上には上が……
パワーインフレ、という言葉があります。なろうで作品を読んだり書いたりされている方々には、説明の必要もないと思われますが……バトルものに関して言えば、パワーインフレこそが王道の展開なのかもしれません。主人公が強敵と戦い、傷つきながらもどうにか討ち果たす。しかし、その後「フフフ、奴は我々の中でも最弱……」などと言うセリフとともに新たな敵が出現し……。
その展開を避けるとなると、なろうファンタジーの王道とも言える異世界転生チーレムに行き着くのかもしれませんね。主人公が最初から最強であれば、強敵と戦う必要はありません。ただただ、主人公が圧勝していくバトルを書き連ねていけばいいのですから……もっとも、そうなってくるとバトルではなく一方的な殺戮ではないのだろうか、と思いますが。
さて、今回は私が格闘技を始めた当時のことからお話します。その時の私の体重は八十キロを超えており、ベンチプレス百二十キロを挙げられるくらいのパワーもありました。まあ、アスリートとしてみれば大したレベルではありませんが、それでも普通の人よりは力は強いという自負はありました。事実、ほとんどの一般会員が相手なら、腕力と体格で圧倒することができましたし。
ところが……プロの人が相手となると、まるで歯が立ちません。寝技のスパーリングをすると、私の力ずくの攻めをしのぎきり、スタミナ切れを起こしたところで背後に廻ってのチョークないしは関節技で一本を取られてしまいます……一応説明しますと、関節技もしくは絞め技をガッチリ極められた時、相手の体を軽く叩き負けを認めます。この時が一本負けです。本気の潰し合いをすると怪我をしやすい打撃のスパーリングに比べると、寝技のスパーリングは本気でやっても怪我をしにくい……というわけでもないですが、アザや流血といった目立った外傷ができにくいのも確かです。なので、寝技のスパーリングの時はフルパワーで闘えるのですが、プロ選手相手には通用しませんでしたね。
しかし練習を重ねていくことにより、私は上達していきました。結果、軽量級のプロ選手が相手なら負けなくなったのです。ただ、これは私が格別に強いというわけではありません。プロ選手が相手でも負けない……それは私との体格差と、それに伴うパワーの差があるからこそです。スピード、スタミナ、テクニック……それらは全て、プロ選手が勝っています。そう、このエッセイにてしつこいくらいに語っている、体格差についての話……そこには私の体験も入っているのです。技術的には私の遥か上にいるはずの人が、体格差ゆえに圧倒される……これは悲しい話ですが、現実なのです。
それはともかく、私はプロ選手相手でも負けなくなりました。しかし……バトルもののマンガの如く、さらなる強敵が現れました。
ある日突然、手足の長く目付きの鋭い男がふらっとジムに来ました。かと思うと、いきなりスパーリングで私をボロボロにして見せたのです……その時は本当に驚きました。男は身長百七十五センチ前後、体重は七十五キロほどです。身長は私とほぼ同じですが、体重は私の方が上です。にもかかわらず、私は完全に子供扱いでした。赤子の手を捻るかのように、私は何度も関節技を極められたのです……強くなっていたはずの私でしたが、完全なる敗北でしたね。
この時、私は改めて格闘技の奥深さに気づかされました。たかが数年やそこらの経験、それも仕事や学業そして他の遊びの片手間にやっている程度の鍛練では、絶対に辿り着けない領域があります。そこには才能もあるでしょうが……顔が変形し、体に古傷を抱え、他人から変人扱いされるほど格闘技に打ち込んで、初めて見えてくるものもあるのです……。
この時、私をボロボロにした方がまさにそうでした……格闘技のキャリアは十数年。片目の網膜剥離や様々な古傷を抱え、それでも格闘技を続けている方です。やがてこの方は、私の通うジムのトレーナーとなりました。現在、私の寝技の師匠(私が勝手にそう呼んでるだけですが)です。未だに全く相手になりませんが……。
しかし、こんな方ですら、岡見勇信さん(一応説明しますと日本人のUFCファイターです)には歯が立たなかったとのことです。また、最近では宇野薫さんともスパーリングをしたと言ってました。しかし、宇野薫さんにも敵わなかったとか……その方曰く「関節技も絞め技も極められなかったけど、向こうも本気ではなかった気がする。本気だったら極められていたかもしれなかった」とのことです。本当に、一流の人たちの強さは桁違いですね……。
そして、これが現実なのです。練習を重ねて、いくら強くなっても上には上がいる……強くなればなるほど、さらに強い者の存在に気付かされます。強い者はいくらでもいることを知ります。その結果、謙虚になれるような気がしますね……まあ、これは個人差があるかもしれませんが。




