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かくして魔王は世界を救った  作者: 水垣するめ


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3/10

3話 勇者と魔王の歴史

 記録をまとめた二日後、僕はまた幼馴染であり同僚のカーラに対して相談していた。


「へえ、一昨日そんなことがあったんだ。私に仕事を押し付けていった後に」


「ごめんって。だから今日はスイーツ奢ってるでしょ」


 そう言って僕は彼女の手元へ視線を落とす。

 そこには甘いシロップに漬けた果物やらクリームやらが大量に盛り付けられたパンケーキがあった。

 僕の奢りで買ったパンケーキは、一昨日、彼女に仕事を押し付けていった償いのためのものだ。

 カーラは甘いものが大好物だから、機嫌を損ねたときは甘いものを奢っておくとなんとかなる。

 遠慮なく一番高いものを頼まれたので、財布には多大な打撃を与えられたけど、それもまあ許容範囲内だ。


「結局、勇者様にははぐらかされちゃったんだ」


「ああ、そうだよ。思いっきりね」


「ま、そりゃそうだよね。仮にも勇者様がそんなこと言ったって認めるわけにはいかないもん。平和の象徴だし」


「勇者様は大陸の平和の象徴。彼の言動には世界の平和がかかっている、か」


 これには、歴史を紐解く必要がある。


「初代魔王が現れる前、大陸中は様々な国家に別れ、お互いに戦争をしていた。しかしそこに魔王が現れて人間の国を次々と撃破する。そこで大魔法使いアストラムは魔王に対抗する術を編み出した」


「それが勇者、だね」


 カーラの言葉に僕は頷く。


「アストラムは世界に対して魔法をかけ、勇者を選定する仕組みを構築した。それが選定者だ。選定者はその中に勇者などの役職ロールを内包し、ふさわしいと見定めた人物に力を与えた」


「初代の大魔法使いアストラムを除いて、選定者はアストラムが世界にかけた魔法によって、自動的に選ばれるんだったっけ?」


「うん、それで合ってるよ。流石はカーラ」


「いやいや、これくらい普通だから。憶えてないほうがおかしいって」


 僕の賛辞にカーラがいやいや、と手を振って話を戻す。


「選定者により選ばれた勇者という絶対的な希望が現れたことで、ようやく人間の国たちは強大な人間の敵である魔王という敵に対してひとつにまとまった。そして以後、定期的に復活する魔王へ対して、歴史の授業で習う常識だね」


 パンケーキを一口、放り込みながらカーラが言う。

 僕はそれに頷いた。


「そう。この大陸はその時の同盟が今でも続いている状態だ。逆に言えば、魔王を倒した勇者がいるからこそ大陸は一つにまとまっていると言っても過言じゃない」


 平和の象徴である勇者がいるからこそ、まとまった国が分裂するということは起きていない。

 だからこそ、勇者の言動はささいなことでも平和に直結する。

 現に、昔の勇者の何気ない一言が大陸の平和を脅かしてしまった事例がある。

 これはどんな学校でも歴史の授業で必ず習う内容だ。


「それでさ、その後はどうなの?」


「どうとは?」


「レイルのことだから、勇者様に聞けずそのまま終わるってことはないでしょ?」


 彼女の言葉に僕は頷いた。

 懐から何枚かのメモを取り出す。

 休日の一日を使って調べた僕の成果だ。


「ああ、そうだね。逆に知りたくなったから、勇者パーティーの魔王討伐の旅について色々と調べてみたよ。するとちょっと気になるところがあったんだ」


「気なるところ?」


 カーラが首を傾げる。


「その前にちょっと勇者パーティーの旅について、整理しよう」


「えー、単刀直入に話してよ」


 もったいぶった僕の言い方にカーラが頬をふくらませる。


「僕の認識とカーラの認識でズレがあるか調べたいんだ。意地悪してるわけじゃないよ。それに食べきるまで時間がかかるだろ」


 僕は彼女のパンケーキを指差す。

 すごく大きいから、まだ食べきるまでには時間がかかる。

 彼女がムスッとしながらも黙ったので、それを了承の意だと捉えて僕はメモを見る。


「まずは、勇者と魔王について、前提の確認だ。これは常識問題だけどカーラ、答えられる?」


 パンケーキを口に運ぼうとしていたカーラはピタッと手を止めて、僕をじろりと睨む。

 しかし答えられないと思われるのはプライドに障るのか、解説し始めた。


「魔王は100年に一度、大陸の何処かへ出現する。すると選定者様が現れて、勇者とそのパーティーメンバーを『選定』する。選ばれた勇者一行は大陸を旅して、魔王を倒しに行く。魔王は選定者様から力を与えられた勇者パーティーにしか倒せない。さすがに勇者省の職員なんだから答えられるよ」


「うん、そうだね。あとは魔王が現れた場所の空は、魔王が討伐されるまで暗雲が立ち込める、というのがあれば満点だったかな」


「あっ」


 しまった! という表情をするカーラをよそに僕は続ける。


「今回の勇者シオンは13代目の勇者。選定者リヒトに『勇者』の役職ロールへと選定され、大陸の最西端に姿を表した魔王を倒しに行く。選ばれたパーティーメンバーの役職ロールは『聖女』、『戦士』、『魔術師』の三人だね」


「しつこいくらい試験に出てきたよね。歴代勇者のパーティーメンバーとか、覚えるの大変だったなぁ。時代によって役職違うし。初代選定のアストラムと初代勇者アーサーは覚えてるけど」


 カーラが遠い昔を思い出すように言った。

 僕も覚えるのには苦労した思い出がある。


「魔王の居城がある大陸の最西端までの旅路は比較的順調だった。魔王の配下の魔族を次々と撃破し、勇者パーティーは魔王の手下をあと一人というところまで追い詰めた。しかしそこで問題が起こった」


「選定者リヒトの悪行ね」


 僕は頷く。


「そう。選定者リヒトは勇者パーティーの旅路の資金を横領し、それを咎められた恨みで、勇者パーティーの装備をそれぞれ故意に欠陥を施して殺そうとした。挙句の果てには、勇者パーティーが逗留していた街に故意に魔族をおびき寄せもした。これは当時の街の人達から証言も取れている正確な記録だ」


「いつ聞いてもムカついてくるよね。勇者パーティーを追放されたのも当然だわ」


「ああ、僕もそう思うよ。なんせひとつ違えば世界の平和が終わってたところだ。魔王は勇者パーティーにしか倒せないんだから」


「勇者様たちもよく許そうと思ったよね。いくら最後の戦いで死んだからってさ」


 カーラが先のところまで言ってしまった。


「話を戻そう。その後、選定者リヒトをパーティーから追放し、旅が続けられた。そして魔王城の手前の街で、勇者パーティーは選定者リヒトが合流した。リヒトは謝罪し、パーティーに再度参加。そして魔王と勇者パーティーは戦い、激しい戦いの末に勇者パーティーは勝利した。しかし選定者リヒトは魔王との戦いの中で勇者シオンを庇って死んだ……これが公式の勇者パーティーの魔王討伐の記録だ。カーラの認識もこれで合ってる?」


「合ってるよ、それで気になったところってなに?」


 カーラがせっつくように訊ねてくる。

 もったいぶられてそろそろ我慢できなくなってきたんだろう。


「僕が記録を見ていて気になったところは二つだ」


 僕は二本指を立てた。


「まず、魔王の戦いに関する記録がほとんどないこと。そして勇者パーティーが選定者リヒトをやけに擁護していることだ」


「後者のはともかくとして、まず記録がほとんどないってどういうこと? 魔王の戦い方とかの記録はちゃんとあるじゃん」


「そうだね。魔王の戦い方は闇の力を使った攻撃が主体で、剣術も同時に使っていたという記録はある。けど魔王との戦いに関して『激しい戦いだった』っていう記録はあるけど、詳しくどんな戦いだったかっていう記録はないんだ。これはおかしいと思わない?」


「言われてみると…………たしかにそうかも?」


 カーラが顎に手を当てて首を傾げる。


「でもさ、激しい戦いだったから覚えてない、っていうこともあるんじゃない? 私は戦いなんてしたことないからわかんないけどさ」


「僕もさ。でも少しくらいは覚えてると思うんだよ。けど記録では最後に勇者シオンが魔王の心臓を貫いて倒した、しか詳細な戦闘記録はない。少なくとも心臓に剣を突き刺す直前の証言くらいあってもいいだろ? そこが違和感なんだ」


「ふぅん。それで、勇者パーティーが選定者リヒトをやけに擁護しているって?」


「うん。魔王討伐のあとの記録を作成するときの勇者パーティーの証言とか、いろいろな取材記事を漁ってみたんだけど、選定者リヒトについて、一切誰も下げる発言をしてないんだよ。それどころかみんな口を揃えて『すご人だった』って持ち上げてる」


「あ、それはおかしいね」


「でしょ? 一応和解したとはいえ、選定者リヒトはわざと命を狙ったし、魔族を使って街の人達を巻き込んだ。一言くらいはリヒトの行動に対する恨み言があってもおかしくない」


「なのに、そういうのは全くのゼロ?」


「そういうこと。あともうひとつ。勇者パーティーは魔王討伐の旅から帰還した後、与えられるはずだった褒章をすべて断っている」


「え、全部?」


「そう、全部。勲章とか報奨金とか、そういうのを全て辞退したんだ」


「どうしてそんなことを?」


「さあね。僕にはわからないさ。ともかく、これが僕が記録から感じた違和感だね」


 僕の話を聞き終えたカーラは、両腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けた。


「うーん、今のところ『本当の意味で世界を救ったのは魔王だった』って発言の意味とは繋がらないね。魔王の戦いに関する記録が少ないっていうのは気になるけど」


「そうだね。戦いの記録が少ないことが『世界を救った』ってことにはならない。結局魔王は勇者によって倒されてるわけだし」


「あ、確かに。戦って倒したんならやっぱり世界を救ったのは勇者だよね」


「取り得ず、今挙げた二つの違和感を手がかりにして、話を聞いてみようと思うんだ」


「聞いてみる? もう一回勇者様に話を聞きに行くの?」


 首を傾げてくる彼女に、僕は首を横に振った。


「いや、流石にもう一回聞きに行くのは無理だろうね。そもそも会ってくれないだろうし」


「じゃあ……」


「でも、魔王討伐の旅に関して詳しい人は他にもいる。なにせ、魔王討伐をした本人だからね」


「あ」


「他の勇者パーティーのメンバーにも聞きに行ってくるよ」

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