格闘家が喧嘩に「負けた」
かつて、アンドレ・ザ・ジャイアントというプロレスラーがいました。身長は二メートル二十センチを超えており、体重も二百キロを超える超巨漢です。その巨体と迫力ある風貌、さらに巨体を活かしたファイトスタイルでトップレスラーとなり、日本でも大人気でした。
外国人レスラーたちの間では、ボス扱いされていたようです。
もうひとり、バッドニュース・アレンというプロレスラーも紹介します。この人は柔道をやっており、オリンピックで銅メダルを取ったという実績の持ち主です。格闘家として見れば、超一流といっていいキャリアですよね。
プロレスラーに転向した後は、どちらかというと「やられ役」が多かった記憶があります。アンドレに比べるとレスラーとしての格は下なのは間違いないですね。
このアンドレとアレンは、一度喧嘩になりそうになったことがあったそうです。アレンは黒人なのですが、アンドレは度々アレンに人種差別のような言葉を吐いていたとか。
それに怒ったアレンがアンドレをビルの屋上に呼び出し「俺に謝るか、ここから突き落とされる、どちらかを選べ」と凄んだそうです。で、アンドレは謝罪し事なきを得た……らしいです。細かい部分はわかりませんが、大筋は間違っていないと思います。
この件、未だにプロレスファンの間で話題になるようなのですが「アンドレの奴ビビってダセー」「アレンちゃんカッコイイ」と語られることがほとんどなようてすね。
皆さんは、この件をどう思うでしょうか?
私はむしろ、謝ったアンドレの方を評価したいですね。まあ、評価とまではいかずとも、社会人として見れば当然かと思うのですよ。
アンドレは、当時トップレスラーです。アンドレ目当てに試合を観に来るファンも大勢いるのですよ。また、ファイトマネーも破格の額ですが、それはアンドレというレスラーにそれだけの価値がある。アンドレが出るだけで興行自体が盛り上がるというプロモーターたちの期待なども込められているのですよね。
それが、つまらない喧嘩で全てが台無しになる……これは、大勢の人間に迷惑をかけることになるのですよ。プロとしては失格ですよね。
しかも、下手すれば警察沙汰になる可能性もあります。謝って済むなら、謝るのは当然のことですね。
さらに、当時のアンドレはボス扱いされていました。そのボスとしてのプライドを捨て、格下のアレンに謝る……これは、大変な勇気が必要だったと思うのですよね。
ネットなどで「アンドレ情けねえな」「アレンちゃんカッコイイ」と言っている人たちは、そこまで考えて……というか、この程度のことを考えられないのでしょうか。社会人なら、当然だと思うのですが……。
かつて、桜井マッハ速人という格闘家がいました。「野性のカリスマ」の異名を取り、総合格闘技の世界では伝説と言っていい人ですね。青木真也にもKO勝利しております。
この桜井さんですが、二〇〇六年に路上で因縁をつけられ、散々殴られ全治一ヶ月の怪我を負ったそうです。
この件ですが……当時は「マッハ、一般人にボコられる」「人気格闘家が素人に一発KO」などと書かれていたとか。さらには、ここぞとばかり「しょせん格闘技はルールのあるスポーツ」「アスリートほ目つき金的ありだと〜」などという、おなじみの闘ったこともない連中がしたり顔でコメントを投稿したりしていたようです。
既にご存知とは思いますが、私は総合格闘技のジムに十年以上通っています。たまに、よそのジムからプロ選手が出稽古に来たりもします。
で、様々な選手の噂を聞いたりするのですが……ある選手いわく「マッハさんは化け物だ」とのことでした。もはや、同じ人間とほ思えないレベルだ。正直、一緒に練習したくない……とも言っておりました。
で、私が「じゃあ、マッハさんはどんな人たちと練習してるんですか?」と聞いたら「化け物は化け物同士でやってもらうんだよ。それが一番」と言われ、思わず笑ってしまいました。
日頃から鍛え抜いているプロ選手からさえ「化け物」と言われる強さを持つ桜井さん。しかも、この時期に自分の道場を開いております。
有名なプロ選手であると同時に、道場主でもある桜井さんが、素人に喧嘩を売られました。まともに買っていたら、相手はどうなっていたでしょうか。
下手をすれば、桜井さんのパンチ一発で倒された挙げ句にアスファルトに頭を打ち死亡……などというケースも有り得たのですよ。
以前Xにて「武術はルールなしならどれだけ危険か……」などとポストしていた実戦経験皆無のなろう作家がいましたが、はっきり言うと、プロ格闘家が路上で技を使う方がよっぽど危険なんですよ。タックル一発、あるいは足払い一発で(足払いでこかすのはキックボクサーもやってます)道路に倒されたら……アスファルトに頭を打ち死亡ということになりかねません。
もし桜井さんが喧嘩をしたら、その後はどうなるか……以前にも書きましたが、ヤク中に友人が襲われ応戦しただけの、プロでも何でもない私ですら、逮捕され指紋を取られ留置場に一泊し東京地検で検事調べを受けることになったのです。
桜井さんなら、売られた喧嘩を買っただけでも、とんでもないニュースになっていたでしょう。道場の経営にも、大きな影響があったでしょうね。
ましてや、殺してしまったなんてことになったら……桜井さんのその後の人生は、完全にアウト寄りなものになっていたでしょうね。
ガキの遊びで済まない喧嘩をした挙げ句、逮捕されたことのない人間には、一生わからないでしょうが……逮捕されるのは、本当につらいし大変なことなんですよ。
余談ですが、この件を扱ったテレビ番組で北斗晶さんが「防ぐくらいできなかったのかねえ」などと、偉そうにコメントしていた姿を見た時は、本当に不快な気分になりましたね。
おまけで付け加えますと、とあるマスコミの人と話をした時「ああいう乱暴なキャラの人って、実際に会ってみると礼儀正しい場合が多い。でも、北斗晶はあのまんまだった」と言っておりました。
話を戻します。基本的に、ほとんどの人にとって喧嘩とは「引いた方が負け、ボコられた方が負け」という認識です。なので、アンドレにしろ桜井さんにしろ、喧嘩で負けた奴というイメージで見ている人も少なくないようです。
こういうのを見ると、大半の日本人にとって、現実の暴力は異世界の魔法と同じくらい縁遠いものなのだなあと想いますね。少なくとも、法治国家における暴力のデメリットをわかっていない人が大半なのは間違いありません。
そういえば、昔アメリカでウィル・スミスがクリス・ロックを引っ叩いた時……大半の日本人は「よくやった」「同じ状況だったら俺もやる」と言っていたとか。
ウィル・スミスはラッパーでもあるのですし、ラップバトルでも仕掛ければ良かったのにと思うのですが……すみません、これは完全に蛇足でした。




