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かくして魔王は世界を救った  作者: 水垣するめ


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9/10

9話 面会:勇者シオン

「それで、ぼくになにか聞いてほしいことがあるんだったね」


 僕の目の前の椅子に腰掛けた勇者シオンはそう言った。

 前回、僕は直接彼に『魔王が世界を救ったというのはどういうことか』という質問を投げかけた。

 そして彼は『そんなことを言ったかな』ととぼけた。

 僕は明確に失敗を犯したわけだ。

 また、勇者シオンは他の勇者パーティーのメンバーと違って僕の目的を知っている。

 それなのにどうして僕に会ってくれたのかは……正直わからない。

 彼は今も何を考えているのかわからない微笑を浮かべて、静かに僕の言葉を待っているだけだ。


(したいのは答え合わせ。なら遠回しな話題運びなんてするだけ時間の無駄だ)


 僕は勇者シオンに対して、単刀直入に言葉をぶつけた。


「今日は、勇者様が仰っていた『本当に世界を救ったのは魔王だった』という言葉の意味について、僕の推理の答え合わせをしに来ました」


「へえ」


 勇者シオンが目を見開く。

 その反応に裏をかけた気になって、思わず心の中でガッツポーズを取ってしまったが……すぐに違う、と首を振る。

 いやいや、そうじゃない。

 駆け引きする必要なんてないんだ。

 必要なのは勇者シオンに前のようにはぐらかせない証拠を突きつけて、答え合わせをすることだ。


「ぼくがそう言っていた憶えはないけれど、推理を聞いてみようかな」


「はい。結論を言えば……『魔王は自死することによって、世界を救った』とそう考えています」


「ほう。どうしてそう考えたのかな」


 勇者シオンが更に目を見開いた。

 しかしその推理が合っているのか間違っているのかということは答えなかった。

 ただ僕の言葉の続きを待っているだけだ。

 この答えが合っているのか、間違っているのかわからない。

 だけどもう止めることはできない。

 僕は自分の推理を勇者シオンに告げた。


「勇者様の言葉を聞いて、僕は勇者パーティーの皆さんからお話を聞くことにしました」


「へえ、行動力すごいね君。それに彼らから話を聞けたんだ? アンセルとダフネはともかく、セイラは気難しい奴だったでしょ?」


「いえ、それはその……」


 流石に聖女の性格にどうこうは言えない。

 確かにちょっと聖女っぽくないとは思ったけど。

 僕が言葉を濁していると、勇者はカラカラと笑った。


「ははは。ごめん、話を折ってしまって。続けてくれる?」


「っはい。……まず、聖女セイラ様に話を聞いたところ、選定者リヒト様のことを

『すごい人だった』と表現しました。勇者様と同じ表現です。そして次に魔王との戦いについて訊ねました。すると聖女様は『大したことはなかった』と、おっしゃられたんです」


「セイラはそう言ったんだね」


「はい。はじめは混乱しました。記録によれば魔王戦は選定者リヒト様が死亡した、激しい戦いだと記されてしましたから。聖女様はすぐに相対的な話だと補足を入れましたが、それでも魔王戦を大したことはないと表現するのはおかしいと感じたわけです」


「そうかもしれないね」


「僕はもっと魔王戦について知りたいと思いました。しかし魔王の死に方について訊ねたところ……聖女様は取材をそのまま打ち切ってしまわれた」


「なるほどね」


 僕にとっては理由がわからない行動だったけど、勇者シオンからすれば納得の行く行動だったらしい。

 彼は得心がいったように頷いた。


「僕はここから、『魔王の死に方』が『魔王が世界を救った』という話に関わってくる、と思いました」


「大胆な仮説だね」


「それと、勇者様と聖女様が選定者リヒトを『凄い人だった』と表現したのも違和感がありました。お二人が語る選定者リヒトと、記録に残る選定者リヒト像が全く違うからです」


「うん」


「それに記録を漁ったところ、あれだけのことがあったのに勇者パーティーの皆様は選定者リヒト様のことを、一度も貶したことはなかった」


「そこまで調べたの? すごいね君」


 勇者シオンから素直に称賛が飛んでくる。

 あこがれの人に褒められて嬉しい気持ちになったが、「浮かれるな」と自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

 今は浮かれている場合じゃない。


「だから僕は『魔王の死に方』、そして『選定者リヒト』が深く関わってくると、そう考えました」


「セイラとの面会の時点では、そう考えていってことかな?」


 僕は頷く。


「次に僕は戦士アンセル様に取材を行いました。すると、戦士様と聖女様の証言に明確な違いが現れました」


「どんな違いが?」


「聖女様が魔王戦を『大したことはなかった』と表現したのに対して、戦士様は魔王戦を『これまでで最も厳しい戦いだった』と表現したんです。明らかな矛盾です」


「確かに、明らかな矛盾だ」


「また、他にも戦士アンセル様より『選定者リヒトと魔王城であんな形で再開するとは』という発言、『選定者リヒトが魔王によって殺されたこと』、『選定者リヒトは魔王戦で背後から魔術を撃っていたこと』などの情報が手に入りました」


「アンセル……。彼はいつも昔からドジなところがあるんだよ」


「『選定者リヒトと魔王城であんな形で再開するとは』という発言、これは明確に記録と矛盾しています。記録では選定者リヒトとは魔王城の直前の村で再開したはず。ですよね?」


「うん、そうだね。ぼくたちと選定者リヒトは魔王城の前の村で再開し、和解した。少なくとも記録ではこうなっている」


「……?」


「どうしたんだい?」


「いえ、その……やけに親切に僕の推理に付き合ってくれるな、と」


 正直に言えば、もっとはぐらかされたり、全然話を聞いてもらえないこともあり得ると思っていた。

 しかし今の勇者シオンは僕の話を聞いてくれて、その上話を整理する手伝いまでしてくれている。

 どうしてはぐらかすのに、僕の話の整理を手伝ってくれるんだろう。

 全然彼の目的がわからなかった。


「そりゃそうだ。明日にはぼくは王都を発つことになってるからね。ぼくにもチャンスはここしかない」


「チャンス……?」


「こっちの話だ。気にしないでいいよ。話を続けてくれる?」


「あ、はい……戦士アンセルの表現では、魔王城で直接選定者リヒトと再会したことになります。しかしそれだと和解したという事実はなかったことになる」


「道理だね」


「そして戦士アンセルの『選定者リヒトは魔王によって殺された』という発言……これからひとつの仮説が立ちました」


「その仮説とは?」


「『選定者リヒトは単身で魔王城に罪滅ぼしのために乗り込み、そして魔王によって殺された』……という仮説です」


「選定者リヒトはなんの罪滅ぼしを?」


「勇者様たちの装備に細工を施し、追放されたときの罪滅ぼしです」


 僕の言葉に勇者シオンは無言で続きを促した。


「ご存知の通り、選定者リヒトは旅の終盤から、素行が悪くなっていきました。パーティー資金の着服、勇者パーティーの装備への細工、魔族を街へ誘導するなどです。これは記録通りでしょうか?」


「うん、情報を確定させるために僕からも証言しておくと、その記録にあることは一切の誇張なく事実だった、と証言しておこう」


「ありがとうございます。そして選定者リヒトはパーティーを追放されたわけですが、その後自らの行いを悔いて、少しでも魔王へダメージを与えようと単身で魔王城に乗り込み、魔王の間で戦った。しかし選定者の力では魔王を倒せず、選定者リヒトは魔王に殺された。ちょうどその場面を勇者様たちは目撃した。そう考えています」


「なるほど、それは確かに理屈が通っているね。けど魔王の話は? 君がぼくが言ったという『魔王が世界を救った』という発言にどう繋がってくる?」


「それは繋がっていないんです」


「へえ?」


「選定者リヒトと魔王は全く別の話で、単身で挑んだ選定者リヒトが魔王によって殺された後、魔王は自ら降伏した。魔王は降伏することで世界を平和にした。こういう筋書きです」


「つまり、選定者リヒトの証言と魔王の死に方は全く関係してこない、と?」


「はい」


「なるほど」


 僕がそう言った後、一瞬勇者シオンの顔が残念そうな顔になった。


「……と、思っていました」


「と思っていた、ってことは……今は違うのかな?」


「はい。魔術師ダフネ様にお話を聞いて、考えが変わりました」


「へえ、聞いてみよう」


「まず魔術師ダフネ様から聞いたのは選定者リヒト様のことでした。魔術師様も同じように選定者様を『すごい人だった』と表現していました。ここから、選定者リヒト様のことを、記録に示されている不名誉から挽回しようという意図が見て取れます」


「うん。その考えは正しいよ。ぼくたちは明確に選定者リヒトの不名誉を挽回しようとしている。魔王討伐の旅から戻った後、一度も選定者リヒトを貶してないのは意図してそうしてるんだ。……いや、できなかった、という方が正しいかもしれないけどね」


 発言の後半になると、勇者シオンは視線を落として小さな声で呟いた。

 その発言についてもっと聞いてみたい気持ちはあったけれど、今は話を進めることにした。


「そして、魔術師ダフネ様は魔王戦における選定者リヒトの戦いについて、『前衛で勇者シオンといっしょに剣で戦っていた』と証言しました」


「戦士アンセルとは別だね」


「はい、明確に矛盾しています」


「……そっか、リヒトさんの戦い方については全然話したことなかったもんなぁ。まあ、仕方がないか」


 天井を向いて呟く勇者シオン。

 もう勇者パーティーで魔王の真相を隠していることを隠そうともしていない。

 それとも、真相が明かされることはないとわかっているからこその自信なのか。


「魔術師様と戦士様の魔王戦における選定者リヒト様の戦い方に関する証言の矛盾……これが指し示す可能性は二つです。『勇者パーティーは選定者リヒトの戦いを見ていない』、もしくは『選定者リヒトは魔王戦で戦っていない』。この二つです」


「なら、さっきの仮説に戻ったのかな? 『選定者リヒトは罪滅ぼしのために魔王に単身で挑んで、死んだ』っていう仮説に」


「はい。正直、ここまで僕はそっちだと思っていました。けど、その後の魔術師ダフネ様の言葉で違う、と思ったんです」


「どんな質問をしたのかな」


「僕は魔王がどんな人物だったのかについて訊ねました」


「へえ」


 勇者シオンは前のめりになって訊ねてきた。


「ダフネは魔王についてなんと?」


「『ここからの言葉には一切の偽りはない』と前置きしたうえで、『魔王は最も平和を求めていて、勇敢な人物だった』と証言しました」


「はは、ダフネも結構突っ込んだことを言うねぇ。そうか、なるほど。ということはダフネの考えもだいたい読めてきた」


「?」


「ああごめん。続けて」


 勇者シオンの言葉に違和感を覚えつつも、僕は自分の推理を話し続ける。


「正直、話を聞いた後の最初の印象は『全く信じられない』でした」


「どうして?」


「勇者様も知っての通り、魔王と魔族は人類の敵です」


「うん」


「初代勇者様の頃に突如として現れてから、千年以上繰り返し人類に対して攻撃を仕掛け、何人もの人類を殺められてきました。魔王と魔族は人類は千年以上の戦争関係で、相容れることのない人類の敵。それが常識でした。ですからどうしても魔術師様の仰ったことを受け入れる事ができなかったんです」


「じゃあ、どうして受け入れることができたんだい?」


「魔王の人物評価を聞いて、魔王側の動機が理解できたからで、推理が確定しました」


「魔王が平和を望む人物だったら、どう納得できたんだい?」


「魔術師様と戦士様の魔王戦における証言の矛盾から導き出された『勇者パーティーは選定者リヒトの戦いを見ていない』、もしくは『選定者リヒトは魔王戦で戦っていない』という可能性。これは『勇者パーティーは選定者リヒトの戦いを見ていない』んじゃないですか?」


「ふむ」


「選定者リヒトは魔王戦で戦わなかった。つまりは──魔王との戦いは起こらなかった、と僕は考えています」


「大胆な仮説だね」


 勇者シオンは顎に手を当てて考えた後、僕の目を見つめて言った。


「つまり君は、魔王との戦いが起こっていないから両方、もしくは片方は生きていると?」


「はい。僕は《《選定者リヒトは生きている》》と考えています」


「ふむ」


 勇者シオンは顎に手を当て、思案するように無言になった。

 一拍おいて、彼は僕に言った。


「でも、それには矛盾があるよね」


「そうですね」


「記録において、魔王と選定者リヒトは魔王戦において死亡している。戦いが起こっていないならこれはどう説明するんだい?」


「棺です」


「棺?」


「魔術師様からお話を聞いた後、僕は記録を読み漁りました。すると意外な事実が発覚したんです」


「意外な事実とは?」


「魔王を討伐し、魔王城の旅から帰還した勇者パーティーは、棺に遺体の劣化を防ぐために、冷却の魔術をかけましたよね?」


「ああ、そうだね。もともと魔術を習得していたダフネが、魔王とリヒトさんの遺体に対して冷却の魔術をかけたよ。そして棺を二つ、王都へと運んだ」


 勇者パーティーの偽装はかなり入念に行われていた。

 しっかりと棺は二つ用意されていたし、葬儀の道具も二人分用意されていた。

 ただし、一点だけ見落としている点があった。


「冷却の魔術の効果はどれだけ強くかけても保って数日。つまり二日か三日ごとに魔術をかけ直さなければなならない。そして冷却の魔術は魔力をそれなりに魔力を消費するため魔力ポーションが必須となる、ですよね?」


「うん、そのとおりだ。王都に戻る最中、ダフネが『魔力消費がきつくて、魔力を回復するポーションが必須だって』って言ってたよ」


「ご存じの通り、勇者パーティーの行動は記録されています。辿った旅路、倒した魔族……使った道具なども」


「……」


「《《魔術師ダフネ様が使った魔力消費ポーションの量を合計すると》》、《《明らかに一人分しか魔術をかけてないんですよ》》」


「……そっか、確かにポーションの合計量なんて考えたことなかったな」


 勇者は唸った後、僕を見て頷いた。


「確かに反論できないね。君の言う通りだ。旅路から戻る途中、かけた保存の魔術はひとり分だった」


「つまり、選定者リヒトが生きていることを認めるのですね」


「いいや、君もわかってるよね。それだけじゃまだどっちが死んだか確定してないよ。魔王とリヒトさん、どっちも死んだ可能性がある」


 僕の言葉に勇者は首を横に振った。


「確かにぼくたちはひとり分の遺体しか王都まで運ばなかった。でもそれなら、魔王が生きているとも言えるんじゃないのかな? 棺の中身を確認したことがないのなら、どちらが死んだのかは言及できないはずだ」


「いえ、それは違います」


「なぜ?」


「なぜなら、魔王が死亡したことは『西の空の暗雲が晴れたこと』で確定しているからです」


「ほう」


「大陸の西側にかかっていた暗雲が晴れていることは観測され、確実な事実です。僕も西側の暗雲が晴れるのを見て、確認しています。つまり暗雲が晴れた以上、魔王が死んでいるのは確定です。だから生きているの選定者リヒトだけ……という仮説が成り立つわけです」


「なるほど」


 さあ、ここからが推理の大詰めだ。


「僕の推理はこうです。──魔王は平和を望む人物だった。だから自分が死ぬ代わりに『あるもの』を守った」


「なるほど、『あるもの』先にどうしてそういう結論に至ったのかを聞こうかな?」


「この結論に至った材料は魔術師様の『魔王は平和を望む人物だった』という表現、そして戦士様と魔術師様の魔王戦の証言の矛盾からくる、『選定者リヒトは魔王戦で戦わなかった』という可能性。そして勇者様の『本当の意味で世界を救ったのは魔王だった』という発言です」


「ふむ」


「魔王は平和を望む人物で、魔族と人類との戦争で魔族が減るのを許容できなかった。だから魔王である自分が死ぬことにより、魔族を滅ぼさないことを約束させたんです」


「選定者リヒトが魔王と戦わなかったというのはそのため、と?」


「はい。本当に死んだのが一人だけという事実からこれは裏付けできるはずです」


 僕は推理を続ける。


「本当の意味で世界を救ったのは魔王だった、というのはつまり、自分の命を差し出して争いを避けた魔王に対する賛辞だった、ということです」


「では選定者リヒトはどうしているのかな? 生きているんだろう?」


「選定者リヒトは魔族の保護に当たっているのではないでしょうか」


「じゃあ、なぜぼくたちはリヒトさんが生きているのに死んだと偽装をしたんだい?」


「それは生き残っている魔族の存在を悟らせないためです。魔王とは激しい戦いがあり、取引によって魔王が命を差し出したことがバレないよう、小細工をしたんです。取引の存在が明るみになれば、生き残った魔族の存在も同じように明らかになりますから。他にも勇者パーティーへの罪に対する贖罪や、悪名が広がっている人間の街へと戻ることが嫌だったなどの理由も考えられます」


「なるほどね。ぼくたちが魔王討伐の旅から返った後、褒章を辞退した理由や、選定者リヒトのことを貶していない理由もそれで説明できるってことだ」


「はい。これが僕の推理です。いかがでしょうか」


 本当にこれで合っているのか、勇者シオンに問いかける。

 間違っているとは思わない。むしろ自信はある。

 けど、それはわかっていても緊張する。

 勇者シオンは考えるように口を閉ざしたままだ。

 僕は緊張しながら答えを待った。

 長い沈黙の後、勇者シオンは口を開いた。


「──君は勇者って誰のことだと思う?」


「はい?」


「ぼくはね、世界を救った人のことを勇者と指すんだと思うよ」


「そ、そうですか……」


「だから、ぼくは勇者じゃないんだ」


「…………」


 僕は勇者シオンの言葉の意味がわらからなかった。

 その真意を考えていると、彼は次の言葉を僕へと紡いだ。


「なるほど、完璧な推理だ」


「!」


「……と、言いたいところだけど、間違っているところがある」


「えっ?」


「君もわかってるだろう。君の推理にはいくつか穴がある」


「っ……!」


「まずは戦士アンセルの『魔王城であんな形で再会するとは』という発言の詳しい説明がなされていない」


「それは、言葉の綾では……」


「いいや、違う。君もアンセルから聞いてわかったはずだ。この言葉が嘘じゃないということは。あと、これは魔王城の直前の村へ行って直接聞きこみをすればわかるけど、村の誰も選定者リヒトには出会ってない。つまり村での再会というのはなかった。君は行動力があるけど、さすがにここを詰めるのは時間がなくて無理だったみたいだね」


「そんな……」


 勇者シオンから提示された情報に僕は言葉をつまらせた。

 大陸の西側まで行って村で聞き込みをするなんて、そんなの無理だ。

 だけど、僕自身そこが推理の穴になるかもしれないとは思っていた。嫌な予感が当たってしまったのだ。

 勇者シオンが人差し指を上げる。


「ひとつ。ぼくたちと選定者リヒトは魔王城で再会した。これが真実だ」


「なら、いったいどういう……」


「そしてもう一つ。『選定者リヒトは魔王によって殺された』という発言。これはどう説明する? 君の推理だとこの部分が説明できない。なにせ、殺されてないんだからね」


「それこそ、魔族の保護に当たり社会的に身分を抹殺せざるを得なかった選定者リヒトの比喩ではないのですか?」


「それなら魔王に殺された、とは言わないはずだ。そもそも取引自体を知られないようにするなら、選定者リヒトが死んだふりをして空の棺を持って帰るなんて、ちょっとミスしたらバレるようなことはしないはずだ。それより行方不明にすればいい。記録を作成するときの証言でどうとでもできるんだから」


「確かに、それはそうですが……」


「三つ目」


 勇者シオンが三本目の指を立てる。

 僕はまだあるのか、と思ったが次の言葉の衝撃に全部吹っ飛んだ。


「《《本当に魔族なんて存在するのかな》》?」


「え、は……?」


 一瞬、勇者シオンが何を言っているのか理解できなかった。


「大陸中を探してみればわかることだけど、《《魔族なんて種族はそもそも存在しない》》。君、今までみたことないでしょそんなの?」


「え、いや、だって勇者は魔族を倒して魔王城に……」


「不思議に思ったことはないかい。魔王がなぜ100年ごとに復活するのか。そして魔族という種族が、なぜ魔王が復活した時期にだけしか現れないのか」


 何か、覗いてはいけない深淵を覗いているような気分だった。

 動悸が激しい。

 心臓の鼓動が聞こえる。


「君さ、気づいてるんだろ」


 勇者シオンが僕に問いかける。


「『本当の意味で世界を救ったのは魔王だった』という言葉。アンセルの『魔王城であんな形で再会するとは』という言葉。セイラに『魔王の死に方』を聞いて取材を打ち切られた理由。アンセルとダフネの証言の矛盾。ぼくたちが褒章を辞退して、選定者リヒトを褒め称える理由。棺は二つ、死体は一つ」


 その目は僕を見透かすようだった。

 無意識のうちに目を逸らしていた事実を、顔を掴んで無理やり見せるような、そんな暴力的なまでの言葉だった。


「常識的に考えるならたどり着いたはずだ。もう一つの答えに」


 ──ありえない。

 『この可能性』は常識的に考えてありえないと思った。

 だから、推理から外したんだ。

 『この可能性』であるはずがない。


「本当は推理が当たってたら話そうと思っていたけど、ここまで近くまで推理されたら話さざるを得ないね。──真実を話そう」


 そして、僕は勇者リヒトから魔王討伐の真実を聞いた。



【記録官レイル調査記録】


〈面談者/日時/場所〉

 

〈問い〉


〈新たな情報〉


〈メモ〉

 勇者シオンから真実を聞いた。

 僕はもうこれ以上の調査は行わない。

 魔王討伐の旅の真実を記録するのはこれで最後だ。

 たぶん、この記録も後で燃やすだろう。

 彼らの言う通り、本当に世界を救ったのは魔王だった。

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