7 鎧袖一触(2)
前半と後半で大きく内容が異なるのでご注意を......
草木も眠る丑三つ時、それらは草むらからむくりと身を起こした。鋼の軽鎧をまとい、長剣と小盾を携えた人影たちは、震えそうになる体を叱咤して雄叫びをあげる。
「よし、行くぞ!」
「了解!」
「騎兵の突撃が来るはずだ、それまでに敵の内部へ切り込むぞ!」
そして、走り出す兵士。彼らの盾には、一様に鷲をモチーフとしたタイランディウス帝国の国章が彫り込まれていた。そう、彼らは帝国軍の歩兵部隊なのだ。極小部隊に分かれ、3方から進軍する。森林地帯では迷いそうになることもしばしばであったが、大まかな方位は伝えられていたのだ、その方向に全力疾走すればよい。
化け物みたいな軍隊であっても、残念ながら小部隊による接近は探知できないようだった。
「この森を抜ければリュケイオンの丘、敵の本拠地だ!恐れることはない、叩き潰すぞ!」
「おう!」
全力疾走で森を抜けた彼らは、その先に敵の城塞を幻視した。あいにく角度と距離の関係で見えなかったが、そう思ってしまうのも仕方なかった。なぜなら、数日もの間徒歩で移動しなければならなかったからだ。しかも、たった数人の仲間たちとともに。それは、激しく精神を消耗させた。攻撃部隊の将軍が言った「敵は虐殺してもよい」という言葉があってすらこの状態なのだ。どれほどの厳しい行程なのかは想像に難くない。
「走れ走れ!報酬が待ってるぞ!」
「俺、国に帰ったら歓楽街に行って」「おいばかやめろ!」
「バカなこと言ってないで走るぞ!敵が気づいていないとはいえ、ちんたらしていたらいずれバレる!」
「……なにか、光った……?……ッ!」
その瞬間、昼間と見間違うばかりの猛烈な光が彼らを照らした。サーチライトなどという生易しいものではなく、まるで小型の太陽が照らすかのように。――――それは、空を舞うAH-1攻撃ヘリから発射された、M257照明ロケット。自衛隊が主に使用するM314照明弾を発射できる口径の榴弾砲がまだ持ち込まれてないということと、こちらの方が照明範囲、照明時間ともに大きいということから使用されたのだ。
そんなことは露とも知らず、突然明るくなった周囲に困惑する帝国兵。かれらは戸惑いつつも走りだそうとし……なぎ倒された。
『よし……予想通りおいでなすったな。300mで射撃開始だ、しっかり狙え。短連射だ』
「とはいえ、ここまで迫ってこられると緊張するんですけど、ね!」
「リロード!」
なぎ倒した主は、小銃掩体壕に潜む陸上自衛隊普通科の隊員たちである。巧妙に偽装された小銃掩体は獣人でも発見が困難であり、帝国兵たちは知らず知らずの内に「バンカーヒル」の近くまで引き寄せられていたのだ。
照明弾に照らされているのならば、射的の的も同然である。自衛隊の技量ならこれほど容易いことはない。
「次、来るぞ!」
「こいつは5.56㎜ってこと忘れてくれるなよ!」
「撃て撃て撃て!」
掩体に篭もった隊員たちは、ニ脚を突き立てた小銃の銃把を握り、撃った。大地を埋め尽くさんばかりに突撃してくる歩兵たちは、まるでドミノ倒しのように倒されていった。
タタタタタ、タタタタタタタという連射音がそこかしこで轟き、伸びる火線は正確に敵へと吸い込まれていった。闇夜に無数の曳光弾が描く紅い軌跡が走る。
「……効きが悪いか……?」
「っち、距離詰められてるぞ!」
『第206小銃壕、弾幕薄いよ何やってんの!』
しかし、5.56㎜は対人戦闘力は強いものの単純な殺傷力では7.62㎜に劣る。故に、数発叩き込まないと鎧をつけた歩兵は制圧できないのだ。そして、それが裏目に出ようとしていた。
雲霞の如く迫る敵兵に対して、こちらも瀑布の如き弾幕を叩きつける。しかし、数千単位で迫られたらお手上げだった。
「バンザイアタックかよ、ちくしょうめ!」
「なんで約74年前のアメリカ兵の気持ちを味わう羽目になっているんだッ」
「無駄口叩く暇があったら撃て!」
その時。まるで分隊長の檄に反応したかのようにドドドドドッという轟音が鳴り響き弾着とともに炸裂、敵をなぎ倒した。正体は判る。
「ガンタ……スカイシューターが撃ってるのか!」
「対人用途に35㎜……容赦ねぇな」
「まあ、東京やら北海道焼いて無関係の民間人犠牲にしたのはどこのどいつだよって話なんだ、が!」
高射特科の87式自走高射機関砲が、迫りくる帝国兵に対して射撃を開始したのだ。35㎜弾の破壊力は小銃弾の比ではなく、まさに「粉砕」する。何発目かわからない照明弾が上がり、照らし出された帝国兵を無慈悲に射殺する隊員たち。
「……にしても、アホなのか?いくら夜間とはいえ、偵察ヘリの前だったら丸見えだっての」
「敵さん、暗視装置のあの字もなさそうですけどね」
「おっと、新手……騎兵だ。突撃してくるか」
騎兵のまたがる馬の影が大きくなってゆく。しかし、次の瞬間敗者となったのは騎兵の方だった。一斉射撃により馬が崩折れ落馬したところを、後続の味方に踏み潰される。
現代世界において騎兵突撃が廃れた理由の一つは、銃の登場があったからだ。騎兵は的が大きく、その上防御力は低い。歩兵一人一人に鎧を貫徹可能な強力な銃が配備されたら、騎兵では叶うはずがなかった。
「見せてやるよ、技術格差ってやつを!」
さらなる照明弾が打ち上がり、くっきりと照らされたところを射撃。撃発と同時に反動が肩に伝わり、発射ガスがピストンを作動、遊底が後退開放されて空薬莢を排出し次弾を咥え込む。銃口から躍り出た弾丸は200m先の騎兵の胸甲を直撃。厚さ1㎝しかないそれを綺麗に貫徹し心臓へとめり込んだ。まるで何かに弾かれたかのように落馬する騎兵。彼はすでに、その命を終えていた。
夜のリュケイオン丘陵に、大小様々な曳光弾が火線を描き、銃声が鳴り響き、下生えが燃え上がり、そして血の花が咲く。陸自普通科隊員の構えるMINIMI分隊支援火器が歩兵の群れを纏めてなぎ倒し、連続して空中炸裂する直径155㎜の鉄槌が大地に爆発エネルギーを叩きつける。空自基地防空隊のVADS高射機関砲が20㎜弾を水平に吐き出し、F-2A戦闘機のロケット弾が炸裂。海自F-35戦闘機がM61バルカンで歩兵を引き裂き、護衛艦〈すずつき〉から放たれた砲弾が騎兵の群れを吹き飛ばす。
それはさながら、神の鉄槌が叩きつけられたかの如き惨状だった。
タイランディウス帝国軍第3歩兵大隊を率いる中年の千人隊長は、絶句していた。夜闇に紛れ雲霞の如く分散して3方から迫るこの作戦は成功すると思っていた。夜襲ならまだ分があると思っていた。しかし、この惨状は何か。
「馬鹿な……盾が貫通されているだと……」
地面から発射される光の矢が盾ごと帝国兵をぶち抜き、猛烈な光の群れが地面を薙ぎ払う。分散して狙いを分けさせようが、すべてに対処されるのだ。「戦力の分散」という一番行っては行けない戦術を取ってしまっていることに気が付かない千人隊長は、その光景に呻く。
「ここには、騎士道なんて存在しない。相手の意志など感じられない。こんなものが、戦いだというのか……!?」
すでに自分の近くを唸り声を上げて弾丸が通過しており、周りにいた自分の直属の兵たちは皆光の前に斃れた後だった。
「まるで、神の怒りが具現化したようだ……」
この世界には神は存在しない。頭の中ではそう認識していたとしても、思わずそうつぶやかざるを得なかった。――――まさしく、ここは|神域〈リュケイオン〉だ。
「こんな敵いもしない敵を前に、帝国は戦争を仕掛けたというのか……」
彼の心にあるのは、絶望と、諦念。自分たちとは何もかもが違うのだと、そう思い知らされた。その時、彼の視界に一かたまりになって突撃する騎兵の群れが見えた。その部隊の先頭を行く隊長のことは、よく知っていた。
「……だめだ、行ってはならぬ!」
彼の制止など聞こえなかったかのように、騎兵隊は突撃する。――――実際聞こえていないのだ。部下を大勢殺傷されたことへの怒りと、得体のしれない敵への恐怖、そしてなにより155㎜榴弾の炸裂音で。
その時、空から数条の流れ星が突き刺さった。その先にいたのは、今まさに敵陣に迫らんとしていた騎兵隊。煙が晴れたときには、何もなかった。遺体さえも。
「……っ!」
その時、彼は勘で左に転がった。確信はなかったが、得体のしれない予感があったのだ。その瞬間、一瞬前まで彼がいた場所を莫大な運動エネルギーを持った直径7.62㎜の銃弾が通過する。
しかし、次の瞬間胸や腹に衝撃を覚えた。見下ろすと、右胸や腹を守る鎧に親指大の穴が空いており、少しばかりの血が滲んでいた。
「……撃たれた?」
視線を戻すと、目の前には残り火に照らされ鈍く煌めく金属の塊が迫っていた。刹那、走馬灯がよぎる。
――――悪戯をして母親を泣かせてしまった幼年期。
――――家庭教師から剣を学んだ少年期。
――――軍に入り、悪友とばか騒ぎした青年期。
――――酒場の娘に告白し、結婚して家庭を持った成人期。
――――2人の子供に恵まれ、これから頑張って働かなきゃなと思った壮年期。
――――行ってきます、と言って妻にキスをしたついニヶ月前。
――――国境の城で、腐れ縁の悪友と「帰ったら酒を飲もう」と言った数日前。
その全てが滲んで、消えた。
崩折れる中年の帝国兵を暗視スコープに捉えつつ、M24対人狙撃銃のボルトハンドルを引く秦。
「29人目、だ」
彼は感情を殺して、冷徹に無線機へ吹き込んだ。
「……はぁ、竜ヶ崎の野郎、白兵戦の訓練とか言ってのんびりしてるんだろてめぇ……」
この戦場に、彼の誇る随一の部下とその仲間はいない。彼らは数km離れた航空母艦〈かが〉にて、延々と剣と盾を使った戦闘の訓練をしているのだ。彼らに課せられた任務のためならば仕方ないとはいえ、さすがに虫唾が走る。
しかも、この時間ならぐっすり寝ているはずなのだ。自分たちは敵兵へと無慈悲に銃弾を送り込んでいるのにも関わらず。
「これで任務先であっさり死んだら末代まで呪ってやるからな……!」
彼はそうつぶやいて、再び感情を殺しスコープの先を見た。レティクルに敵兵を捉え、無慈悲に撃鉄を落とす。サプレッサーで減音された銃声は、耳を劈く榴弾砲の咆哮にかき消され、秦自身の耳にも聞こえなかった。ただスコープの向こうの血しぶきだけが、銃弾が発射され一人の男の命を奪ったことだけを教えていた。
払暁。攻撃部隊将軍と騎兵30という僅かな、そして決死の突撃が120㎜戦車砲の前にあっさりと粉砕され、指揮官の喪失と甚大な犠牲によってタイランティウス帝国攻撃軍団南方隊は総崩れを起こし敗走を開始。10万もいた部隊は2000にまで減耗し、特に主力の騎兵と歩兵はほとんどが戦死した。
これを受けてエルヴィス国の国境の城塞を攻撃していた北方隊も撤退を開始した。北方隊の将軍が、「次は自分たち」と戦慄していたからだ。すでに、反撃不可の圧倒的な攻撃を受けたあとということもあり、撤退は速やかに行われた。帝城へもこの知らせはもたらされ、皇帝は衝撃のあまりしばしの間放心するという失態を見せてしまった。
それほど衝撃的だったのだ。帝国が格下の相手に敗北を喫し、さらに10万もの兵力を失ったというのは。皇帝は、震える声で命じるしかなかった。
「属国に命じ、遅滞戦闘を実施せよ。他はこの際切り捨てても良い、帝都の守りを固めるのだ。そして、国境からこの帝都へいたる村々は焼き払い、毒を放て。焦土作戦に踏み切るしかない……」
――――――――――――――――――
数日後、洋上に浮かぶ鋼鉄の城――――空母〈かが〉の上で珍妙だが妙に様になっている一団が、MV-22に乗り込もうとしていた。革鎧やコート、マントなどなかなか似つかわしくない服装であるが、妙に着慣れた雰囲気があった。そう、第168特殊作戦部隊第2分隊の面々である。
「おう、似合ってるぞ大内」
「やめてよ、羞恥心マックスなんだから……」
「リュウガサキ、程々に。……行こう、ソウシ?」
「フレイの言うとおりですよ、隊長。三坂が地味にダメージ受けてますし、さっさとしましょう。……ん、ありがとフレイ」
「俺ら、ブラックコーヒー持ち込めないんですから砂糖空間の展開はやめてくださいね?……ほら三坂、恥ずかしがってないでいくぞ」
「そうだな……うちのカミさんとの馴れ初めでも投下してやるか?……よし、乗った乗った!」
「南原曹長、さすがにこれは恥ずかしいんですよ!」
喋りつつ、機体に乗り込む人影は7つ。彼らは皆、ファンタジックな装備で固めていた。全員搭乗したことを確認して、秦と根崎がそれぞれ檄を飛ばした。
「行って来い、お前ら!俺らが働いてる間休んだんだから、ぜったい死ぬんじゃねぇぞ!」
「うむ、諸君。これは帝国との戦いの終結に、ひいてはセルムブルク大陸の調査に非常に重要である任務だ。奮励努力せよ」
「そしてなにより、お前らの行く道はどこまでも広がっているんだ、だから……」「それ以上はいけません」
どっかの有名なネタで締めくくろうとした秦を、隣で控えていた第1分隊の分隊員が止めた。言いたいことはわかるが、TPOと言うものがある。
「まぁ、言いたいことはわかりましたよ隊長。そいじゃ、行ってきます」
まるで、「ちょっとコンビニ行ってくる」レベルの気安さで答える竜ヶ崎。実際、彼にとっては緊張よりもワクワクのほうが多いのだ。筋金入りのオタク故に。
「定刻です、離陸します!」
操縦士が言うと同時に、サイドドアが竜ヶ崎と南原の手によって閉鎖された。窓からは、秦や竜ヶ崎とともに手をふる〈かが〉乗組員の姿が見えた。
「ランディングゾーンは、獣人の村よりも更に奥地になります。どうにか頑張ってください」
「ああ。なに、せっかくの異世界だ。堪能しなかったら損だろ?」
「またあなたは……はぁ、まあ下手に背負わないのはいいことかもしれないけどね」
コ・パイロットと竜ヶ崎や大内が気の抜けた会話をしているうちに、どんどん〈かが〉の艦影は小さくなってゆく。ふと隣を劈く轟音に視線を上げると、訓練中と思しき2機のF-2A戦闘機が並走していた。コクピットに座るパイロットが敬礼し、翼が左右に振られると同時に一糸乱れぬ動作で離脱していく支援戦闘機。しかし、そんなことには構わず雑談をしていくのが第2分隊クオリティーだ。
「にしても、フレイちゃんのその服、相変わらず可愛いんだよな……」
「リュウガサキ、セリフが親父臭い……」
「むしろどこで覚えたんだよそんなセリフ……まあ、賛成しますが」
「どっちに?」
「両方」
「つまり俺のセリフは親父臭いのか!?」
「悪い、竜ヶ崎。学生時代から思っていた」
「あぁんまぁりだぁぁぁぁ」
大内に止めを刺された竜ヶ崎を尻目に、想士は改めてフレイの服を見る。村から持ち出してきた戦闘服らしく、チュニックにタイツと動きやすそうなものだった。それを見た竜ヶ崎の第一声が「テンプレはホットパンツじゃないの?」だったが、大内に粉砕された。
ちなみに、チュニックの上にハードレザー製の革鎧をつけており、実は小口径拳銃弾くらいなら止めてしまう優れものだったりする。武器である弓を扱うために特化しており、袖の部分が大きいのは腕の可動範囲向上に寄与していた。
端的に言うと、可愛い。
「……まあ、可愛いな」
「ほんと?」
「ほんと」
「……ありがと」
お互いに素っ気なさすぎる会話だったが、それだけで砂糖を吐きかける榊と三坂。ちなみに彼らはそれぞれ弓手と剣士に扮しており、榊は弓道経験があるため少し練習するだけで相当の命中力を発揮した。三坂に関しては、盾との連携技を多く用いるが、どうやら昔やり込んでいたゲームのモーションを真似した模様だった。二人とも革鎧とチュニックだが……三坂はどうも鉄兜が気に食わないらしかった。
「榊3曹、賭けは俺の勝ちですね」
「ああ……隊長の出オチは想定していたが、高田の野郎が間髪入れずにいちゃつくとは思わなかった」
「後で折檻……」
「「我々の業界ではご褒美……じゃなぁい!」」
フレイに聞かれたらしく、物騒な言葉を投げかけられた二人は咄嗟にネタで返しかけて、やめた。さすがにシャレにならないからである。
「おうおう、自爆だけはしてくれるなよ……」
「おいブーメラン」
仲間をたしなめるふりして自分に壮絶なブーメランを突き刺した竜ヶ崎は、ボディーアーマーに革鎧の部品をつけて運用している。彼の得物は背負った対物ライフルだが、スコープが下ろされ銃剣が取り付けられているため、パッと見ただけでは槍に見えないこともない。
突っ込みを入れた大内はチュニックとホットパンツと革鎧という軽装だが、こちらは生足が出ている。露出がフレイよりも多く、それなりに恥ずかしいらしい。ちなみに、遊撃手をモチーフにしたそうだが、確かに彼女の得物は大ぶりのナイフなので間違ってはいない。強いていうならば、考案者は相当のオタクであったということだろうか。
「……さて、異世界だからと油断するなよ」
わかってるとは思うが、と前置きを入れて大斧を背負った南原が言った。それに対して、ニヤリと笑って竜ヶ崎が答える。
「おやっさん。俺たちはこの状況を楽しんでますが、一欠片も油断してませんよ?職業柄、ね」
そう、彼らは一見無警戒に雑談しているように見えて、その実緊張は一瞬たりとも解いていないのだ。今この瞬間に機体が撃墜されても生き延びる方法を考えるくらいには。
「油断したら死ぬ……世界の理ね」
「フレイ、無理はするなよ?」
「わかってる」
そんなある意味矛盾した面々を乗せて、航空機はひたすらに北へ、北へと向かって行った。
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ほぼ同時刻、ずっと西に離れた奈落の底で一人の少年が大の字に横たわっていた。血まみれで、体の各部から血が吹き出ている。数本の大小様々な剣を装備しており、その全てが己のものではない血に彩られていた。半ば閉じかけられた瞳は血で赤く、頭髪は白色。まるで、体から色素が抜けきったかのような様子である。
そして、彼の近くには頭部を長剣で貫かれ沈黙する地龍がいた。誰に斃されたのかは、一目瞭然。
やがて、少年は無造作にゆらりと立ち上がった。血は吹き出るものの、懐から取り出した黒い実を服用した瞬間に止まる。彼は、地龍の頭部に突き刺さった剣を引き抜くと、無造作にぶら下げて歩き出した。目の前にあるのは、鋼の大扉。そしてそれを見据える彼の目はおおよそ正常なものではなく、ただただ「生への執着」に満たされていた。帰郷願望よりも遥かに強い、生存願望。それは、この地底の大迷宮で生き抜いた少年を表すにこの上ない言葉であった。
いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
次回から、新キャラ(最後に出てきた人)の回が2~3回続くと思われます。
では、次回もよければお願いします。




