農作業と筋トレ
先日、仕事で訪れた先のテレビで、呆れてしまう場面を観てしまいました。
それはニュース番組のようでしたが、農作業をしているアスリートが画面に映っていました。すると、司会者とコメンテーターがこんなことを言い合っていたのです。
「いやあ、農作業は筋トレになりますからね」
「体も鍛えられて、いいですよね」
観ていた私は、思わず頭を抱えそうになりました。時代は令和だというのに、こんな考え方をする人がいるとは……テレビ業界というのは、旧式の価値観を捨てきれない人が未だ少なくないようですね。
はっきり言いますが、農作業は筋トレにはなりません。より正確に言うなら。アスリートが必要とする筋トレにはならないのです。
たとえば、プロボクサーが猛トレーニングの末、巨大な上腕二頭筋を得たとします。その上腕二頭筋は、ボクシングの強さに直結するのでしょうか。必ずしも、プラスになるとは限りません。
部分的に筋肉を大きくしたとしても、それが競技に必要な力になるとは限らないのです。むしろ、筋肉が大きくなったことでバランスが崩れ、動きが悪くなることさえあります。
ボディビルダーの横川尚隆さんは、何かの番組で「電話で話していると、上腕の重さで疲れてくる」と言っていました。これは極端な例ですが、肥大化させ過ぎた筋肉は時に競技の邪魔になるということもあります。
まあ農作業の場合、筋肉の極端な肥大化という事態にはならないでしょう。しかし、別の問題があります。
農作業は、当然ながらハードです。一日やれば、疲労も溜まるでしょう。ただし、その疲労は無駄なものでしかありません。アスリートの勝利には繋がらない疲労です。
アスリートが、何のためにトレーニングをするか……言うまでもなく、試合に勝つためです。試合に勝つには、様々なトレーニングが必要です。そのトレーニングを重ねることにより、戦闘力ならぬ競技力を高めていくのです。
競技力を高めるトレーニングは、ハードなものです。行えば、当然ながら疲労します。しかし、この疲労は無駄なものではありません。意味のある疲労です。
ところが農作業をした場合、農作業力とでも言うべき能力が高くなるだけです。これは、競技力と直結するものではありません。競技を第一として考えたなら、全く無意味な疲労です。
この無意味な疲労を避けることも、今は重要視されています。
かつて、高名な武道家が「トレーニングは、一日どれくらいやればいいのですか?」と聞かれ「倒れるまでやりなさい」などと答えていました。そう、当時はグラウンドを何十周も走ったり、腕立て伏せ千回をやらされたりしていた時代です。とにかくキツいことを長時間やり、疲れ果てて大量の汗を流すことだけが、競技力を高めると信じられていたのです。
しかし、今は全く違います。競技力を高めるトレーニングを短時間に集中して行う……それこそが、今の主流です。さらに、余った時間できちんと体を休め、睡眠時間にも気を使います。そう、疲労を取り去るのも重要なトレーニングなのです。
今は、キツいことをやればいいという時代ではありません。
冒頭に挙げた「農作業は筋トレになる」「体を鍛えられる」などという意見は、古い価値観の延長線上にあるものです。仮にもテレビに出ているのに、何もわかっていない……と言われても仕方ないですね。
私が見てきたプロ格闘家およびプロ志望の人たちの中でも、肉体労働をしている人はいなかったですね。コンビニのバイトや、トレーニングジムのインストラクターといった職種の人がほとんどですね。探せばいるのでしょうが、主流ではないようです。やはり、無意味な疲労は避ける……という考え方の人が多いようですね。
最後に……アクション俳優の故・千葉真一さんが、昔とある番組でこんなことを仰っていました。
「学生の頃は体操をやっており、並行して肉体労働のアルバイトもやっていた。体を鍛えられて金も稼げるから一石二鳥だと思っていたのだが、これは失敗だった。余計な疲労が溜まり、挙げ句に腰を痛めてしまった」
昭和の人でありながら、トレーニングという点において千葉真一さんは件のコメンテーターの遥か先をいっていたのですね。
また、プロレスラーの藤波辰爾さんは、家では力仕事を一切しなかったそうです。これまた、小学校の頃に見た番組にて言っていたことです。当時はわからなかったのですが、今になってこの発言を思い出してみると、やはり一流の人たちは違うなあと思わされます。




