信じる者は救われず……
だいぶ前の話ですが、ある有名な作家の方が、著書にこんなことを書かれていました。
「昔オレがアメリカに渡った時、向こうのアメフト部の学生四人とケンカになった。奴らは体が大きく、力も強かった。だが、いくらデカいといっても所詮は素人だ。こっちは空手のブラックベルト。全員叩きのめしてやった」
その後も、有名作家さんの武勇伝は続きます。ケンカに勝った話、モテ自慢、ビジネスで大成功……す、凄いですねとしかコメントしようのない快進撃が延々と綴られていますが、それについてはひとまず置きます。
皆さんは、冒頭の武勇伝をどう思いますか? 私はその現場を見ていませんし、有名作家さんと立ち合ったこともありません。ですので、嘘だと断言はできませんが……非常に疑わしいと言わざるを得ません。
私の経験で恐縮ですが……以前、大学で四年間アメフトに打ち込んでいた方と組み技のスパーリングをしたことがあります。しかし、その方の基礎体力の強さには圧倒されました。特に前進してくるパワー……これは凄かったですね。私は体格的にひけを取らなかったし、また組み技の技術は上だったので、一旦倒されてからの下からの技で制することは出来ました。しかし、これが路上のケンカだったら……上から殴られたりするわけです。さらに、あと三人いたとしたなら……私が叩きのめされていたのは間違いありません。まあ、お前が弱すぎるだけだと言われればそれまでですが。
ちなみに、アメフトやラグビーに打ち込んでいる方たちの基礎体力は半端なものではありません。パワー、スピード、スタミナ……どれをとっても、素人などと言えるようなレベルではないのです。彼らのタックルは間違いなく凶器の域に達しています。しかも、相手はアメリカ人だとしたならば……そんな恐ろしい状況は勘弁していただきたいですね。私なら迷わず、ひれ伏して謝ります。
さて……冒頭の武勇伝を信じている人も、少なからずいたようです。実際、この作家さんの書いた本は当時、かなり売れていたようなので。空手の黒帯でケンカの達人、女性にモテモテでハーレム状態、さらにビジネスで大成功……なんか、チーレムの先駆けみたいな人ですね。ただ、私はこの人を叩くつもりはありません。大した害はありませんし。私が皆さんに言いたいのは……武勇伝を語る人を簡単に信用しないで欲しい、ということです。まずは疑ってください、と。
なぜこんなことを書くかといいますと……実は、怪しげな武術は未だにあちこちに存在しています。「手を触れずに相手を倒す」などといった宣伝文句を看板に掲げている流派があるのです。
手を触れずに、何とかの力を送り込み相手を倒す……そんなことが本当に可能なら、それは偉大な大発見です。ノーベル賞すら狙えるのではないでしょうか(イグノーベル賞なら今すぐに獲れるかもしれませんね)。今すぐ学会に発表すべき世紀の大発見ではないでしょうか。
まあ、自分に理解できないものを全て否定するというのは間違った考え方でしょう。ひょっとしたら、中には本当にそのような力を持っている方がいるのかもしれません。ですが……私の知る限り、嘘とデタラメの科学知識で理論武装している方が多いのも確かなのです。あえて言わせていただきますが、詐欺師と言ってしまってもいいような人間がそこに存在しているのです。
また、そういった流派は演武などで、手を触れずに相手を吹っ飛ばす技を実演していたりします。なぜ吹っ飛ぶのか……あえて明言は避けましょう。やらせのケースもありますし、一種の洗脳と催眠術によるケースもあります。さらには、吹っ飛ばされる本人にも分からないトリックを使っているケースもあるかもしれません。いずれにせよ……その技が現実の格闘において、まったく役に立たないものであるのは間違いありません。
怪しげな武術には……怪しげ、という評価を受けるだけの理由があります。少なくとも、手を触れずに相手を倒す……などというようなトンデモ理論を語る流派には近づかないでください。もちろん断言はできません。ひょっとしたら、中には本物の方もいるのかもしれません。ただ、詐欺師のごとき連中の方がずっと多い……それが現実なのです。
最後に……前述の作家さんや、以前に登場した虚言癖の矢島くんのように武勇伝を語りたがる人は、実のところ、金銭が絡まなければ大した害はありません。しかし、怪しげな武術には確実に金銭が絡んできます。入会金、毎月の月謝、さらには道着やその他もろもろの費用がかかります。学生さんにとっては決してバカにできない金額です。
しかも、入会してしまったなら……皆さんは自身の貴重な時間を、現実に用いるには不可能な技を修得するために浪費することとなるのです。正直、こんな下らないことに時間を費やすほど、皆さんは暇ではないはずです。
皆さんの時間を、こんな無駄なことに費やさないでください。時間は有限ですから。




