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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第2シリーズ:恋を奏でて、愛を信じる
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第17話:疑惑追及の手は緩めない


「総ちゃん。今、貴方には一つの疑惑が抱かれてます。お分かり?」

「が、がはっ。やめろぉ。俺に何をするつもりだ」


 その夜、彼の部屋で信愛は総司を追及していた。

 理由は単純である。


「恋奏先輩。名前知ってるよね?」

「有名人ですから、お名前くらいは知ってますよ」

「個人的なお付き合いは?」

「……そ、それは」

「あるのかいないのか、はっきり答えなさい。シアの気は短いよ?」


 彼女は総司に馬乗りになり、その口元に練りからしのチューブを近づけていた。

 鼻につく匂いに総司は「マジでやめてぇ」と悲惨な目に合いそうになる。

 

「くくくっ。辛い想いをするのが嫌なら、正直になりなさい。総ちゃん、一度だけの浮気の権利を使うというのならそれも許します」

「浮気だけはないっ」

「……ホントに?」


 二人の間には一度だけの浮気は許すという恋人協定がある。

 ただ、浮気をした後は関係を破たんさせられずに飼い殺しになるわけだが。


「シアが浮気しないからってなめられちゃ困りますよ?」

「落ち着け、信愛。お願いだからせめて、チューブはどけてくれ。匂いがきつい」

「それが嫌ならしゃべればよろしい。シアを強引に押しのけて逃げてもいいよ?」

「逃げた方が怖いのは俺がよく知ってる」


 体格さのあるふたり、本気になれば信愛程度は軽く引き離せる。

 総司がそれをしないのは精神的な仕返しが恐ろしいからである。


「話すと面倒なことになるんだよ」

「面倒なこと?」

「い、芋づる式にいろいろと話さなきゃいけなくて、信愛が不機嫌になるのが目に見えてるから話したくないんだ。浮気はしてません。それだけじゃダメ?」

「……ダメではないよ。総ちゃんが話したくないといのなら、無理強いはしません」


 ようやく諦めたのか、からしチューブを口元からどける。


「でもね、それなら私も考えがあるの。総ちゃんの知らないところで、知らない先輩と密会を重ねちゃうかもしれない。それでもいいんだ?」

「……やだ」

「自分がされて嫌なことはしちゃいけない。子供のころに教えてもらったよね?」


 信愛も独占欲がある方だが、総司もまた信愛に対して独占欲が強い方だ。

 彼女が他の男子生徒と話している姿を見るとつい邪魔してしまう。


「わ、分かった。ただし、怒らないということを条件につけてくれ」

「……シアが怒るような内容なんだ?」

「一部は、怒られるかもしれない」

「ふーん。まぁ、いいや。話は聞いてから考える。怒らないように善処はするよ。それはすべて正直に話す総ちゃん次第です。さぁ、お話になってください」


 馬乗り状態から解放された総司は言葉を選びながら、


「あれは、一年くらい前かな。俺たちがまだ入学する前に今の高校に行ったことがあるだろう? 文化祭を見に行ったのを覚えてないか?」


 それは、ほぼ一年ほど前の出来事であった。






 中学3年生の総司たちは文化祭という機会を利用して、受験する候補の高校に来てみた。

 実際の高校の校舎を見たり、学祭の雰囲気を楽しんでみたり。

 純粋に楽しんでいたのは良いのだが、いつのまにか信愛とはぐれていた。


「あいつめ、また迷子になりやがった。目を離すとすぐこれだよ」


 気が付けばふらっとどこかへと消えてしまった。

 すぐさま総司は携帯電話で信愛を呼び出すものの、


『総ちゃん、助けて。えーと、ここはどこ?』

「知らんわ。俺が知りたい」

『とりあえず、私の周りには人がいっぱいいます』

「そりゃいるぜ。何か目立つものはないか?」

『多分、中庭っぽい。大きな時計があるよー』

「……それだけじゃ分からん」


 どちらも土地勘もなければ、初めて来た学校なのでしょうがない。

 外にいることだけは分かるが、もらった地図ではどこにいるのか見当がつかない。


「とにかく、その時計の下からは動くなよ? いいな?」

『はーい。迎えに来てね、総ちゃん』

「全く面倒をかけやがって……」


 迷子になるとチョロチョロと動きたがるのが信愛である。

 その場所から動かれると本当に困ったことになるので、総司の方が探すことにした。


「とはいえ、俺もよく分からんのだが……中庭ってどっちだ?」


 校舎内を歩き回っていると、学祭の『文化祭実行委員』と書かれた腕章をする女子生徒に声をかけることにした。


「あのー、すみません。ちょっといいですか?」

「はい? どうかした?」

「中庭ってどっちの方ですかね? 大きな時計があるそうなんですが」

「時計? あー、それは中庭じゃなくて、裏庭かな?」


 その少女こそ、当時、高校一年生だった恋奏だった。

 彼女は文化祭の実行委員として見回りをしていた。

 総司の話を聞いて、「それじゃ、案内してあげるよ」と快く引き受けてくれる。

 廊下を歩きながら、ふたりは他愛のない話をしあう。


「へぇ、下見もかねて恋人と一緒に来てるんだ。いいなぁ」

「まぁ、面倒ばかりかけられているんですけど」

「いいじゃない。二人とも中学生なんでしょ? 来年はうちに来る予定なんだ」

「受かるように頑張ってるところです」


 恋奏は初対面の総司相手にも気さくに話しかける。

 道案内をしながら軽く校舎内の案内もしてくれた。


「ここが中庭。文化祭の会場のひとつでもあるわ」

「こっちが中庭なんですか。確かにさっき来た覚えがあります」

「裏庭はもっと向こうだけどね」

「なんで、信愛はそんなところに迷子になったのやら」

「裏庭の方にもブースがあるから、そっちにつられたのかも」


 ふたりで中庭を通り抜けると、信愛から電話がかかってくる。

 迷子になってる本人のくせに、のんきな声で、


『おーそーい。シアは待ちくたびれてますよー』

「うるせっ。探してあげてるんだから文句を言わないでくれ。こっちはもうすぐつくから絶対に動くなよ? 動いたら、許さん」

『今ねー、男の子たちにナンパされてしまいました。ちゃんと断ったけどね!』

「……ドヤ顔してるな、お前。とにかくジッとしておけ」


 ナンパされると知り、総司も複雑な心境にさせられる。

 電話を切ると恋奏は「恋人さんから?」と尋ねた。


「えぇ、迷子のくせに上から目線の生意気な子です」

「可愛いじゃない。付き合い始めたのは最近なの?」

「信愛と俺は元は幼馴染ってやつですね。住んでるマンションがお隣さん同士で小学校の時から、気づいたら一緒にいる相手でした」

「そうなんだ? 幼馴染から恋人へ。素敵な関係じゃない」

「付き合うっていうのも、自然な流れだったんで、特別な何かがあったわけじゃないし。あっ、信愛のことは気に入ってるんです。そこは否定しないんですが」


 総司にとって信愛という付き合うという選択肢は自然の流れのようなものだった。

 恋人になるのが当然の関係。

 周囲からもそう望まれていて、いつのまにか付き合っていた。

 好きだとはっきりとはいえるけども、いつ好きになったのかは言えない。


「幼馴染のままの方がよかった?」

「そうは言いません。もちろん、信愛が恋人なのは良いことですよ。俺がアイツを好きなのも確かだとは思うんですが……」


 何といえばいいのか、と総司は言葉に詰まる。


「……片桐君って、恋人さんに対して不満があったりするの?」

「ありますよ。いや、別に初対面の先輩に話すことじゃないんですけど」

「別にいいよ、聞かせて。ねぇ、彼女のどういうところが不満だったりするの?」


 そう笑って恋奏は総司の愚痴を聞いてくれる。

 信愛と付き合っている今の関係に満足はしていても、不満がないわけではない。


「外見通りに中身も未だに子供っぽいんですよね。性格が幼いっていうか」

「無垢な可愛さ。そこが魅力なんじゃないの?」

「可愛いとは思うんですが、もう少し成長しろとも言いたいんですよ。今日みたいに、面倒なことをしでかすこともあるんです」


 これまでも、何度も彼女の性格に困らされることはあった。

 人間、誰かに話したい時というのはあるものだ。

 一度言葉に出すと他人に言ったことのない信愛への不満が次々と口を出てくる。


「……この年になって未だに自分のことを名前で呼んでるし。その癖もやめろと言っても聞きやしない。年相応の中身になってほしいのが俺の願いです」


 肩をすくめながら総司は答える。

 信愛の子供っぽい性格には以前から物申したいのだ。

 中学生ならまだしも、ふたりはもうすぐ高校生なのである。

 これから先も同じ感じで行かれると非常に困る問題だ。

 もちろん、我が道を行く信愛は他人の意見など聞くはずもなく。


「もっと大人びて、成長してほしいんだ」

「そうですね。信愛はああいう甘えがりな子なので無理だとは思うんですけど、頑張って精神年齢をあげてもらいたかったりします」


 いつまでも子供のままじゃダメなのだ。

 大人になって欲しい、と心の底から願う総司である。


「別に今の信愛のすべてを否定したいわけじゃないんです。あの子はあの子なりに、可愛くて、素直なやつって思う気持ちも当然あります」

「ただ、それでもここは直してほしいよねっていうだけでしょう?」

「えぇ、そういうことです。俺の願望通りには行きませんが」


 愚痴を聞いてくれただけでも、総司は恋奏に感謝している。

 普段吐き出せない、恋人への不満は誰にでもあり、当然ながら本人には言えない。

 んー、と考える仕草をする恋奏は穏やかに微笑んでみせた。


「キミの悩みの原因が分かった気がする」


 自覚ながらも幾人の男の子を魅了した笑顔。


――やばい、すごく綺麗な微笑をする人だ。


 初対面の先輩の微笑に総司は思わず見惚れかける。

 それほど、ドキッとさせられる魔性の笑みだった。

 

「片桐君を含めた周囲が優しすぎるんだと思うよ」

「え?」

「甘えたがりの子供って、親が甘やかせるからそうなっちゃうものでしょう? きっと、信愛ちゃんはお母さんにもすごく甘えて、愛されて育ってきたと思うの」

「そうですねぇ。アイツ、ひとり親だから余計に愛されてると思います」

「些細な我が侭でも許されて、愛されてきた子供は精神的に幼いのよ。大人になっても、子供の時と同じ気持ちを抱いたままのことも多いんじゃないかな」

「うわぁ、今の信愛の状態っすね」


 恋奏は「信愛ちゃんは愛されすぎてるんだなぁ」と想像しながら、


「ホントに信愛ちゃんを思うのなら、あえて甘やかせないのも手だと私は思うなぁ」

「そーいうものなんですか」

「そうそう。要は加減の問題ね。ホントにその子を想うのなら、ちゃんと相手のことも理解してあげて。甘えさせるところと自立させるところを区別するとか。恋人のキミがその線引きをしっかりしてあげるのも大事なんじゃないかな」


 彼女は口元に笑みを浮かべて、総司を後押しするように、


「キミがとっても素敵な男の子で、信愛ちゃんは大好きなんでしょうね。でも、女の子って本当は男の子が思うよりも強いものよ。彼女の成長を信じてあげなくちゃ」

「そーいうものですかねぇ」

「うん。でも、いいなぁ。信愛ちゃんは片桐君みたいにちゃんと思ってくれる人がいるんだもの。幸せ者だと思うわ。私はあんまり男の子に縁がなくて……」

「先輩は美人さんですし、告白とかされまくってるのでは?」

「あはは。彼女がいる男の子に、恋人と別れるから付き合ってくれって言われても困るわ。修羅場確定なうえに、私はその相手からも恨まれちゃうから無理です」


 自分には男運がないと嘆く恋奏。

 どうにも巡り合わせはよろしくない様子。


「そもそも、恋人がいたらこんな『実行委員』なんて忙しい仕事も引き受けないし」


 腕章を見せながら彼女は苦笑する。


「ホントにそんな相手ばかりなんですか?」

「残念ながらね。それに、私は本気で誰かを好きになったことはないの。お母さんはさっさと彼氏を家に連れて来いっていうけども、その縁がまずないんだってば」


 恋奏には恋奏の悩みがあるのだ。

 恋をしたくても、素敵な相手に巡り合えない。

 人に好かれるということは難しいのである。


「先輩は話しやすいし、面倒見もよさそうなのに」

「男の子の友達は多いけどねぇ。恋くらいはしたい。運命の人、来ないかなぁ」


 柔らかな笑みを浮かべる恋奏に「もったいない」と思う総司だった。

 その後、裏庭に案内されて無事に総司は信愛と合流できた。

 過去の出来事、恋奏という先輩の存在との出逢い。

 これが、信愛の知らないふたりの接点――。

 

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