険者がたむろしているだけだった。


「俺と仲間たちの登録をお願いしたいんですが」


「承りました。まず、この用紙に記入してくださいませ」


 完璧な営業スマイルを浮かべつつ、7枚の紙を手渡す受付嬢。それを見て、さすが、と竜ヶ崎は苦笑した。

 自分たちが7人パーティーで行動していることを見破っている。南原や榊たちは今入ってきたばかりというのに。


「あー、研二。私が話した」


「お前かよ、久良波」


 ……というのは間違いだったようで、大内が口を挟んだ。確かに彼女たちは先に建物内に入っている。外で茶番をしている間に世間話の体で話したのだろう。


「まあともあれ、こういうわけでこの用紙に記入してくれ……言語は……」


「あ、大丈夫ですよ。用紙に〈意思疎通〉かかっているので」


「だ、そうだ」


 それぞれ竜ヶ崎から受け取った用紙を見る。確かに、何故か日本語となっていた。項目は上から、氏名、職種、使用武器、魔力、窓口承認印といたってシンプル。しかも、魔力に関しては記入不要らしい。


「じゃあパパッと書きますか」


 言うなり、受付嬢から借りてきた羽ペンを使ってさらさらと書いていく。カタカナでリュウガサキと書いたのは、万が一漢字が翻訳されてしまった場合を考えてのことだ。流石に杞憂だが。

 彼の場合、職種は槍使い兼パーティーリーダー、使用武器はパイク(歩兵槍)と小剣となる。ちなみに、歩兵槍の正体や懐に隠し持つ装備に関しては書かない。なぜなら、帝国の耳に入った場合自分たちが敵国兵であることが瞬時にわかってしまうからだ。


 ほぼ同じタイミングで書き終えた一行は、7枚揃えて受付嬢に提出した。一瞥した受付嬢が顎に手を当てたふむ、と呟く。


「リュウガサキさん、キヨタカさん、クラハさん、ソウシさん、サカキさん、タツゾウさん、フレイさんですね」


「……あれ、姓と名多分逆です……」


「……書き間違えないでくださいね、姓、名の順ですから」


 大急ぎで竜ヶ崎と榊が書き直し、それを見た受付嬢が「ケンジさんとシンジさんですね」と言った。


「つぎに、魔力の測定を行います。ここでは略式でしかできないのですが、大まかでも知れることは大きいのです。魔力は戦闘力に大きく関係しますから」


 そう言った受付嬢は、一つの宝石を取り出した。こぶし大のサイズで、光を反射し虹色に光っている。


「この石に手を触れてください。それで魔力量と質が判明するはずです」


「わかった」


 言うなり、早速手を触れる竜ヶ崎。

 彼が手を触れた瞬間石はピクリと光り、次の瞬間沈黙した。受付嬢が少し驚いた表情で「次の方」と言う。


 そのあと三坂まで行ったが、その反応は変わらなかった。最後にフレイが試す。


「……?」


「……あなた、本当に弓手ですか?」


 困惑するフレイに、受付嬢が声をかけた。石からは青と緑の光が放たれており、それが彼女の魔力らしい。


「相当強い水魔力と風魔力……両方とも一流の魔術師クラスです。……あなた、本当に獣人の弓手なんですか?」


「私に聞かないで」


 いつも通りの口調でフレイが返した。




 さて、と気を取り直して別室にて受付嬢は話を始めた。あまりにもイレギュラーすぎる魔力を示されたため、説明が必要と感じたからである。


「まず、結論から言うと、あなた方6人は皆『魔力なし』でした。石がピクリと光ったあたり常人レベルの魔術への耐性はあるのでしょうが……」


「まあ、妥当だろうな」


 誰にも聞こえぬよう、南原が呟いた。どだい、異世界人である自分たちに魔術やら魔法なんて使えるわけがない。


「続けますよ?フレイさんだけは、イレギュラーでした。魔力量は一流の魔術師クラス、魔術師どころか超強力な攻撃魔法を用いる妖術師(ソーサラー)にすらなれるレベルです。その時点で獣人の性能から外れているのですが、2属性の魔力出力回路が確認されました。これも、一流の魔術師ならば当たり前にできますが、弓手であるあなたには考えられないことです」


 要するに、フレイは弓手でありながら強烈な魔術を使用可能ということである。


「……ただ、魔力があるだけだったらこの娘には魔術は使えないでしょう?事実彼女が魔術を使っているところを確認していない」


 大内が尋ねた。


「ええ。魔術には魔術陣の展開とイメージ確定のための詠唱が必要になります。本来魔術学校で習うべきことですが、庶民でも日常的な魔術は使えるようにごく初歩的な魔術書は販売されてますよ?」


「なるほど」


「というわけで、あなたたちはイレギュラー中のイレギュラーというわけです」


 受付嬢はそう締めくくった。


「なるほど。とりあえず了解した……依頼はどうやったら受けられる?」


「そうですね、ギルドロビーの依頼ボードに貼り出してあるものを取って受付に依頼する形です。契約金をもらう依頼もありますが、達成時には返却されます」


「未達成時には返却されないと。わかった」


「そういうことです」


「で、手頃な依頼はないか?」


 単刀直入に、竜ヶ崎が切り込んだ。彼としては、魔物の戦闘力を確認したいということもある。

 そんな彼に、ため息をついて彼女は言った。


「ありますよ。森林に出没する巨大ネズミの討伐だの、ゴブリンの討伐だの、怪猿の討伐だの……」


「……じゃあ、怪猿で頼む」


「……了解しました。面倒なのでここで概要を話してしまいますね」


 彼女の話を要約すると、馬車で数時間ほどの場所にある森林奥地で怪猿と呼ばれる魔物が出た。付近の村々に被害が出る可能性が高く、また村人が薬草収集などで度々訪れる森であるため、早急に対処してほしいというものだった。

 怪猿はずる賢く、群れで行動する。また、人間を積極的に襲うため早急な対処が求められるのだ。


「幸い戦闘能力は高くありません、引き倒されなければ勝つことは容易でしょう。タイムリミットは……明後日の昼でしょうか」


 そう言った受付嬢の顔には、一抹の不安が漂っていた。彼女から見れば想士たちは駆け出しの冒険者、南原は熟練に見えなくもないが、それで不安が離れる訳ではなかった。


「了解。契約金はいらない、だったな?じゃあ行ってくる」


「あ、はい……武運をお祈りしております」


 そう言うと、立ち上がる竜ヶ崎。それに続いて、他の面々も席を立った。そして、次々と扉をくぐった。

 最後尾のフレイが出ようとして、ふと振り返ってにやりと笑った。


「心配しなくても、彼らは、強い」


 そう言い切ると、駆け足気味に去っていった。

 なんとも破天荒な一行に呆然としかけた受付嬢は、言い忘れたことに気がつき依頼用紙を持って走った。




 ◇




「とりあえずフレイのために魔術書を購入しよう。とりあえず金は残ってるしな」


「じゃあ、その間に保存食を購入してくるわ。三坂、悪いけど手伝って」


「了解、姉御」


「やぁね、姉御なんて言われる年じゃないわよ」


 大内が三坂を引き連れて去った後、南原と榊は地図を見てくると言って離れていった。残った想士と竜ヶ崎、そしてフレイは魔術屋と呼ばれる建物へと向かって歩き出した。


 見慣れぬ街を歩くことしばし、目的の魔術屋へとたどり着いた。道行く人に聞いてようやく判明した位置は裏通りの入り口であり、想士としてはフレイを連れて入りたくはない場所である。

 とりあえず、扉を開けて中へ入る。


「へい、お客さん。何をお望みかね?」


 店内に並べられた得体の知れない薬や杖、鍋などに気を取られていると、カウンターにいた店主らしき中年のおっちゃんが話しかけてきた。ローブをまとっているが、ハゲ頭のせいで全然魔術師には見えない。


「……初歩的な魔術書を見繕ってほしい。なんでもこの子、弓手だったけど相当凄まじい魔力を持っているみたいで」


「そういうこと。できれば、雷の魔術を使いたい」


 なぜ雷かは知らないが、それは初歩的を超えている気がしなくもない。

 ともあれ、それを聞いた店主はカウンター後ろの本棚から一冊の本を取り出した。


「なら、これかねぇ。とある大馬鹿の天才魔術師が弟子に風系統、それも雷系の魔術を極めさせるためにしたためた書……の複写だ。昨日入荷したばかりだから少々高いが……」


「いくらくらい?」


「ざっと銀貨2枚」


 この世界での貨幣は、金貨1枚で約100万円の価値がある。ちなみに銀貨100枚で金貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚だが、実際には細かい金が必要ということで半銅貨と呼ばれる約50円分の銅貨や、10銅貨と呼ばれる約1000円分の銅貨なども存在する。最低値は約1円の木貨だ。この大陸の通貨単位はセルムである。

 物価を鑑みて、1セルム=約1円というレートになることが判明していた。

 ちなみに銀貨10枚あれば最低限の生活が1ヶ月間できる。


 故に、銀貨2枚は書籍としては高いのだ。


「買った」


「……え?」


 ただし、捕虜の財布の中身全てと自分たちの財布の中身を両替する勢いで1人銀貨20枚分を確保していた想士にとっては問題なかった。


「おう、あんちゃん即金で銀貨2枚……2万セルムあるのか?」


「ええ」


 店主に差し出すのはシミター銀貨2枚。きっちり2万セルム分である。ちなみに銀貨のオモテ面には半月刀がレリーフされていた。


「2万セルム、確かに受け取った」


 高い買い物ではあるが、必要経費とすれば全然問題ない。


「ありがとうございます……ほら、フレイ」


「ん、ありがとう」


 代金と引き換えに魔術書を受け取った想士はフレイにそれを渡す。彼女は早速魔術書を開き、


「……ソウシ、依頼に出るのは明日だったよね?」


「ああ、そうだが」


「つまり今日の夜は時間がある……今夜読んでいい?さすがに難しいから」


「なるほど」


 どうやら、あまりに難解すぎて読むのに苦労しそうな様子だった。その様子を微笑ましげに見つめていた店主は、目の前にごとり、と売り物が置かれるのを見て静かに戦慄した。


「店主、これも買いだ」


 同行していたもう1人のが手にしていたのは、1本の槍。しかし、目の前で分解して見せ、内部に仕込まれた機構を露わにさせていた。彼の目は、笑っていない。

 ちなみにそれは、雷の魔術書とともに入荷した代物だが、店主には正直扱いかねていた代物でもある。


 それは、魔力式式射突杭。


 あらかじめセットされた魔結晶という結晶に魔力を込めておき、使用時にはバネと魔石を用いてエネルギーを放出させる。エネルギーの奔流は長さ約50㎝の杭先を螺旋回転させながら射出するという代物である。

 破壊力は地龍の甲殻はおろか黒龍の甲殻すらぶち抜く強烈極まりない代物で、欠点としては……短すぎる射程距離と、強すぎる反動、そして単発式というだけ。

 威力については、同様の原理を用いた攻城兵器である魔力式野戦砲に匹敵するのだ。


「おう……しかし、問題だらけの代物だぞ?」


「いや、それでもこの杭は魅力的だ。いくらだ?」


「……銀貨30枚と言いたいところだが、あの子の笑顔に免じて27枚に負けてやる」


 日本円にして約30万円。しかし、この武器にはそれだけの価値が存在する。


「……すまん高田、7万貸してくれ」


「……利子はトイチとは言わないので利子付きで返してください」


 声をかけられた想士は瞬時に意図を理解し、銀貨7枚を放った。器用にそれを受け止める竜ヶ崎。


「というわけで、きっちり27万セルムだ」


「まいどあり」


 代金と引き換えに受け取ったそれは、黒光りする2メートル程の棒に見えた。しかし、握る部分にはボタンが付いており、先端は鋭く尖った杭先が装填されている。


「ああ、ひとつだけサービスしておいてやる。西に数日のところにある遺跡には、似たような代物がゴロゴロ転がってる。あんちゃんの腕なら行けるだろう、よかったら行ってみるといい」


「おう、あんがとよ」


 竜ヶ崎は、店主の善意に短く答えた。そして、この店主は手練れだと推測する。このなりの自分たちを熟練と判断したというのは、なかなか驚異的な分析能力である。

 素直に店主に感嘆しつつ、未だに会話し続けているフレイと想士を連れて竜ヶ崎は店を出た。




 ◇




「というわけで、私の方は食料買い込んできたわ。レーションみたいなのをメインで入手してきたから、結構余裕はある」


「おう、ありがとよ。榊たちの方はどうだ?」


「この辺りの地図はありましたけど、やはり精度が笑えるレベルでしたね。むしろ、世界地図の方がありがたかったです」


 夕暮れ時、彼らはギルドの前で合流しそれぞれの戦利品を確認しつつ、南原が目星を付けたという宿へと向かっていた。

 携行食の類いを買いに行った大内たちはどうやら大収穫だった一方、地図の類いを見に行った榊たちはハズレだったらしい。しかし、大まかなものとはいえ世界地図を手に入れられたのは嬉しい。


「で、竜ヶ崎さんたちの方は?」


「雷特化の魔術書があったから購入した」


「雷、かぁ……」


「またコアなモノを……あれ、研二。それなに?」


 大内は、竜ヶ崎の持つ棒が気になった。購入してきたものなのだろうが、それにしてもやや大きい。槍のようである。

 竜ヶ崎は、その正体を述べた。


「男のロマン」


「……竜ヶ崎さん、俺に借金までしてパイルバンガー買ったんですよ」


「おう、ジーザス……」


 大内が呻いた。


「あ、見えてきたぞ。今夜の宿『翠風亭』だ」


 1人その場の空気に呑まれなかった……というよりも暖かい眼差しで見守っていた南原は、ある看板を目にして声をかけた。


「事前に予約しておいたわけじゃないが、道具屋の店主から聞いた店だ。……少し洒落てるな」


 緑色に塗られた1階部分の壁と、ダークブラウンに塗られた2階以降の壁が特徴的な宿だった。木造4階建てだから、それなりに大きいと思われる。


 からんからんとドアベルを鳴らしながら南原がドアを開けた。すぐに、カウンターに座る店主から声がかかる。


「いらっしゃいませ、翠風亭へようこそ!お食事ですか、それとも宿泊ですか?」


「宿泊で頼む。7人だ」


 若い男の店主に返事をした。一階部分は酒場になっているらしく、まだ日が暮れたばかりだというのにすでに賑わっていた。


「1泊銅貨5枚になります。えっと、2人部屋が2つと3人部屋が1つでよろしいですか?」


「だそうだが」


 そう言って、南原は仲間たちを振り返った。全員が「異議なし」と返事をしたところで、南原は「ではそれで」という返答をした。


「了解致しました。4階になりますね、401,402,406です」


 そう言って鍵を渡してくる店主。3つの鍵を全て受け取り、番号に偽りがないか確認した南原はともかく4階まで上がることにした。


 ちなみに、部屋割りは大内とフレイで一室、竜ヶ崎と想士で一室、榊、三坂、南原で一室となった。




 ◇




「……ふう、食べた食べた」


「隊長、せめて定時連絡くらいしましょうよ……」


「へいへい」


 竜ヶ崎が窓際で榊から預かった野外衛星通信機を起動している間に、想士は武器の点検をすることにした。

 彼の武器は小太刀に小盾である。刃こぼれは流石にないだろうが、布で拭うくらいはするべきだ。ちなみに、分隊の面々が所持している刀剣類は全て大阪や岐阜の刀鍛冶が作ったものである。

 数世紀ぶりに刀剣を作れると知ってそれはそれは喜んだのだとか何とか。


 しかし、彼の武器はそれだけではない。

 小太刀を拭い終えた後、懐から金属製の物体を取り出した。H&K MP7––––特殊部隊お馴染みの個人防衛火器である。


 綺麗に分解して遊底にグリースがきちんと塗られているか確認する。一通り組み直して各部がきちんと動作することを確認し、荷物の中へと仕舞った。


 その時、竜ヶ崎が窓際から戻ってくる。


「どうでした?」


「市ヶ谷の方と直接交信する羽目になるとは思わなかった……とりあえず、物価や民衆の様子は知らせておいた。それと、俺が購入したパイルバンガーについて」


「前半はともかく、なぜパイルバンガー?」


 そこで竜ヶ崎は一瞬ためらうかのようなそぶりをみせて、しかし言った。


「––––あの技術では、いずれ銃が作れてしまう」


 重い沈黙が、月明かりに照らされる室内を満たした。




感想、指摘、評価いつもありがとうございます。

次回は猿狩りの予定です。

では次回もよろしくお願いします。

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