煽りVTRについて
中学生の時のことです。私は、矢島くん(仮名)という名の同級生と町で偶然に出会いました。その矢島くんと話しながら歩いていたら、矢島くんはいきなり――
「俺さ、この前二メートル五十センチくらいある奴とケンカしたんだよね。俺が勝ったけど」
私は唖然となりました。二メートル五十センチ……そんな奴がどこにいるのでしょうか。しかも、矢島くんは地味な感じの男です。そんな武勇伝を語るタイプではないのですが……私は曖昧な返事でその場をやり過ごしました。そして翌日、矢島くんと仲の良い村山くん(仮名です)にその話をしたところ……。
「ああ……あいつはそういう話が多いんだよ。木刀持ってケンカ売ってきた高校生をぶっ飛ばしたとか、五対一でケンカして勝ったとか、メリケンサックを付けて襲ってきた奴をボコボコにしたとか……全部ウソなんだけど」
その話を聞いてから、私は矢島くんには近づかなくなりました。
虚言癖という言葉を知ったのは、それからしばらく経ってからのことです。虚栄心から、自分を大きく見せようとホラを吹く。明らかに嘘だとわかるような武勇伝を語り……こんな人、皆さんの周りにも一人くらいはいるのではないでしょうか。ちなみに、不良だのヤンキーなどと呼ばれる人種には、虚言癖を患う人の割合が異常に高いような気がします。あくまでも私の経験談ですが……とにかく多かったですね、キ○ガイのような人が。
さて、十年ほど前の格闘技の放送が盛んだった時代……試合前には、必ず煽りのVTRが放送されていました。
「一方的に殴って倒しますよ」
「まあ、格の違いってヤツを見せてやる」
「俺に勝てるとでも思ってるのかね……あいつ頭悪いのかな?」
こんな感じのセリフがバンバン飛び出します。いや、こんなのはまだマシでして……「殺してやる」だの「負けたら腹切る」だのといったセリフが飛び出すこともあります。
念のために言っておくと……これはあくまで、特殊な状況の言葉であるということを皆さんには知っておいていただきたいのです。試合前の恐怖感、これは独特のものでして……その上、煽りVに出るような選手はみな一流選手です。一流選手ともなると、プレッシャーもまた大きいわけですね。大舞台での勝ち負け、これは天国と地獄の差がありますし……この恐怖を打ち消すためには、自らを奮い立たせる必要が出てきます。その結果、ああいった強い言葉が飛び出してくるのです。
しかも、一流選手ともなるとサービス精神も一流でして……さらに「ああ、撮る側は俺のこんなセリフを求めているんだな」と撮る側の気持ちまで察していたりします。その結果として、必要以上に物騒な言葉を吐いたり、ホラを吹いたりするわけです。決して虚言癖のような病気ではありませんので。
おまけで付け加えると、この撮る側にも色々ありまして……聞いた話ですが、ある選手は「相手についてどう思います?」と聞かれて「特に何とも思っていません。とにかく、力の限り闘うだけです」と答えました。相手に何も悪感情は抱いていない、という意味で言ったのですが……その「特に何とも思っていません」という部分だけがクローズアップされ、放送時には「特に何とも思っていません」=「あんな奴、眼中にない。俺の敵じゃないよ」という意味に取られるようなVTRになっていたとか……これは明らかに、撮られる側ではなく撮る側の意思が反映されたものですよね……。
さて、ここで皆さんに知っておいていただきたいのは……ああいった煽りVTRは基本的に作られたものである、ということです。格闘家がみな、常日頃からあのような言動をしているとは思わないでいただきたいですね……確かに、格闘家には変人の占める割合が多いのは認めます。ただ、その変人ぶりは……他人に迷惑をかけない無害なものが多いです。変人ではあるが善人、というタイプがほとんどですね。
もっとも、正直言うと……ごくまれにではありますが、あのまんまの人もいます。いや、正確に言うなら……いるそうです。私は直接会ったことはありませんが、人格破綻者のような人もいると聞きました。後輩をアゴで使ったり、冒頭に登場した虚言癖のような自慢話を数時間に渡って語ったり、傲慢な態度で周囲を威圧するような言動をしたり……ひどいのになると、反則スレスレのテクニック(選手生命に関わるようなケガを負わせる可能性のある)を試合で用いる選手もいるそうです。こういう人とは、なるべく接触しないようにするしかないですね。なろうのようにユーザーブロックが出来れば簡単なのですが……。
ただ、こんな人はまずいませんし、いても一般練習生と交わることは……そうそうないと思います。ああいった煽りVTRで格闘技を判断しないでください。少なくとも、大半の人は皆さんと同じ一般人です。なので、格闘技をやりたい気持ちがある……でもあんな連中がいるのなら嫌だ、と考え、二の足を踏んでいる方がいるとしたら……それは全く気にする必要がありません。是非、始めてください。




