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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
32/90

第31話:行ってください。貴方の未練を断つために

 那智の悪事が白日の下にさらされる。

 悪女のような本性。

 それを目撃した彩萌はショックのあまり言葉が出てこない。

 信じていた相手から裏切られた。

 その衝撃は恋する乙女の心をズタズタに引き裂く。


「私の1つ目の矢が見事にクリティカルヒットしたようですね」


 このために、わざわざ遅れてでも彩萌を呼びに行っていたのだ。

 那智はそれを知らず、ここにいるのが3人だけだと思い込んでいた。

 だからこそ、彩萌の悪口も言ったし、挑発的に煽ることも言った。

 それこそが、和奏の狙いであり、罠だとも知らずに。


「こうも簡単にボロを出してもらえるとは思いませんでした。貴方が私が思う通りのひどい悪女でよかったですよ。那智先輩の悪意に満ちた言葉が必要だったんです」


 それは眠り姫を起こす王子様のキスと同等の破壊力を持つ。

 夢から現実へと目を覚まさすために。


「調子に乗ってもらえたおかげでいい結果になりました」


 本当の意味で彩萌に那智と決別させるために必要なのは信頼の瓦解だった。

 誰だって自分のことを弄んでいただけの相手を信頼できない。

 人間は一度信頼を崩されてしまえば、もう相手を愛せなくなってしまう。

 唖然とする那智は、彩萌に「聞いてたの?」と声をかける。


「ひどいよ、なっちゃん! アヤのことを騙してたの!?」


 詰め寄る彼女はフェンス際に那智を追い込んだ。

 制服に掴みかかりながら、彼女は想いを叫ぶ。


「アヤのこをとを愛してくれたんじゃないの? 大好きだって言ってたのは嘘?」

「……彩萌」

「答えてよ。アヤを弄んで楽しかった? アヤの身体だけが目当てだったの!?」


 離れた場所で八雲が「その言葉は男に言うセリフでは?」とぼそっと呟く。

 彩萌は辛辣な顔を見せて、それでもまだ救いがあるのではと期待して。


「なっちゃんっ!」


 那智の名前をすがるように呼ぶしかできない。

 彼女の口から否定してもらいたい。

 今のはただの冗談であった、と。


「あーあ。バレちゃったか。まったく余計なことをしてくれるわぁ」


 だが、現実はそう甘いものではない。

 どんな時も隠されていた真実はとても残酷なものなのだ。


「せっかく、私を楽しませてくれるオモチャだったのにぃ。残念ねぇ」

「え?」

「そうだよ。ずっとアンタを騙してましたぁ」


 そう言って那智は自分の悪しき罪を認めたのだった。

 二人の関係が音を立てて壊れていく。


「どうして? ねぇ、どうしてなの!?」

「私が本気で女の子を好きになるがないじゃない。そんな事も分からないわけぇ?」

「……嘘でしょ」

「ホント。彩萌っておバカさんだから。ちょっと懐いたくらいで尻尾振りまくるワンちゃんだもの。私はアンタを愛したこともないし、友達とすら思ったこともないわぁ」

「なっちゃんっ!?」


 決別の言葉はあまりにも冷静なものだった。

 それまで付き合っていたと思い込んでいた恋人から突き放されてしまった。

 それを聞いた彩萌は瞳に涙を浮かべながら、


「ひ、ひどいっ。ひどいよ、どうして!?」

「……ずっと彩萌が嫌いだった。他人から愛されないと気が済まない。口を開けば男の話ばかり。そんな恋愛体質のアンタを見てると腹が立ってたの」

「それは……」

「アンタみたいな恋に浮かれてる人間を見てるとさぁ。心の底から気持ち悪くなるの」


 彩萌と那智は同じ料理部として付き合いがあった。

 人を見る目の鋭い彼女はすぐさま見抜いた。

 彩萌という少女の本質と、弱点ともいえる他人への依存性の強さを……。


「それじゃ、やっくんとの関係を壊すのが目的だったの?」

「だって、ムカつくんだもの。他人から聞かされる話で一番イラッとするのって惚気話じゃない? こっちは最低の恋愛をした過去があるのに。能天気で幸せそうなアンタが嫌いだったの。だから、ぶち壊しちゃった。ごめんねぇ?」


 それの何がいけないのか、とばかりに言い放つ。

 裏切られていたことを知った彩萌は動揺を抑えられず、


「なっちゃん……アヤのことをどう思ってたの?」

「恋愛依存のちょろイン?」

「い、言っていいことを悪いことがあるでしょう!?」


 ちょろいヒロイン=ちょろイン。

 あまりにも扱いがひどすぎると彼女は憤慨する。


「少なくとも恋愛対象じゃなかった」

「嘘だ。それじゃ、私とあんな事やこんな事をしてたのも全部?」

「私にとってはただの遊びだよ? あー、遊びとしては彩萌の反応は面白かった」


 好きだと思っていたのは自分だけだった。

 衝撃の事実に、彩萌は立ち尽くすことしかできない。

 那智は自分に掴みかかっていたその手を振り払う。


「アンタを落とすのは簡単だったよね。ちょっと押し倒したくらいで、すっかりと私にハマってバカみたい。私のオモチャとしては楽しませてもらったけども」

「……なんで、そんなことを。アヤの想いを弄んで何が楽しかったのよ」

「私にとっては所詮、恋愛はこんなものかっていうだけの証明。彩萌は神原を口では愛してると言っておきながら、実は影では裏切り続けてた最低女でしょ?」

「違うっ。やっくんを裏切ったのはアヤのせいじゃない。なっちゃんのせいだもん」


 そのセリフに那智は「本気で言ってるの?」と軽蔑のまなざしを向けた。

 彼女の冷たい瞳に思わず彩萌は身をすくませる。


「これだけは勘違いしないで。彩萌は自分の意志で神原を裏切った。自分が愛する男を捨てたのはアンタ自身の決断でしょう? そこまで人のせいにしないでよ?」

「で、でも、だけどっ!」

「……そうですねぇ。彩萌先輩も、そこだけは認めるべきでは?」


 そこで和奏が二人の話の間に入った。


「彩萌先輩は八雲先輩を自分の意志でフッたんです。那智先輩に乗り換えるために捨てたんですよ? それは紛れもない事実です」

 

 和奏からもフォローはなく、現実的な言葉を返される。

 そんな彼女たちを八雲はただ何も言わずに状況だけを見守るしかない。

 何一つ言い返す言葉もない彩萌は立ち尽くしたま、


「こんなの違うの。アヤはただ愛されたかっただけなのに」

「人間には決断を要する時が必ずあります。それは誰かのせいにすべきものではありません。例え、騙されていたともしても、最後に決断したのは貴方でしょう?」

「でも、それでも……アヤは悪くなんてないっ」


 彼女は八雲を裏切って那智を選んだ。

 今さら誰かのせいにするのはお門違いだ。


「甘ったれないでください。貴方は本当のバカですか?」

「だって、アヤは被害者だよ? 騙されてただけだもん」

「自らの決断には責任が伴うもの。それを誰かのせいに、なすり付けることはできないんですよ。八雲先輩との別れを選んだ、その決断の責任は貴方にしか取れません」

「うぅ……ぐすんっ」


 そこまでだった。

 彼女はうなだれると涙が今にも零れそうになる。

 そして、それ以上は何も言えずにその場を彩萌は逃げ去るのだった。

 逃げていく後姿を眺めながら和奏は嘆息と共に小さな声で、


「……八雲先輩。追いかけてあげてください」

「え? 俺が?」

「ここで先輩の出番ですよ。那智先輩と彩萌先輩との関係を破局に導いたんです。貴方の望み通りの展開でしょう? 最後は、貴方自身もけじめをつけるべきでは?」


 八雲にとっての後悔は彩萌としっかりと話をしなかったことだ。

 未練は断ち切らなければ、前へ進めないものだから。


「行ってください。貴方自身の未練を断ち切ってきてください。話しておきたいこともあるんでしょう? そうすべきです」

「和奏……」

「そして、ちゃんと私のところに戻ってきてください。間違っても、彩萌先輩とそのままくっつかないでくださいね? そうなると私は全力で先輩たちを呪います」


 スト子の怨念の恐ろしさ、想像しただけでもゾッとする。

 ちゃんとくぎを刺しておくことも忘れない。


「……ここは任せた。行ってくるよ」

「はいっ」


 笑顔で見送る和奏。

 八雲はそのまま彩萌の後を追いかけて、屋上から出て行った。

 屋上に残った那智は夏の風を身に感じながらため息をつく。


「やってくれるじゃん? アンタのせいで、私と彩萌の関係はぐちゃぐちゃだわ」

「貴方の言葉通りならそこに未練はないのでしょう?」

「……未練はなくとも、自分の思い通りにならないことってムカつくじゃない。好き勝手にやってくれちゃってさぁ? アンタ、すごく嫌いだわぁ」


 苛立ちを隠さずにフェンスを強く握ってきしませる。


「こんなにも簡単に崩されるとは思わなかった」

「油断されていた方が悪いんです」


 不快感を示す彼女は和奏に肩をすくめながら、


「せっかくのオモチャを奪われた子供の気分ね」

「本当にそうですか?」

「あの子の代わりは見つけられる。それ以上の未練も執着心も私はないけどぉ?」

「私から見れば失恋したのを我慢している、強がりな少女にしか見えませんけどね?」

「どういう意味かしらぁ?」


 和奏はまだ気づいていないのかとばかりに、


「その顔を見ればわかりますよ。彩萌先輩のこと、ホントは好きだったんじゃないですか。それが友情か愛情か、どちらなのかは私には分かりませんが」

「……」

「例え、遊び相手だとしても、嫌いな相手とキスなんてできませんよ」


 返事はなかった。

 果たして本当にどう思ってたのかは那智にしか分からない。

 そして、その本音を聞きたいとは和奏も思ってもいなかった。


「まぁ、あの彩萌先輩という人間にも問題はあったんです。ああいう性格ですから、例え那智先輩が手を出さなくても、いずれは浮気程度は平気でしていたでしょう。男相手に浮気されていたと思うと、八雲先輩も早めに縁が切れてよかったのでは?」

「彩萌は常に愛されたいと思う子だからねぇ」

「一人の愛に満足できるタイプではありません。淫乱ビッチな先輩ですもの。ああいうのはアイドルになるか、逆ハーレムを作るかしないと満足できないでしょう。そういう意味では、彼女の心を満たしてあげていた那智先輩はすごいのかもしれません」


 敵である彼女を褒める。

 もちろん、心からの言葉ではないが。


「さぁて、八雲先輩もいなくなりましたし。思う存分に貴方を追い詰められますね」

「まだ私に何かしたいわけ? これ以上、先輩をイジメて何をしたいのよぉ」

「最初に言ったでしょう? 貴方の心を徹底的に折りたいって」


 不敵に笑う和奏は「私にはまだ2本目の矢があるんです」と宣言する。


「次は何かしらぁ? この私の心を折るなんて、できっこないわ。確かに彩萌のことでは少なからず凹む事はあっても、心が折れるほどじゃないもの」

「先輩のこと、私はよーく知っているんですよ。何が好きで何が嫌いか。どういうことをすれば、貴方の心に致命的なダメージを与えられるのかも」

「よく知ってる? これまで私とアンタにこれまで接点なんてなかったじゃない? 私の何を知っているというの?」

「知っている人に聞けばいいんですよ。そうだ、私ってばある人を呼んでいたのを忘れてたんです。紹介しましょう。スペシャルゲストの登場です」


 予想外の事態に那智は周囲を警戒する。


「もういいよ。そろそろ出てきて」


 彼女が合図をすると、屋上にある給水タンクに隠れていた相手が出てくる。

 屋上にいたのは4人ではなかった。

 隠れて騒動をずっと見ていた、5人目の存在がいたのだ。


「う、嘘だ、どうして……?」


 隠れていたのは那智が想像すらしていなかった存在。

 その顔にはこれまでと違い、明らかな焦りの色がにじみでる。


「……那智お姉ちゃん」


 彼女は那智を姉と呼んだ。


「最初から聞いてたよ。どうして……そんなひどいことをしていたの?」


 短めの黒髪の美少女は困惑の表情を浮かべている。

 わざとらしく、和奏は彼女の紹介をし始めた。


「知っていると思いますが、紹介しておきます。彼女は水瀬静流(みずせ しずる)。えぇ、そうです。貴方がとても溺愛しているご自慢の妹さんですよ」

「……なぜ、アンタが静流のことを知ってるわけ?」

「知りませんでしたか? 静流は私の大切なお友達でもあるんです」


 そう、那智が溺愛する妹こそ、和奏の友人でもある静流だったのだ。

 和奏の放つ、2本目の矢は確実に那智を射殺すものだった――。

  

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