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格闘技、始めませんか?  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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強い人との練習でボコられることについて

 私の通う格闘技ジムには、かつて森さん(仮名です)という人がいました。もともと極真空手を六年、キックボクシングを五年やっていたそうです。

 ちなみに、キックボクシングの世界ではプロ選手として活動していたとか。当時のキック界のゴタゴタが嫌になり引退したそうですが、ひょっとしたらK1で魔娑斗と闘っていたかも知れないレベルの人だったようです。

 身長はさほど高くなく百六十センチ台でしたが、筋肉に覆われた逞しい肉体をしておりました。

 

 この森さん、半端じゃなく強かったです。サンドバッグを蹴れば、地鳴りのような「ドスッ!」という音が響き渡るのですよね。これ、ジムの外まで聞こえてきていました。実際、ジムに行くため歩いていた時など、ドスッという音を聞き「あっ、今日も森さん来てるな」というのがわかったほどです。

 パンチも強く、特にフックは凄まじい威力でした。ミットで受けると、冗談抜きで手首が折れるのではないかと思ったほどです。

 実際、インストラクターの間でも「ウチのジムで、打撃に限定したら森さんが最強なんじゃないか」とまで言われておりました。


 そんな森さんと私は、よくスパーリングをしましたが……まあ、強かったですね。三分間のスパーリング中、ローキックで五回ダウンさせられたことがありました。その翌日、太ももにドス黒い色のあざがついていたのを覚えています。

 他の技も強烈でした。三日月蹴りを喰らえば、息がつまるようなショックを受けます。左のボディブローは、ピッチャーの投げる硬球を受けるがごとき威力でした。ボディへの後ろ蹴りに至っては……下手すれば内臓が破裂するんじゃねえか、という恐怖すら感じたのです。

 かと言って、ボディや足への攻撃に意識を集中させていると……今度は、顔面へのハイキックが飛んできます。実際、私はこのハイキックをまともに受けてしまい、唇が切れ大流血してしまったことがあります。しかも、その後には唇が腫れ上がってしまい、一週間ほど故・いかりや長介さんのような顔で過ごす羽目になりました。

 ちなみに、顔面への本気のパンチは禁止でした。それでも、軽いジャブくらいなら当てています。なので、ジャブで鼻血が出ることもしばしばでしたね。


 そんな強い森さんと私は、会う度に毎回スパーリングをしていました。もちろん、勝てるわけがありません。毎回、何度もダウンさせられておりました。はっきり言って、負けっぱなしです。

 では、何のために森さんとスパーリングしていたのか……それは、私の中に不思議な感覚が生まれていたのですね。

 強い森さんに立ち向かっていく……当然、ボコボコにされます。その時、心の中で私は「この人、マジ強いわ……」とボヤいております。

 それでも、懲りずに何度も立ち向かっていくうちに「こんな強い人に、ボコボコにされながらも立ち向かっていってる俺って、結構カッコよくねえか?」という気持ちになっていくのですよね。まあ、単なるナルシズムなのかもしれませんが……これは、生まれて初めての感覚でしたね。

 さらに、森さんとのスパーリングでボコボコにされジムを後にする時は「今日も俺は、森さんから逃げずに立ち向かって行ってやったぜ」という何ともいえない満足感がありました。

 かつてマラソン銀メダリストの有森裕子さんが「自分で自分を褒めてあげたい」と言っていましたが……私も森さんとやる度に、自分で自分を褒めてあげたい気分になっていたのですよね。まあ、オリンピック銀メダリストのそれに比べれば遥かに小さなものですが、近いものを感じていたのは確かです。

 

 そうこうしていくうち、私は森さんのパンチやキックに耐えられるようになり、どうにか打ち合うことも出来るようになりました。まあ、最終的にはボコられるわけですが……それでも、ダウンせず持ちこたえられるようにはなっていたのです。

 一応言っておきますが、私の体重は八十五から九十キロです。一方、森さんの体重は七十キロ台です。体格差を考えれば打ち合えて当然なんですよ。むしろ、これだけの体格差がありながらボコられる……私の弱さと、森さんの強さがわかりますね。

 

 ところが、二年ほど前に森さんはジムをやめてしまいました。仕事の都合なようですが……私は、非常に悲しかったですね。この人からダウンを奪うことを目標にしてスパーリングを続けていましたが、その目標はかないませんでした。結局私は、この人にはボコられっぱなしでしたね。




 最後に、この森さんにかけてもらった言葉を書かせていただきます。


「赤井さんが相手の時は、こっちも本気出してます」


「赤井さんとやると、自分もあちこち痛めるんですよね」

 

 まあ、この言葉はお世辞かもしれません。ただ、本当に強い人からこういう言葉をいただけたという事実は、私にとって勲章のようなものですね。








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さすが赤井さん! 鋼の肉体!
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