地道な練習の重要性。
どんな競技でもそうでしょうが、最初の練習は地味なものです。昔の話ですが、とあるキックボクシングのジムでは、入門してから半年の間、左ジャブからの右ストレート(ワンツーです)ばかり練習させられたとか。来る日も来る日も、地味な技の練習ばかり……これはキツいものがあります。実際、私がこのジムに入門していたら……一月で止めていたかもしれませんね。「格闘技は素晴らしい」という思考には行き着かなかったかもしれません。ちなみにこのジムですが……今は初心者に対しても、もっと変化に富んだ練習をさせているそうです。でないと……すぐに辞めてしまうとか。
一応、そのジムの名誉のために言っておきますが……ちゃんとした左ジャブからの右ストレートは、打てるようになるまで半年……いや、それ以上かかるかもしれません。ちなみに私は打てるかと問われたら、打てていないと答えます。ボクシングの基本であるワンツー……しかし素人にとっては、非常に難しいものなのです。技のフォーム、力を入れるポイントと抜くポイント、当たる瞬間のインパクト、そして当たってからの引き……これらは、口で説明してどうこうできるものではありません。地道な練習を繰り返し、頭ではなく体で学んでいくものなのです。
ボクサーは試合で正確なワンツーを打てるようになるために……シャドートレーニングで何百回も打ちます。さらにパンチングミットを叩き、サンドバッグを叩き……こうしたトレーニングを積むことにより、技を体に覚えこませていきます。でなければ、実戦で使うことなど不可能でしょうね。
さらに防御となると……これはもう、地道な受け返しとスパーリングを積み重ねることでしか身に付けられません。例えば、中段に放たれた回し蹴りを腕で受ける……素人目には非常に簡単そうに見えるかもしれません。しかし、一歩間違うと……その受けた腕をへし折られてしまう可能性があるのです。蹴りという技は、そんなに甘いものではありません。したがって蹴りを受ける際には、ポイントをずらすために敢えて前に出て受けたり、時には体を捻って背中に近い部分で受けることもあります。これは本当に、練習を重ねて体で覚えるテクニックでしょうね……出来ていない私が言うのもなんですが。
これが投げや絞め、関節技になりますと、さらに厄介でして……攻撃、防御共に文章に書くのは非常に難しいです。とにかく、ここまで読んでいただけた方には、体で学んで覚えていくことがいかに重要であるか……理解していただけたものと思います。
さて、VRMMO作品においては……格闘技の経験のない主人公が凄まじい闘いを繰り広げたりしていますが……ヴァーチャルの世界では、体の感覚というのはどうなっているのでしょうか? 正直、私には理解不能なのですが……。
格闘技は何とかファイターのような格ゲーとは違います。正確かつ効果的な左ジャブを実戦で打つには、それこそ半年以上の練習が必要です。なのに、その過程をすっ飛ばし、いきなりの達人キャラ設定なのでしょうか? 素人の脳、そして何の訓練もしていない体感を持った達人……個人的には、それはペーパードライバーをF1カーに乗せるようなものだと思います。いや、フラウ・ボウをνガンダムに乗せるのと同じくらい、無理があることかもしれません(ガンダムを知らない方、すみません)。
また、ほとんどの作品において軽視されているのが……土台となる肉体造りです。必要な過程を経ていない肉体で技を放った場合……パンチなら拳がイカれ、手首や肩を痛めます。蹴りなら脛や足首を痛めます。プロの選手でも、自らの放ったパンチにより肩が外れることがあります。それだけでなく……過剰な負荷のかかった細かい筋肉がイカれる可能性もあります。
某ジムで半年間ワンツーしか教えなかったというのは、ワンツーを打っても問題ないような肉体を造る……土台造りの側面もあったのです。ワンツーを打ち続けることにより各関節を鍛え、細かい筋肉を強化し、全身の持久力を強化する……この過程はとても大切です。
「技を学ぶ前に、技の土台となる肉体を造れ」
ある有名な格闘技コーチの言葉ですが、これは本当に重要です。
蛇足ですが、古武術や拳法などの方が地道な鍛練を重視すると聞きました。また、名人や達人と呼ばれる域に達するには何十年も修行するケースもあるとか……少なくとも、ラノベにありがちな高校生の達人はいないようです。
念のため言っておきますが、私は特定の作品を叩くのが目的で書いているわけではありません。マジックの種明かしのようなものだと解釈していただければ……ほとんどの方はリアルかどうかなど、どうでもいいことでしょうし。作品として面白いかどうかの方が大切です。
ただ……皆さんにはリアルとフィクションの違い、地味な技を磨く鍛練の重要性を知っていただければ幸いです。ラノベに登場する古武術のようなカッコ良さはないですが……。




