8話 面会:魔術師ダフネ
魔術師ダフネがいるのは、王都にある魔術学院の研究棟だった。
魔術学園は魔術師に対して魔術の知識を教えるこの大陸の中で最高峰の学院で、最先端の研究も行われている。
僕らが日常的に使用している魔力灯なんかはすべてここで開発された。
僕は研究棟のとある一室の前にいた。
扉に下げられたプレートには『ダフネ』という名前が書かれている。
ノックする。
『どうぞ』
「失礼します」
返事が返ってきたので扉を開けて中に入ると、部屋の中はいわゆる『魔術師の研究部屋』、という部屋だった。
机に積まれた本や書類の山。研究の材料なのかフラスコや、薬草、鉱石、水晶玉などが乗っている。
机の前の椅子に座っている、ローブを着ている女性が振り返り、言った。
「あなたがさっき話が来た、勇者省の記録官?」
魔術師ダフネ。
栗色の髪を肩のところでひとまとめにして垂らし、メガネをつけている女性だ。
聖女セイラから聞いていた話の通り、冷静沈着、というイメージが良く似合っている。
「はい、どうぞ」
魔術師ダフネが僕の前にコップを置いた。
「ありがとうございます」
口をつけると、スッキリとした甘さと爽やかな香りが喉を通り抜けた。
果実の果汁を絞り水を加えたジュースだ。
しかも口を近づけるだけでも冷えている。
見たところ氷は入っていないみたいだけど、どうやってここまで冷やしたんだろう。
「冷却の魔術を使ったのよ」
僕が疑問に思っているとそれを汲み取って魔術師ダフネが答えた。
(すごいな、今の一瞬で冷却の魔術を……?)
僕は心の中で素直に感嘆する。
冷却の魔術。
食材など、傷んでしまうものを遠くまで運ぶときに使う魔術だ。
この魔術があるから僕たちは海の幸や、遠方で採れた食材を食べることができる。
ただ、冷却の魔術は一定の温度へと調節し続ける技量と、魔術を維持し続けなければならないため、難しく、魔力を相当消費すると言われているはずだ。
「冷却の魔術は魔力を結構食うと聞いていますが……」
「それは長く保たせるために強めにかけるからよ。確かに食材の運搬で使ったら何回もかけ直さないといけないけど、ジュースを冷やすくらいなら使う魔力の量も知れてるわ」
魔術師ダフネはそう説明すると一拍置いて、
「それで、質問って?」
と訊ねてきた。
「はい、そうです。魔王討伐の旅について訊ねたいことがあって」
「今更珍しいわね。そういう話を聞いてくるのって。いいわよ、何が聞きたいの?」
「えっと……」
そこで言葉を詰まらせてしまった。
そう言えば急いで飛び出してきたはいいものの、質問の内容を整理してなかった。
仕方ない、少し遠回りして質問の内容を整理する時間を作ろう。
「そうですね。まずは魔術師として選定者リヒトにどう選ばれたのかを教えていただけますか?」
「選ばれたときのこと? そうね、かいつまんで説明すると勇者パーティーが私が住んでる村を通りかかったから、自分から魔術師の役職をくれ、ってお願いしに行ったの」
「えっ、自分から、ですか?」
「そう。自分から交渉しに行ったのよ。それで選定者リヒトは私に魔術師の役職をくれた。だから自分から役職を貰いに行ったのは私だけなのよ。他の三人とは違ってね」
「その、どうして自分から役職を貰いに?」
「君のご両親はまだ元気?」
「え? あ、はい。どちらも元気です。地方の村から出てきましたが、手紙でやり取りしています」
話が飛んだので不思議に思いつつも、僕は質問に答える。
どうして僕の両親の話に?
「君はどんなふうに育った? 学校にはいけたのかしら」
「はい、村なので王都のように全部あるわけじゃないですけど、学区内の学校に行けましたのであまり不自由はしませんでした」
地方の村に住んでいる子供は、学区ごとに建てられている学校に通う方式だ。
学校近くの村から子供が集まるので、異文化交流も盛んに行われて楽しかった思い出がある。
ちなみに、僕とカーラが仲良くなったのもその学校の中だ。
「そう。素敵なご両親に育てられたのね。羨ましいわ」
「と、いうことは……」
「私の両親はかなりアレでね。学校に行くどころか、まともに外で遊ぶことすらできなかったわ」
「……」
「両親は根っからの遊び人でね、子供の私に四六時中仕事をさせながら自分たちは酒場に行ったり、賭博をしたりして散財してるような人だった。そのうえ、少しでも私が手を止めてるのを見ると暴力を振るってくるような、そんな最低な人たちだった」
「それは……」
「その中で唯一の救いだったのは魔術について学ぶこと。両親の目を盗んで魔術で学ぶことだけが私の救いだった。だから勇者パーティーが私の村に訪れて、まだパーティーの枠に空きがあるって知ったときは絶好の機会だと思った。で、自分から頼んで、役職をもらったっていう感じね」
「なるほど、貴重なお話ありがとうございます」
「どういたしまして」
ちょうど頭の中で質問内容の整理が大体終わったので、僕は魔術師ダフネに質問を投げかけた。
「それでは、選定者リヒト様について教えて下さい」
「凄い人だったわよ。私なんか全然及ばないくらいにね」
(──早速きた)
質問した途端、魔術師ダフネはそう言った。
まさかいきなりその答えが来るとは思っていなかったから面食らったけど、やはり予想通りの答えだ。
これで勇者パーティー四人が選定者リヒトを褒めたことになる。
「色々と欠点がある人だったけど、あの人が遺した功績は私なんかよりよっぽど凄いわよ」
「それは世界を救った勇者パーティーの皆さんよりもでしょうか?」
少し、突っ込んだ質問だ。
もしかしたら取材を打ち切られる可能性もある。
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「まあ、私は後ろで魔術を撃ってただけだからね」
小さく笑って魔術師ダフネは答えた。
何を考えているのか分からない微笑だった。
「しかし勇者パーティーの皆様からは冷静な指揮に救われたことは多い、という評価ですが……」
「へえ、みんなはそう思ってくれてるのね。それはありがたいわ」
「すみません。どうしても勇者様たちより優れた功績を出したというのが符に落ちないんです。選定者リヒトの功績というのは一体なんなのですか……?」
「選定者リヒトは私だけじゃなくて、勇者も、聖女も、戦士も、世界を救える人間に世界を救う力を与えたのよ。それって凄いことでしょう?」
「……なるほど」
僕の言葉に彼女は照れくさそうな顔で笑った。
──話をいい感じにはぐらかされた。
僕はそう理解した。
記録によれば魔術師ダフネは勇者パーティーの指揮官を務めて魔族との戦闘に貢献するなど、かなり頭が切れるらしい。
僕の質問を理解して話を逸らした可能性は十二分にある。
まあ、これは本筋にはあまり関係ないことだから特に問題はない。
「魔王戦にて選定者リヒトは魔王に殺された、とされていますが、魔王戦はどのような戦いだったのでしょうか」
僕の質問に魔術師ダフネは怪訝な目を向けてくる。
「……そんなことを聞いてどうしたいの?」
「魔王戦には記録が少ないので、詳しく記録を残しておきたいと思いまして」
「へえ……まあいいけど」
魔術師ダフネは顎に手を当て、そして話し始めた。
「選定者リヒトは……火力が足りないから剣で攻撃していたわね。聖騎士の役職のロールを使いながら、前線でシオンと同じ位置で一緒に戦っていたわ。能力が押さえられているとは言え一応ダメージは通るし。でも隙を突かれて魔王に殺されちゃったのよ」
「……」
僕は目を見開いた。
──戦士アンセルと話が違う。
戦士アンセルは『魔術で主に戦った』と言ったが、魔術師ダフネは『剣で戦った』と言っている。
解釈の問題でもなく、単純に証言が矛盾している。
それが指し示す事実は一つ。
『選定者リヒトは魔王と戦っていない』もしくは『勇者パーティーは選定者リヒトが戦った場面を見ていない』ということ。
やっぱりカーラの仮説が正しかったのか?
僕は魔術師ダフネに質問を続ける。
「魔王を倒したのは勇者様で、魔王の心臓を一突きして倒した、ということで間違いありませんか?」
「ええ、そうよ」
短く答える魔術師ダフネ。
僕の意図を見透かしたように、余分な情報が入っていない答え方だ。
しかし僕も引くわけには行かない。
少し踏み込んだ質問をした。
「では次の質問を。魔王は一体どのような人物だったのでしょう?」
「……」
魔術師ダフネは眉を動かし、沈黙した。
──やっぱり、魔王の人柄が真相に関わってくるのか。
「……魔王について聞かれたのは初めてね。どうして魔王の話なんか?」
「後世に残すためです。魔王がどんな人物を知っておいた方がいいのではないかと」
「後世に残す……」
魔術師ダフネは視線を下げて、僕がかろうじて聞き取れるようなか細い声で呟いた。
「……これも運命なのかしら」
「……?」
「私達じゃない人たちの手に委ねられるべきなのかもしれないわね」
僕は彼女の言いたいことがわからなかった。
魔術師ダフネは噛みしめるように呟いて、顔を上げた。
「いいわ。教えましょう。一応忠告しておくけど、私が話すことには嘘はないからそのつもりで」
「わかりました」
「魔王は──最も平和を求めていたわ。そして勇気がある人物だった」
「魔王が、平和を?」
予想外の言葉が出てきて、思わず大きな声が出てきてしまった。
「いや、その……本当に魔王が平和を求めていたんですか? 人類の敵ですよね? にわかには信じられなくて……」
魔王は人類の敵だ。
歴史上、これまで何人もの人類が魔王や魔族の手で殺められてきた。
倒しても100年ごとに復活し、また人類に対する攻撃を始める、いわば宿敵だ。
そんな魔王が、平和を望む人物だった、というのは言葉で理解することはできても、すぐに受け入れるのには時間がかかった。
「私が話す内容に嘘偽りはないと前置きしたはずだけど?」
「そ、そうですよね。すみません」
「別に構わないわ。すぐに信じてもらえるなんて思っていなかったもの」
「いえ、ありがとうございます。魔王は──」
その時。僕の頭の中でこれまでの情報が繋がった。
カーラのよりも納得できる推理だ。
仮説は二つ。
しかし一つの仮説は《《ありえない》》。
だって《《大胆すぎるし》》、《《ありえないことだから》》。
だから、これで仮説は一つに絞ることができる。
あともう一つ、この推理を確実にする情報があれば……。
僕が思考に没頭していると、魔術師ダフネが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「他に聞きたいことは?」
「もう聞きたいことは聞けました。ありがとうございました」
僕はそこで魔術師ダフネの取材を終えた。
魔術師ダフネの研究室から出るとき、彼女は「頑張って」と短く言っていた。
僕はその足で、勇者省の記録が保管されている部屋へと向かった。
それから僕は二日間寝ずに、保管室に閉じこもっていた。
その中で寝食を忘れて十三代目の勇者パーティーの記録を読み漁った。
些細な死霊ですら、全てだ。
そして僕は、運命の鍵を手にした。
「……見つけた」
僕はすぐに勇者シオンへと面会の約束を取り付けた。
彼は意外にも僕に会ってくれる事となった。




