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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第2シリーズ:恋を奏でて、愛を信じる
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第26話:那智の過去


 静流の車に乗せられて、信愛は祖父の入院している病院に向かっていた。


「病院まで30分くらいかかるの。医大だから少し遠くてね」

「……お祖父ちゃんの身体は大分悪いの?」

「心配しなくても手術は成功したから大丈夫。転移もなさそうだし」

「お医者さんなんだよね?」

「えぇ、開業医をしてるわ。その辺はお姉ちゃんからは聞いてない?」

「全然。実家の話なんて聞いたこともなかったから」


 こうやって、叔母である静流と話すことが信愛にとっては新鮮なことなのだ。


「そうなんだ。お姉ちゃんらしい」

「静流さんはママの妹なんだよね」

「そうだよ。和奏ちゃんのお兄さんと結婚してるの」

「……ということは、シアのパパのことも知ってる?」


 那智からは何も聞き出せなかった自分の父親について尋ねる。


「八雲さんのこともよく知ってるわ」


 そう静かに呟いた。

 ハンドルを握りながら話す横顔はどこか曇りがちに見える。


「詳しい事情を教えてくれない? シアはどうして生まれたのか」

「え? あれ、そのことも何も聞いてない?」

「自分から話すつもりはない、知りたいなら他の人に聞きなさいって……」

「お、お姉ちゃん。そこはちゃんと言わないとダメなんじゃ……えっと、信愛さんにとって大事なことを私が説明してもいいのかしら? んー?」


 姉に対して困惑する静流だが、信愛が知りたがってるのに気づく。

 話すのは自分しかいないのだと思い直し、


「分かったわ。私の知る限りの話をしてあげる。ただし、これは憶測も含めてるわ。すべてが事実とまではいかないけども。それでもいい?」

「お願いします」


 信愛が一番知りたいのは、自分は愛されて生まれてきたのか。

 大事なことだからこそ、知っておきたい。


「すべての始まり。お姉ちゃんは高校時代に引きこもりになったのよ」

「和奏さんが絡んでるとか? ママ曰く、不幸になってほしい女らしいので」

「……彼女たちの因縁を一言では説明しにくいなぁ」


 苦笑いするしかできない静流である。

 他人が説明するには泥沼な二人の因縁である。

 

「当時の話だけど。八雲さんには和奏ちゃんと付き合う前にいた元カノさんがいたの。その子を奪い取ったのがお姉ちゃんだったらしいわ」

「……はい? あの、その時点ですでに疑問が? 相手は女の子だよね?」

「あー、うん。つまりお姉ちゃんは女性と交際してました」

「――なぬ!?」


 想像すらしていない展開になりつつあった。

 自分の母親が過去に女子と付き合っていたなど聞かされたら驚くしかない。


「なんてことだ。ママの恋愛事情は複雑デス」

「あはは……。ちなみに私の旦那さんはお姉ちゃんの元カレでもあります」

「さらに複雑すぎるよ!」


 人間関係、あっちもこっちも繋がると非常にややこしくなるものである。


「まぁ、恋人を奪い取られた八雲さんとお姉ちゃんの関係は最悪のものでね。当時の二人は険悪な雰囲気だったと聞いてるわ」

「そりゃ、寝取った相手が女の子なら複雑でしょう」

「さらにお姉ちゃんは八雲さんをわざと煽るような真似もした。その報復に出たのが和奏ちゃんだった。仕返しとばかりにお姉ちゃんの人間関係をぶち壊したの」


 具体的には那智の元カノである和奏の兄に、溺愛している静流をくっつけるという卑劣な作戦であった。

 これが地味に効果抜群であり、那智のメンタルに多大なるダメージを与えた。

 まさに那智の人生を狂わせた張本人、それが和奏である。


「思っていた以上に泥沼だなぁ。周りの見えない女の子って怖い」

「そうだね。私も加担しちゃってるから言いづらいけど、和奏ちゃんはやり過ぎた。人間、些細な事でも心のバランスが崩れることあってあるのよ」

「いろいろとあって、ママが引きこもりになっちゃった?」

「うん。人間なんて信じられないって、誰とも距離を置くようになったのよ」


 那智の自業自得な面もあるのだが、和奏の攻撃により彼女のメンタルは崩壊。

 心のバランスが一度崩れると、ここまで行くかというほどに落ち込んでしまう。

 人の心は一度壊れてしまうと、冗談が冗談ではすまなくなり。

 思わぬ形で那智は心のバランスを大きく崩してしまったのだった。


「友達とも会わなくなって、そのうちに高校もいかなくなってしまった。……あの頃だったかな。八雲さんがお姉ちゃんに会いに来はじめたのって」

「え? なんで? 恋人さんを取られた過去もあったんでしょ?」

「……追い込んだのが現在の恋人の和奏ちゃんって事もあって、罪滅ぼし的な意味合いもあったんじゃないかな? 彼は思いやりのある優しい人なのよ」


 前が赤信号になり、車が停車する。

 八雲という父の名前が出るたびに信愛はぴくっと反応する。

 純粋な興味だ。


「ふーん。恋人のしでかしたことの責任を感じてたのかな」

「多分ね。八雲さんは定期的にお姉ちゃんに会うようになったわ。外に連れていくこともあったみたい。彼としては姉に立ち直ってほしかったんだと思うの」

「そうなんだ。そのうちに恋愛感情が芽生えたりして?」

「それはどうかな。八雲さんは和奏ちゃんとラブラブだったし。その頃は健全な関係だったのよ。話し相手というだけの関係だった、はずなのに」


 その関係が壊れたのは数年後のこと。

 和奏と八雲の間に新しい命が生まれた。


「和奏ちゃんが高校を卒業してからある程度して、お腹に赤ちゃんができたの。ふたりはデキちゃった結婚をしたわ。その時から姉の様子がおかしくなった気がする」

「ママが?」

「……幸せな二人を見ているのが辛かったのか。それとも、自分を不幸にした相手が憎かったのか。和奏ちゃんとの対立が再び始まったの」

「女の闘いってやつ? バチバチとした火花が?」

「あの二人の因縁。どうしようもなく続いてるわ」


 青信号に代わり、再びアクセルを踏み込み、静流は車を発進させる。

 車窓の景色が移り変わるのを見つめながら、


「ママの様子がおかしくなったってどういう感じに?」

「結婚した八雲さんに対して、お姉ちゃんの態度は明らかに変わった。それまで以上に、彼に対してはすごく笑顔を見せたりして、甘えるそぶりもあったなぁ。あと、彼が家を訪れるたびに、自分から外に連れ出していたの」

「引きこもりだったママが?」

「そう。自分から外に出るなんてしなかったのよ。彼女は変わったの」

「それはママのメンタルが復活しただけじゃ?」

「私も最初は前向きに頑張ろうとしてるんだって勘違いしていたわ」

「でも、違った?」

「うん、その頃らしいの。お姉ちゃんと八雲さんが関係を持っていたのって」


 八雲と那智の関係は和奏の知らないところで進展していた。

 静流が気づいた時にはもうすでに遅く。

 止めることができないところまで関係が進んでしまっていた。


「うわぁ、結婚してたのに浮気してたんだ。ひどい男だね。パパはダメな人だぁ!」


 恋人がいる信愛にとっては八雲の行動は許されるものではない。

 八雲に対して当然ながら女子として憤慨する気持ちがある。


「うん……ダメというか、流されちゃったのかな。どういう気持ちで関係を持っていたのか。その関係自体は姉と八雲さんだけしかわからない」

「奥さんが妊娠すると浮気される確率が高まるらしいよ」

「それもあったのかな」


 心の隙をついたのかもしれない。

 ただの復讐心だったのかもしれない。

 それとも、那智の心に芽生えた本物の想いがあったのかもしれない。

 本人しか知らない気持ちは想像することしかできない。


「ただ、お姉ちゃんは幸せそうに見えたんだ」

「え?」

「彼のおかげで引きこもりを抜け出せそうなところまで来ていたのは事実なのよ。折れた心から立ち直りのきっかけを与えてくれたの」


 静流はあの頃を思い出しながら、


「ちなみに、お姉ちゃんは関係解消の際に、八雲さんと関係を持ってる事実だけを赤ちゃんが生まれたばかりの和奏ちゃんに公表したわ」

「やることひどいなぁ、うちのママも……」

「和奏ちゃんは『知ってた』と一言だけ返して、八雲さんを許した。浮気してたこともすべて。愛してくれているは自分だけという自信もあったんでしょうね」

「あの人はあの人で愛が一途すぎて怖すぎる。どうしようもない泥沼じゃん」


 浮気など大したことでもないとばかりに、八雲を許した和奏。

 那智は自分も身ごもっている事実は告げなかった。

 相手は気づいてたのだろうけども。


「そして、信愛さんが生まれることになったの」

「ママの妊娠が分かった時にパパは?」

「八雲さんが知ったのは、ずいぶんと先のことよ。姉から生まれたばかりの子供の写真を送ってきて、彼女が妊娠してたのを初めて知ったそうよ」


 その時にはすでに那智は彼らの前から姿を消した後だった。


――ママもママでやることがえげつないです。


 大人の事情とは何とも言えないものである。

 

「……現実問題として、妊娠したお姉ちゃんのことは我が家でも問題になってね。相手が既婚者で浮気でしょ。当然いい顔もされるはずがなくて」

「家を追い出されちゃった?」

「そういう話が出てたの。お父さんの方が激怒して、家から追い出すつもりだったみたい。でも、その前に姉は家を出て行ったわ。私たちに何も言わずに消えてしまった」

「それじゃ、もう何年も連絡とか取ってなかったの?」

「先日、和奏ちゃんから『あの人の居場所を見つけた』と教えてもらうまでは……」


 家族からも見放されて、那智はひとりで信愛を産んで育てはじめた。

 そんな姉をずっと静流は心配していたのだ。

 どこか遠くで元気にやってることを信じてきた。

 だからこそ、連絡をもらった時に静流はとても喜んだ。


「でもね、こうやって、信愛さんがしっかりと育ってるのを見たら安心したの。お姉ちゃんはちゃんとお母さんをしていたんだって」

「シアのママは素敵な人ですよぉ」

「……そうだね。いろいろと考えてたから。最悪のことも含めて」


 例えば、子供を捨てていたとか。

 してはいけない、嫌な想像も何度もしていた。

 家族として心配していた静流の気持ちを信愛も理解する。

 彼女は優しく笑いかけながら、


「ちゃんと、シアはママに愛されてきた。たくさんの愛情をもらってきたよ。名前もそう。愛を信じられるように、って願いを込めてつけてくれたの」

「愛を信じられるように。素敵な名前ね」

「静流さんの話を聞いて、シアは安心できたことがあるの」


 それは自分の出生についてずっと思い悩んできたこと。


「シアはちゃんと愛されて生まれてきたんだよね」

「……信愛さん」

「ママの復讐のために生まれてきたんじゃない。それだけが知りたくて」


 誰かを傷つけるためだけに存在したのではあまりにも悲しすぎる。

 話を聞く限り、少なからず、八雲との間には恋愛感情があったように見えた。

 それは信愛にとっての救いでもあった。


「ママは愛情が深い人だから。パパのことを好きになっちゃって。でも、それを知られたくなくて。いろんな感情が入り混じってたんだと思うんだ」


 既婚者と浮気をしていたという、どうしようもない事実はある。

 那智が頑なに自分の過去を語りたがらないのも当然の事情だった。

 それでも、信愛は「ホッとした」と安どの表情を見せる。


「……ごめんなさい。子供の貴方に聞かせるべき話ではなかったかもしれない」


 最後まで話を終えて静流は罪悪感を抱く。

 どんな事情であれ、複雑すぎる内容を子供に知らせるべきではなかった、と。


「こういう言い方しかできなくて、申し訳ないわ」

 

 自分の子供が同じ状況で事実を知った時を想像して信愛の気持ちをおもんばかった。

 そんな静流の気持ちを理解した信愛は、


「いいよ。静流さんのおかげですごくすっきりしたの」

「え?」

「ママのこと、たくさん知れてよかった。だって、ママは秘密主義の人だから。いつも自分の事を聞いても教えてくれなくて。だから、過去を知れると嬉しいの。えへへ」


 その屈託のない笑みに、静流は心底感じる。

 この子は本当に素直な少女だ。

 その素直さを育んだのは母親である那智なのだ。

 彼女の愛がそこにあるからこそ、信愛はここまで素直でいられた。


「信愛さんはホントにお姉ちゃんによく似てるわ。笑顔がそっくりよ」

「ホントに? ちなみに目元はパパ似だと和奏さんに怒られました」

「それ、本人も言ってたわ。自分の子供が似ないで、なんであの人の子供が似るんだぁって、すごく不満そうだった。でも、親子が似るのは普通のことだもの」

「……あっ」


 静流の言葉に信愛は大切なことに気づいてしまう。


――シアの体の中にはパパの血も入ってるんだよね。嫌いな相手なら嫌悪もする。


 那智は信愛に対して惜しみのない愛情を注いできた。

 娘の中に時折みせる父親の面影も含めて。

 それは、きっと八雲のことも愛していたからではないか。


――なんで、そんな簡単なことに気づかなかったんだろ。


 悩む必要なんてなく、自分はちゃんと愛されて生まれてきたのだ。


――ママはパパが好きで、シア生まれたに違いないよね? きっとそうだよ。


 自信を取り戻した信愛には笑顔が戻っていた。

 車が目的地に着くまでに、信愛は静流にこれまでの自分たちの話を始めた。

 二人だけの家族として一緒に過ごしてきた時間を――。


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