プロのテクニック(ただし小説)
タイトルは仰々しいですが、実のところ格闘技のプロのテクニックについて書いているわけではありません。なので、そのあたりを期待してる人は、すぐさま読むのをやめてください。
最近『ババ・ヤガの夜』なる小説が話題のようですね。聞くところによれば、暴力団の娘のボディーガードを任された新道依子なる女性の活躍を描いたアクション系の小説のようです……すみません、実のところまだ未読なので、詳しいことはわかっておりません。
ただ、この新道なる女性がむくつけき男たちをバッタバッタ倒していく展開があるのは間違いないようです。「ほほう」と思った私は、ある点について調べてみました。
結果、ああ、なるほどな……と唸らされたわけです。今回は、この唸らされた部分について書いていくわけです。なお、念の為にもう一度書きます。格闘技のプロのテクニックについては、いっさい触れていません。
以前から何度も何度も書いている通り、格闘において体格差は非常に大事です。
アンディ・マグナブの書いた『SAS戦闘員』には、二十年以上も武術を学んでいた徒手格闘指導員のこんなセリフが載っています。
「敵が百キロを超えており、ある程度の格闘技の経験があれば、武術は役に立たない」
はっきりと、こう言っているのです。実際、百キロを超え凶暴で、かつ動けるような男を相手にしたら、少々の武術の経験など何の役にも立ちません。
ちなみに「目つきガー金的ガー」などと言っているなろう作家もいるでしょうが、実際に百キロ超えるような男が、両腕をブンブン振り回しながら突進してくるような状況で、落ち着いて目つきだの金的だの当てられるかといえば、それは非常に難しいです。まず第一に、百キロが突進してくるという心理的なプレッシャーすらわからないですからね。
脳内だけで「目つきだ! 金的だ!」と言っている人には、おそらく一生わからないでしょう。
ましてや、男女の差というのは決して小さくありません。以前にも書きましたが、打撃の威力も、打撃に耐える力も男女では段違いなんですよ。こればかりは「生まれ持った差」としか言いようがないですね。
女性が男性を素手の格闘でぶっ飛ばすためには、相当のトレーニングをしなくてはなりません。ましてや、男性相手に無双するとなると……『エクスペンダブルズ・レディース』のゾーイ・ベルくらいのガタイは欲しいところです。見た感じですが、彼女の身長は百七十センチを確実に超えていますし、体重も確実に七十キロ以上はあるでしょう。おそらく、八十キロ近くあるのではないかと。
ここからが問題なのですが……一般人には、体格差が格闘戦においてどれだけ重要なのか、未だにわからない人が多いのですよね。また、これも少なくないのですが……体重の数値だけで「デブ」と判断してしまう人です。これが、意外と面倒なのですよね。
私は百七十三センチで九十キロ近いですが、数値だけ言うと「脂肪つきすぎ」「デブ」などと言われることがあります。まあ、私に関しては、オフ会などで直後会われた方も多数おりますので……果たして脂肪太りのデブであるかどうかは、そういった方々に聞いていただけるとわかるでしょう。なので、この場ではあえて何も言いません。
かと思うと、小説の中では百七十センチで六十三キロの男性キャラが「筋肉つきすぎ」などと作中で言われたりしてしまうのですよ。これは、私から見れば……いや、ある程度キャリアを積んだ筋トレしてるトレーニーから見れば「ガリガリ。少なくとも、筋肉つきすぎなんて呼べるレベルじゃない」なんですが、一般人から見れば、これでも「筋肉つきすぎ」になっちゃうのでしょうかね……五十キロ台のヒョロガリな作者が、自身の体型を参考にした結果、六十三キロ程度を「筋肉つきすぎ」設定にしてしまったのかもしれません。
そういえば、男性アイドルのほとんどが体重は五十キロ台のようですね。一般人からみれば、男性は五十キロ台が「普通」なのでしょうか。だから六十三キロで「筋肉つきすぎ」などというセリフが飛び出たりするのでしょうか。
これが女性になると、さらに厳しくなります。
私は以前、とある作品に「身長百七十センチ、体重七十キロ」の空手少女を登場させました。作中で男のヤンキー三人をぶっ飛ばす場面があり、女子でそれを実行するには、最低でも七十キロは欲しい……と思い、七十キロという設定にしたわけです。
で、リアルの知り合い(男)にそれとなく、百七十センチで七十キロの女はデブだと思うか聞いたところ、「間違いなくデブ」と即答されました。鍛えていようがいまいが、七十キロを超えたらデブ……という認識のようでした。
この知人の例は極端かもしれませんが、それに近い認識の人間は少なくないと思います。ちなみに元レスリング選手の浜口京子さんは現役時代七十キロを超えていたようですが、彼女をデブと思いますか? 私は思わないのですが……やはり、数値というのは大きいですね。
ましてや、キャラが画面で暴れるわけでもなく、イラストがあるわけでもない小説の場合、数値だけで判断されてしまうわけです。私がどんなに「鍛え込んで、筋肉で増やした七十キロ」などと描写しても、七十キロという時点で大半の人には「デブ」と判定されてしまうわけです。
ここで、冒頭の話題に戻ります。『ババ・ヤガの夜』の新道依子には、体重が表記されていないようなのです。身長は百七十五センチ以上……のようですが、体重は明記されていないようでした。
私は、なるほどと思いましたね。「男たちに無双するには、ある程度の体格が必要」「しかし、体重を明記してしまうと鍛えた経験のない一般人にはデブ判定される」「やはりカッコいい女性がむくつけき男たちをバッタバッタと薙ぎ倒すイメージを崩さず、かつ最低限のリアリティのラインを守るには……体重を表記しなければいい」となったのでしょうね。そうか、体重を表記しなければいいのか……と私は唸ってしまいました。やはり、これがプロの執筆テクニックなのでしょう。まあ、私の妄想かもしれませんが……。
そんなわけで結論です。一般人の中には、身長や筋肉量など関係なく、七十キロを超えたらデブ判定する人が少なからず存在しています。なので、キャラの体重は明記しない方がいいでしょう。




