あしたのジョー
最近ではあまり見かけなくなりましたが(私が知らないだけかもしれませんが……)、かつては格闘技を扱ったマンガやアニメは少なくありませんでした。初めて格闘技を知ったのはアニメだった……というケースもあると思います。
さて、今回はその格闘技アニメの中から……あえて若い方には馴染みが薄いであろう作品を紹介させていただきます。とはいえ、名前だけは聞いたことはあるのではないでしょうか。ズバリ『あしたのジョー』です。しかも……ここはあえて『あしたのジョー2』を紹介します。なぜ1ではなく2なのか? まず、1を知らなくても楽しめる点ですね。そして、物語としてきちんと完結していること……そして、原作にはないオリジナルの展開があることですね。
いきなりですが、この『あしたのジョー2』は、ボクシングアニメとして見た場合……正直言うとリアリティーには欠けています。少なくとも、『はじめの一歩』に比べると、ボクシングのリアリティー、という点ではかなり差があるようです。
しかし、その「リアリティーに関する描写が甘い」という点を差し引いて余りあるのが、ボクサーという人種の生き方を描いている部分でしょう。さらには、そこから派生する人生ドラマ……正直、子供には少し難しかったと思います。
そもそも、この作品の主人公である矢吹ジョーは……ボクサーになろうと思っていたわけでありません。かいつまんで言うと、少年院で力石徹という元ボクサーとケンカして叩きのめされたのがきっかけでボクサーとなった男です。ジョーはボクサーとして、一気に成功への階段を駈け上がっていき……そして世界チャンピオンのホセ・メンドーサと闘う、というストーリーです。
しかし……その過程で様々な出来事があります。中でも印象的なのは、ジョーによって顎を砕かれてボクサーを引退したウルフ金串、ジョーとの試合後に亡くなった力石徹、そしてジョーとの凄まじい打ち合いの後に世界チャンピオンと闘い廃人となってしまったカーロス・リベラ……その三人のエピソードですね。三人とも、ジョーの前に立ちはだかる強敵でして、ジョーと凄まじい激闘を繰り広げたのです。
さらに、その三人についてジョーが語る場面があります。友人の女の子から、「もうボクシング辞めたら?」と言われたジョーは、こんな言葉を返します。
「ボクシングってヤツは、弱肉強食の世界だ。噛まなきゃ噛み殺される。だから必死で、それこそ死に物狂いで噛みつくんだ……けどな、相手の流した血に……染まっちまった心臓に……ある負い目が残るのも事実だ。変なたとえだが、人を殺した奴が死刑になるように、ボクシングの世界で血の流し合いをしてきた以上、今さら中途半端は許されねえ。疲れただの、辞めたいだのは絶対に言えねえんだ。顎の骨を砕いたウルフ金串……死んじまった力石……そして廃人になっちまったという、カーロス・リベラに対してもな」
(中略)
「俺は何も、義理や負い目だけでボクシングやってんじゃないんだぜ。リングの上では……ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっ赤に燃えあがるんだ……そして、あとにはまっ白な灰だけが残る……燃えかすなんか残りやしない。まっ白な灰だけだ……」
矢吹ジョーはこの言葉の通り、ボクシングを続けていきます。その先に何があるのか……アニメ界の巨匠である故・出崎統先生の手がけたこの名作、観たことのない方には是非とも観ていただきたいです。個人的には、ゴロマキ権藤というキャラがお気に入りでして……ジョーと権藤のやり取りも痺れます。
そして最後に、この作品を象徴している(と私が勝手に思っている)シーンを……世界チャンピオンであるホセ・メンドーサとの試合でインターバルとなり、両者が自軍のコーナーに戻る時……憔悴した表情、そして虚ろな目で虚空を見つめるジョー。一方、余裕の表情でジョーを見てニヤリと笑うホセ……私は最初、ジョーとホセの圧倒的な実力差を表現しているのかと思っていました。
ですが、しばらくしてからその見方を改めました。ジョーを見つめるホセ。虚空をみつめるジョー。ホセはジョーを見ているが、ジョーは違う場所を見ている……つまり、ジョーにとってホセとの勝負は、初めからどうでも良かったのではないのだろうか、と。自分の中のゴール、それだけをジョーは見ているということを、故・出崎統先生は表現していたのではないだろうか……と思うのです。
自分の中でゴールをきちんと設定し、そこに向かう……ジョーの場合はまた違うかもしれませんが、やはりゴールの設定というのは、あらゆる分野で大切なのではないでしょうか。格闘技のゴール……それはただ単なる他者との勝ち負けを越えた場所にあるのではないだろうか、と思います。




