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見ている

 世界が滅びようが、そうでなかろうが。みな必死なのだ、とクロウ・ディックは知っている。

 そして、それをただ見ていることしかできないことも。


「おはよーございます」

 朝。研究所の人間はみな、警備室の前を通って敷地内に入っていく。だが、開いた窓の向こうのクロウに挨拶を返してくれる人は、ほとんど居ない。クロウも特に期待はしていなかった。声掛けは、業務の一つでしかなかった。

 だが、そんな風にドライに見ている研究員たちの顔が日に日に暗くなっていく様子は、さすがに気になった。理由は予想が着く。研究がうまく行かないのだ。天の墜落を止めるための方法を生み出すことができないのだ。

 成功よりも失敗のほうが多い仕事であるとはいえ、何一つ成果なく、報われず、そのくせ周囲からの期待は大きく。天が世界を押し潰すより先に、彼らが押し潰されそうになっているように見えた。

 そして、研究所の人間を(けな)す声を、クロウは聞いている。

「彼らは状況を分かっているのかねぇ」

 返却される来場者証を受け取りながら耳にする、呆れた台詞。知らない奴は呑気だと思う。だが、そのクロウだって、同じ敷地にいるだけで何も知らない。

 ただ見ているだけの自分に、何が言えるか。

「まったく、どいつもこいつも辛気臭い顔をして」

 そんなクロウのもとに、最近妙な客人が訪れるようになった。なんと、天使である。研究員の一人が、天から落ちてきたところを拾ったとか。奇々怪々な話だが、実物を見てしまうと信じざるを得ない。

 Tシャツにジーンズと野暮ったい格好の天使は、はじめ研究員たちと一緒にいた。だが、最近は研究所に飽きたのか、こうして警備室にやってくるようになった。はじめに訪れたときに飴玉をあげたからだろうか。何故かクロウは気に入られた。

「根を詰めすぎなんだ。少しは息抜きをすれば良いものを」

 今日もまたクロウがあげたオレンジ色の飴玉を指先で転がし、天使は口を尖らせる。愚痴を溢してはいるものの、彼女は彼女なりに研究員たちの心配をしていた。期待だけ押し付ける外来者たちとは違う。天使はきちんと、必死に足掻こうとしている者たちの努力を見ている。

 それは、研究員たちにも伝わっているのだろうか。朝、曇り顔で入ってきた彼らの顔は、帰るときは少しだけ晴れている。

 独りではないと知るだけで、心持ちが変わるなら。


「お疲れ様でしたー」

 クロウは今日も、返事の期待できない挨拶をする。彼らの背を叩くかわりに。

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