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格闘技、始めませんか?  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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リトルファイター

 いきなりですが、今回は一本の映画を紹介させていただきます。それは『リトルファイター 少女たちの光と影』というタイトルでして、幼くしてムエタイのリングに上がる八歳の二人の少女の姿を追ったドキュメンタリー作品です。最初、私は軽い気持ちで見始めました。ムエタイ選手を目指す少女のひたむきな姿を描いた爽やか系の青春ドキュメンタリー映画なのではないか、と……しかし、実際は全く違うものだったのです。


 まず観ていて、当時の私が驚いたのは……八歳の少女たちが、ヘッドギアもレガース(すねや足首を守るための防具のようなものです)も無しで殴り合い、蹴り合っていることでした。以前にもこのエッセイで書きましたが、蹴りという技はこちらのすねや足の甲にもダメージを受けます。私など、レガースを付けていても痛めることがあるくらいです。ところが、この映画では……リング上で八歳の少女たちが、ヘッドギアもレガースも付けずに殴り合い、蹴り合っていたのです……日本では、絶対にあり得ない光景ですね。確実に、脳や内臓にはパンチやキックによるダメージが蓄積していっているものと思います。ましてや、八歳ともなると体が出来上がっていませんので……鍛えているとはいえ、リング上でいきなり亡くなったとしても不思議ではありません。いや、恐らく私が知らないだけで、死亡事故は既に何件も起きているのであろうと思いますが……そういった部分を抜きにしても、幼い少女たちが素顔のままで殴り合い、蹴り合う光景はかなり痛々しいものを感じますね。

 さらに、リング上で闘う少女たちを対象として行われている賭け……観客たちは、自分の娘ほどの年齢の少女をリングの上で殴り合わせ、その結果にお金を賭けているのです。映画のスタッフは、賭けを仕切っている胴元にもインタビューをしていますが「いやー、少女たちの試合は本当に儲かるよ。賭けが盛り上がるんだ」と、ニコニコしながら語っていました。儲かるなら、自分の娘でもリングに上げて闘わせるのだろうか……などと私は思いましたが。

 ちなみに、彼女らの試合を仕切るレフェリーにもインタビューしていますが、「腕や足の骨を折るのは日常茶飯事だ。正直、息子にはムエタイをさせたくない……」とコメントしていました。さらに「ムエタイはスポーツであり、ビジネスだ」とも。八歳の少女が、既にビジネスに関わっている……これがタイの現実なのですね。


 そしてカメラは、二人の少女スタムとペットの姿を追っていきます。明日への希望に満ちた目で、タイの田舎道をランニングするスタム。その一方、「この子の稼ぎが必要だ」と言うスタムの母親。

 八歳という年齢にもかかわらず、キックミットに鋭い蹴りを叩き込むペット。ペットの母親は「この子は心臓が弱いんだよ。でもムエタイを始めたおかげで強くなったんだ」と言います……どちらの母親も、おいおいと言いたくなるくらいにあっけらかんとしています。さらに後半になると「孫に五百バーツ賭けたよ」とニコニコしながら語るお婆ちゃんまで出ていました……ただ、私には彼女たちを非難することは出来ません。タイに住んだことがなく、彼女たちの生活や背負ったものの重さを知らない私には、彼女たちを責める資格はありません……蛇足でしたね、すみません。

 そして二人は練習を続け、やがてチャンピオンの座を賭けた闘いをすることとなるのですが……あとは、自身で観ていただくとしましょう。とりあえず、勝った側と負けた側の明暗がくっきりと分かれていたのが印象的でしたね。さらに、勝って嬉しそうにファイティングポーズをとる少女の後ろで金勘定をする家族の姿もまた、印象的ではありました。


 ムエタイの強さについて語る時……底辺にいる、このような少年少女たちは無視できません。ムエタイの選手たちは、幼い頃からこのような環境で育ち、数々の敵を打ち破り(時には死人や廃人に変え)、そして成長していくのです。私がなろう作品の「古武術を叩き込まれた」的な主人公の姿に釈然としないものを感じるのも、現実に幼い頃からムエタイを叩き込まれ、そして死ぬかもしれないリングに上がり闘っている少年少女たちと比べると、全てにおいてあまりにも軽く感じられてしまうからかもしれません……これも蛇足でしたね、すみません。


 この『リトルファイター 少女たちの光と影』は一時間と少しで終わる、短めの作品です。知名度の低い作品なので、レンタル店にあるかどうかは微妙です。買うにしても、Amazonで調べたらそこそこの値段でした(二〇一五年六月の時点では)。それはともかく、勝てば嬉しそうに笑い、負ければ悔しそうに涙する、幼く純粋な少女たち……その少女たちを生活のためとはいえ、ハードな練習をさせ、そして血で血を洗うリングに上げる家族の映像は、老若男女を問わず(格闘技に興味の無い人でも)、何か感じるものがあるはずです。機会があったら、ぜひ一度観てください。






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