寝技のスパーリングについて
今回は、寝技のスパーリングについて書かせていただきます。これまでも何度か触れてきましたが、もう少し深く語ります。これまで書いたことと重複する部分もあると思いますが、その辺は容赦してください。
寝技のスパーリングは、基本的に膝立ちの状態から始まります。立った状態から始まることもありますが、だいたいは膝立ちからです。
そこから、相手を倒して押さえ込み絞め技や関節技をかけていきます。あるいは、相手にあえて上から押さえ込ませて下からの関節技や絞め技をかけていく場合もあります。
絞め技もしくは関節技がきっちり極まった場合、相手の体をポンポンと軽く叩きます。これを「タップする」といい、降参の意思表示です。一本を取られた形ですね。逆に相手をタップさせたら、一本を取ったことになります。
寝技は、このスパーリングをやらなくては身に付きませんし、実際に使えるようにはなりません。
自分が技をかけようとすれば、相手は当然ながら掛けられまいと動きます。そんな攻防の中で、技を仕掛けて一本を取る……その時、初めて「技を使えるようになった」と言えるわけです。
以前なろうのエッセイで「本を読んで兄弟で技を掛け合い、寝技を覚えた」などと書いている作品を見ましたが……こんなやり方では、実際に使えるようにはなりません。本や動画を見ただけで使えるようになるなら、ジムや道場に通う必要はないですからね。はっきり言うと「覚えた気になっている」だけです。
また、スパーリングには様々なやり方があります。ゆるく流すようにやることもあれば、ガチに近いスパーもあります。あるいは、覚えたい技のみを使うスパーもあれば、あえて不利な状況からスタートさせるやり方もあります。
どんなやり方をやるにせよ、忘れてはならないことがあります。スパーリングは、あくまで練習のひとつだということです。強くなるための大事な練習であり、また相手がいなくては出来ないものです。
たまに、ここのところをわかっていない人がいたりするのですよね。スパーリングでの勝ち負けに異様にこだわり、技が極まっているのにタップしない人。やたらムキになって、試合さながらの激しい攻撃をしてくる人などなど……こういう人は、ちょっと困ってしまいますね。
まあ、試合前には激しいスパーリングも必要です。しかし、普段の練習では相手にケガをさせず、自分もケガしない……という意識も大事です。プロでないなら、なおさらですね。
あと、腕力の強い人だと、関節技を掛けられても強引に外してしまえるケースがあるのですよね。特に足への関節技は、掛けられても無理やり立ち上がってしまえば逃れられるのですよ。
ただ私は、スパーリングでは、そういう逃げ方はなるべくしないようにはしています。毎回、力に頼った強引な逃げ方ばかりしていると、上手くならないですからね。ケガの可能性も高くなります。試合では強引に外すこともありますが、スパーリングではそういうやり方はしないようにしています。
余談ですが、この「力に頼った強引なやり方ばかりしていては上達しない」という考え方は、どの分野にも当てはまる部分があるのではないかと思います。
さらに情けないのは、自分より弱いとわかってる人としかスパーリングしない人もいるんですよ。毎回、明らかに自分より劣る人を絞め技や関節技で極めまくりドヤ顔になっている人……どこのジムにも、必ずひとりはいるそうです。しかも、こういう人に限って試合には出なかったりするのですよね。
たぶん、こういう人は「弱い人とスパーリングして勝つことにより、ナルシスティックな喜びに浸る」ためだけに格闘技をやっているのでしょうね。まあ、ほとんどの人にとって負けるより勝つ方が気分がいいのでしょうし、それもまた楽しみのひとつでしょう。ただ、そういうのは私は嫌いですね。
ちなみに私は、弱い人にスパーリングで勝つより、全力を出して強い人に向かっていきボコられる方が好きです。まあ、これにも「強い奴にボコボコにされながら向かっていった俺カッケー」というナルシスティックな喜びがあるのは否定できませんが……。
お陰でジムでは「赤井さんはドMだから」などと、ありがたくないことを言われたりもしております。
さて、ここから先は余談で、さらにマニアックな話題となって申し訳ないのですが……かつて、ウィリアム・ルスカという柔道家がいました。オリンピックにて金メダルを取り、柔道界の頂点に立った偉大なる人です。
このルスカ、後にプロレスラーとなりました。で、新日本プロレスの道場にて前座レスラー(つまりはやられ役)の藤原喜明とスパーリングをしたそうです。が、藤原にあっさりと関節技を極められたとか。この話を聞いたプロレスファンは「やはりプロレスが最強」と騒いだそうです。
この逸話ですが……ルスカと藤原では、新日本プロレス道場内でのスパーリングに対する考え方に根本的な違いがあったように思います。
ルスカにとって、スパーリングはあくまで練習のひとつです。しかも、プロレスという未知のスポーツ(それもショー的要素の強い)を学ぶための練習でもあります。はっきり言って、ガチの気分ではなかったでしょう。
一方の藤原は「セメント(プロレスの隠語でガチの闘い)が強くないとナメられちまうぞ」が口癖で、前田日明や高田延彦といった格闘技経験のない新弟子たちと関節技のスパーリングをよくやっていたとか。
今回も「プロレスラーが柔道家にナメられちゃならねえ」という意識で、ルスカに向かっていったのではないでしょうか。
結果、本気の藤原に未知の関節技をかけられ、ゆるいスパーリングのつもりのルスカは「何か変な技くらっちまったな。無理して外すのも面倒だから、この辺にしとくか」みたいな気分でタップしたのではないかと。さらには、先輩である藤原の顔を立てた部分もあったのではないかと思われます。
つまり、ルスカは藤原を本気で闘うほどの相手ではないと判断した、というのが真相ではないかと思います。
ルスカは柔道というガチの世界で練習し鍛え上げ、大勢の猛者たちとの真剣勝負を闘い勝ち抜き、さらにオリンピックという最高峰の場で優勝し頂点にまで登りつめました。
そんなルスカから見れば、新日本プロレス道場という狭い世界で限られた人間とのスパーリングしか経験していない藤原喜明は……しょせん、井の中の蛙のレベルでしかなかったのではないかと。もちろん、これは私の感想でしかありません。
ただ当時、柔道やアマレスといったガチの競技で上位の成績を収めていたような人たちは、プロレス入りしても道場内での寝技スパーリングなどには、ほとんど興味を示さなかった……とも言われております。ガチの世界で鍛え抜き闘ってきた人たちから見れば、無意味なものに映ったのかも知れません。
アマチュアレスリングでオリンピックにも出た谷津嘉章は、新日本プロレスでの寝技スパーリングについて聞かれ「こんなことやっても、何の意味もないと思った」と語っていたそうです。
さらに蛇足ですが……その藤原喜明のスパーリング相手だった高田延彦は、ヒクソン・グレイシーとガチの格闘技の試合をして二度敗れました。それゆえ散々に叩かれました。
しかし、当時は最強と言われていたヒクソンと、大勢の観客の前で堂々と試合をしたのは凄いと思います。さらに、六十二歳にしてブラジリアン柔術の試合に出場し勝利しております。この姿勢もまた素晴らしいですね。
同じく新日道場で藤原のスパーリング相手をしていながら、観客の前でガチの格闘技の試合をしないまま『格闘王』として引退した前田日明よりは、格闘家として確実に上である……と言わざるを得ないですね。
余談の部分が想定以上に長くなってしまいました。すみません。




