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かくして魔王は世界を救った  作者: 水垣するめ


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7話 選定者リヒトの謎

「そういうわけで、今回は明確に証言に違いが出てきたんだよ」


「ふぅん、なるほどねぇ~」


 いつも通り、僕はカーラに調べたことについて報告していた。

 食堂で一番高いメニューである牛のステーキを口に運ぶカーラ。

 取材に行くために仕事を肩代わりしてもらったため、当然僕の奢りである。

 節約のため、一番安いメニューの牛の乳粥を食べながら僕はカーラに説明する。


「聖女セイラは魔王戦を『大したことはなかった』。戦士アンセルは魔王戦を『一番厳しい戦いだった』って表現しているんだ。これはおかしいと思わない?」


「感覚は人それぞれだから少しくらいのズレは別におかしなことじゃないけど、それくらい明確に感じ方が違うとおかしく感じるね」


「だよね。僕はこの言葉の違いが、『魔王が世界を救った』っていう言葉につながってくると思うんだ」


「ふんふん」


「けど、問題なのはどこが繋がってるのかわからないところ……」


 僕は大きくため息をつく。

 今、僕は調査を始めてからはじめての壁に当たっていた。

 聖女セイラと戦士アンセルの証言の違いが勇者シオンの言った『魔王が世界を救った』という言葉に繋がってくると思ったけど、全然分からない。


「カーラはこの違いについてどう思う?」


「そうだねぇ。別にその証言はどっちかが嘘をついてるわけじゃなくて、聖女セイラからは見て『大したことはなかった』。戦士アンセルから見て『一番厳しい戦いだった』っていう仮説は?」


「それはつまり?」


「聖女セイラは聖術で回復と防御するのが担当だよね? 一番前で攻撃を受けるタンク役の戦士アンセルとは戦いのキツさも変わってくるんじゃないかな」


「それは僕も考えたよ……でも」


「でも?」


「それだと聖女セイラが魔族との戦いを『どれも厳しい戦いだった』って表現してるのが腑に落ちないんだ。回復と防御だけで終わった戦いなんていくらでもあるだろうし、それも『大したことなかった』って言ってないとおかしいんじゃないかな、って」


「むぅ……」


 僕の反論にカーラが黙る。


「あと、いくらなんでも選定者リヒトが魔王に殺されてるのに、『大したことなかった』っていうのはおかしいと思うんだ」


「まあ、仲間が殺されるくらい激しい戦いを『大したことなかった』って表現するはずないもんねぇ……」


 僕とカーラに沈黙が降りる。

 するとカーラが重い雰囲気を打破するように「あ」と声を上げた。


「最初は激しい戦いで、途中から降伏したっていうのは? ……って、これは違うんだったか」


「そうだね。選定者を殺して、途中で降伏する理由がわからない」


「もしかしたら諦めたのかもよ?」


「諦めた?」


「そう。魔王って100年ごとに復活するじゃん? だから今回ダメでも、次で勝てたらいいか~、って潔く諦めた、とか?」


「それは……」


 僕は考え込む。

 その視点は考えたことはなかった。

 確かにカーラの言葉の言う通りなら、もう勇者シオンたちに勝てないと悟って諦めた可能性は十分にある。

 ということは、魔王は復活するときに記憶を引き継げるのだろうか。

 そもそもの話、魔王は全て同一人物なのか?


「──それでさレイル」


「え?」


 思考に没頭しそうになった瞬間、カーラの声で引き戻された。


「しっかりしてよレイル。まだ話の途中なんだから」


「ごめんごめん」


「それでさ、戦士アンセル様が選定者リヒトについて、変なことを言ってたんでしょ? どういう感じの言葉だっけ」


「ああ、それは『最後に魔王城であんな形で会うとは』って言葉だね」


「それってさ、おかしいよね?」


「うん、おかしい。そもそも記録では選定者リヒトと勇者パーティーが再開したのは、魔王城の前の村であって魔王城じゃない。でも、戦士アンセルは明らかに魔王城で再開したっていうニュアンスだった」


「じゃあ、勇者パーティーが選定者リヒトと再開したのは、魔王城の中かもしれない、ってこと?」


「そういうこと」


「てなると……やっぱり選定者リヒトは自分のした罪に罪悪感を憶えて、魔王城に単身で乗り込んだ、とかじゃない?」


「それは僕も検討したよ。けど、選定者リヒトの立場からすればそんなことをするのかな?」


「選定者リヒトの立場って?」


「カーラも知っての通り、魔王は勇者とその仲間が持っている特別な力をもってしてか倒すことができない。それは魔王は特別なオーラを纏っていて、勇者たちの聖なる力でしか魔王のオーラを突破して、本体に傷を負わせることができないからだ」


 僕の言葉にカーラは頷く。


「それが勇者がこの大陸で最も権威がある理由だもんね。人類の敵なのにそれを倒せるのが勇者とその仲間だけなんだもん」


「もちろん、選定者リヒトも魔王に傷を負わせる力はある。けど……」


「そっか、選定者の能力って、三割程度しか出せないんだっけ?」


「そう。流石に火力不足だ。選定者リヒトじゃ魔王は倒せない。これじゃ自殺とおんなじなんだよ」


「でも、話はつながるよね?」


「え?」


 僕が顔を上げると、カーラは人差し指をくるくると回して説明してくれた。


「選定者リヒトは自分の過ちを悔いて、一人で魔王に挑んだ。勇者パーティーが魔王の間に到着すると選定者リヒトは討ち死にしていた。勇者たちが魔王を倒した後、選定者リヒトを憐れんで魔王城の前の村で選定者リヒトとは和解したことにした。これなら戦士アンセルの言葉も、勇者パーティーが口裏を合わせて選定者リヒトをやけに持ち上げる理由も、褒章を辞退した理由にも説明がつくんじゃない?」


「……」


「全部は選定者リヒトの名誉の挽回のため。そういうことなんだよ」


「でもそれじゃあ、戦士アンセルと聖女セイラの証言が違うのは……」


「本当は魔王を倒すまでは楽勝だったけど、選定者リヒトが一緒に戦って死んだ手前、苦戦したことにしてるんじゃない?」


「……」


 確かに、辻褄は合う。

 合っている気がする。

 それなのに、なんでだろう。

 どうしてこんなにも「間違ってる」という気持ちになるのか。

 僕に先んじてカーラが答えを見つけたから嫉妬しているのか?

 なんにせよ、彼女の仮説には一定の説得力はあることは確かだ。


「じゃあ、勇者シオンの『本当の意味で世界を救ったのは魔王だった』っていうのは?」


「それこそ、本当に別の話なんだよ。選定者リヒトとは別の話で、魔王は魔王で勇者たちとなにかをした。その結果、勇者たちは魔王を『世界を救った』って褒めた。本当に魔王も自分から死んだのかもね」


「なるほど……」


「とはいえ、これはただの私の仮説だし、全然間違ってるかもしれないけどね。魔術師ダフネ様への聞き込みもまだだし。でしょ?」


「!」


 カーラの言葉でハッと我に返った。

 そうだ。まだ僕にできることはある。


「ああ、そうだね。『なぜ』の部分はまだ明かされてない。結局、どうして魔王が世界を救ったことになったのかは明らかになってないってことだ」


「そういうこと」


「とりあえず、状況を整理しよう」


 僕は一旦話を区切って、今まで出た情報を整理する。


「まず、勇者シオンの『本当の意味で世界を救ったのは魔王だった』という言葉はどういう意味か。《《なぜそんなことを言ったのか》》。これを明かす必要がある。あとはカーラの仮説が正しいのかっていう裏付けもね」


「そうだね」


「よし、そうと決まればしっかりと下調べしてから魔術師ダフネ様に取材の依頼を……」


「おやおや、レイルくん。かなり悠長だねぇ。そんなことしてて間に合うの?」


「間に合う? なにに?」


 僕が首を傾げると、カーラ驚いたような顔で訊ねてきた。


「えっ? レイル、もしかして憶えてないの?」


「だからなにを」


「勇者様たちはあと数日後には、魔王討伐の十年記念で、大陸中の都市を回りに出ちゃうじゃん」


「…………あっ」


 ──完全に忘れていた。

 そうだ、そうだった。


「ちょっと待てよ……っていうことは、もしかしたら旅に出たら二度と取材するチャンスなんて回ってこないんじゃないか?」


 勇者パーティー全員が旅に出るということは、当然道中で話す機会はあるだろう。

 色々と取材をしている僕についても話す機会があるもしれない。

 すると僕がなにを解き明かそうとしているのか、ということについてもバレてしまう可能性がある。

 僕の目的に気がついた勇者パーティーは真相を完璧に隠蔽しようとするだろう。

 これまで以上に真相にたどり着くのが難しくなる……いや、もはや取材すら受けてもらうことができなくなるかもしれない。


「となると、もし勇者パーティーが出ていく前に答えを見つけることができなかったら、真相は一生闇の中……?」


「そうだよ? だからそんなに悠長にしてていいの、って」


 さーっ、と顔から血の気が引いていくのがわかった。

 僕は椅子から立ち上がる。


「ごめん、カーラ! 僕いまからちょっと魔術師様のところに行ってくる!」


「えっ!? じゃあこのあとの仕事は!」


「カーラお願い!」


「えーっ!?」


 悲鳴を聞きながら、僕は心の中でカーラに謝る。

 けど事態は一刻を争うのだ。

 僕は急いで魔術師ダフネのところへと向かった。

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