少年時代に卒業するべきこと
Xなど見ていると、たまに妙なものが流れてきたりします。
先日のことですが、格闘技・武術系の人のポストが立て続けに流れてきました。片方には「脅迫するような予告がきた。しかし、私は武術家なので警察に通報するような真似はしない」という内容です。
もう片方はというと、「自分から立ち合いを求めておきながら、負けてしまうと暴行や傷害などで訴える奴がいる。武術を学ぶ者として情けない」と書いていました。さらに、ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』にて窪塚洋介さん演じるタカシの画像を貼り「悪いことすんなって言ってんじゃねーの。ダセーことすんなって言ってんの」というセリフを書いておりました。
おそらく、どちらのポスト主も昭和生まれだと思われます。私も昭和生まれですが、この年代はみな若い頃に「親や教師にチクるのはダサい」という価値観を持っていました。「警察にチクるのはダサい」という意見は、その延長線上にあるものなのでしょう。さらに、ヤンキー文化に特有の警察を敵視する意識なのかもしれません。
正直、こうした人たちがリアルでも果たしてポストの内容と同じ生き方をしているかは不明です。ひょっとしたら、SNSに特有の「自身を大きく見せたい」という意識からのポストなのかもしれません。
ただし、そうでない可能性もあります。その場合は、残念と言わざるを得ないですね。ただ、こういう残念な価値観の持ち主は、現実にも存在しています。正直、かつての知り合いにも、こういう人物はいました。
以前にも書きましたが、私は若い頃、警察に逮捕されたことがあります。ポン中にいきなり襲われ、殴り合っているところを警官に引き離され、抗議したところ公務執行妨害の容疑で手錠をかけられたのです。
その後は留置場で一泊し、検事調べをして不起訴処分で済みましたが……はっきり言って、つらかったです。
このつらさは、口で説明してわかるものではありません。これを読んでいる皆さんが頭でいくら想像しても、真の意味での理解は出来ないでしょう。
これは格闘技とも通じる部分ですが、往々にして人間は頭で考えただけで「理解した」気になってしまうことがあります。しかし、逮捕されるということは頭で考えただけで理解できるものではありません。自身の身体で体験した時、本当の意味で理解できる……そう思うのですよね。
もっとも、普通の人にとっては理解する必要のないものでもあります。薬物と同じく、本来なら体験しない方がいいものです。
このエッセイでたびたび紹介している『ホーリーランド」という作品ですが、この漫画を初めて読んだ時、個人的に唸らされたのは、格闘シーンよりもヤンキーたちが逮捕されたシーンなんですよね。
警察に逮捕され「親には言わないでください!」「学校には言わないでください!」などと言いながら、泣き崩れるヤンキーたち……その場面は、本当にリアルな描写なんですよ。
実際、学校の中でイキり「喧嘩上等!」「オマワリなんか怖くねえ!」なんて吹いてる奴らが、いざ逮捕されると簡単に泣きながら土下座したりします。「俺じゃない! あいつがやった!」などと、簡単に友だちを売ったりもします。
ただ、これはある意味では必要な段階である気もするのですよね。若さゆえに学校や家庭でイキり、それだけでは留まらず街で暴れたりします。若い時は、そういう「イキリ」も仕方ないとは思います。不快ですし嫌いではありますが……。
ところが、いざ街で暴れたら警察に逮捕された……この時、人は初めて現実に直面します。学校や家庭では無敵に思えた自分が、警察という国家権力の前では無力であるという事実を思い知らされるのです。
また、基本的に未成年が逮捕された場合、親が引き取りに来ることとなっています。取り調べが終わり、ひとりで帰らされるというケースもありますが、これはよほど罪が軽い場合だけです。
家庭でさんざんイキってきた少年が、いざとなると親に頼る……かなり情けない話ですが、これが現実なんですよね。
こうした体験を経て、少年は成長していきます。ヤンキー的なイキりを卒業し、まともな社会人へとなっていくのです。
ただし、この体験を経ても懲りない者がいます。そういう人間は、鑑別所から少年院や少年刑務所に入り、そして裏社会の住人となるわけですが……それに関しては、主題とズレますのでここまでにします。
少年の中には、この段階を経ずにイキり続けたまま成長してしまうタイプもいます。それが、冒頭に挙げたような人たちなんですよね。
ヤンキー的なイキりから卒業できないまま、いい年齢になってしまった。しかも、なまじ格闘技や武術などやっているため、普通のオッサンより体力があり喧嘩も強く血の気も多い……これは、かなり面倒ですね。
日本という犯罪発生率の低い安全な国に住み、法律によって守られ生活している。にもかかわらず、その守ってくれている立場の警察に通報することを「ダセー」と言ってしまう、そのくせ、裏社会の住人になる覚悟もない……私から見れば、ものすごくカッコ悪いのてすよね。
男は、いくつになっても暴力的なものに対する憧れがあるのは確かです。かと言って、現実に暴力を行使するわけにはいきません。
格闘技や武術は、暴力を疑似体験できる……そんな一面があります。格闘技をやる理由のひとつが、そうした暴力への欲求を満たしストレスを解消できる点にあると思っております。また、理不尽な暴力に対抗できる手段が得られる……すなわち、逃げる以外の選択肢も得られるわけです。
ただし、格闘技をやって暴力に対する強さを得ることと、ヤンキー少年のごとき価値観を持ち続けることとは、全く別物です。
いい歳をして「警察に通報するのは武術家らしくない」などと言うのは、ちょっと引いてしまいますね。ましてや「悪いことすんなって言ってんじゃないの。ダセーことすんなって言ってんの」というセリフを引用するのは……はっきり言って幼稚ではないでしょうか。
日本という治安のいい法治国家で、警察という組織に守られ生活し、裏社会に属しているわけでもない。なのに、警察に通報する人をバカにする……こちらの方が、よっぽどダサいと思いますね。こういう人こそ、若いうちに一度くらい逮捕されていた方が良かったのかもしれません。
暴力を振るえば、逮捕される可能性があります。逮捕されれば、社会人として全てを失うかもしれません。その怖さを真の意味で理解した上で、それでも暴力を行使する……それには、相応の覚悟が必要なんですよ。
その暴力に、支払うべき代償分の値打ちがあるのでしょうか。「何らやましい点はない」と、胸を張って刑務所に行けるのでしょうか。
怖さを知らずイキるのは、中学生や高校生と同じですね。
最後になりますが……もし皆さんが、あるいは皆さんの家族や友人が、格闘技や武術をやっている人間から理不尽な暴力を受けたなら、迷わず警察に被害届を出してください。相手が何歳だろうと関係ありません。現代社会は、暴力を振るえば逮捕されるのです。まずは、それを体で教えてあげてください。
また、暴力を振るうことで自身の要求が通った……これは、負の成功体験となります。その暴力的な自我が増大していくと、確実に周囲にとって迷惑な人間へとなっていきます。
警察に逮捕され自分の身の程を知る体験は、早いほどいいとも思います。なまじ社会人になって、警察の厄介になったら……これは悲惨ですね。
蛇足かもしれないですが……かつて空手の黒帯を取得しケンカも強かった知人は、ナイフを持って因縁をつけてきたチンピラをボコボコにしました。しかし、過剰防衛で逮捕されてしまいました。
こちらは友人から聞いた話ですが、ある元プロボクサーは、これまたチンピラに絡まれました。相手は酒に酔っているのか薬でハイになっていたのか、何を言っても聞かず殴りかかってきたとか。おとなしくさせるため、顔ではなく腹を殴ったところ、なんと内臓が破裂してしまいました。結果、初犯にもかかわらず懲役二年半の刑を言い渡されたそうです。裁判では「元プロボクサーが素人を殴った」という点を重視され執行猶予は付かなかったと聞きました。
映画やアニメだと、悪い奴を殴り倒せば話は終わります。しかし、現実はその後も続きます。殴り合いよりも、よっぽど怖い世界が待っているのです。そのことだけは、承知しておいてください。




