一番大事な才能
かつて、Aさんという人がいました。Aさんは、いわゆる反社の人であり、その筋では「タイマン無敗」の人として恐れられていたのです。身長は低いがガッチリとした筋肉質の体つきであり、格闘技の心得もあったそうです。実際、一対一の素手喧嘩では負けたことがなかったとか。顔も広く、芸能人の知り合いなども多かったそうです。
そんなAさんですが、他組織との揉め事が原因で恨みを買いました。挙げ句、車から降りたところを集団に不意討ちされ亡くなったそうです。
さて、話は変わりまして……格闘技をやっていると、とんでもない人が入会してくることがあります。
このエッセイの第二百七十四話『幸運』の章に出てきたルーさんは、私とほぼ同時期に格闘技ジムに入会しました。当時、まだ二十代の後半だったと記憶しております。
このルーさん、とにかく身体能力がズバ抜けていました。身長は百八十センチほどで、体重は八十キロ前後でしょうか。ウエイトトレーニングなどはあまりやっていなかったようですが、腕力が異常に強かったです。
私は当時、体重が八十五キロほどでベンチプレスも百二十キロは軽くクリアできていました。にもかかわらず、ルーさんと組み合うと全く歯が立たないのですよね。地頭ならぬ地腕力が半端ではなかったです。ナチュラルな強さといいましょうか……ウエイトトレーニングで付けたパワーと、生まれつきのフィジカルモンスターのパワーとの差を思い知らされた気がしました。余談ですが、プロレスラーの坂口征二もそういうタイプだったそうです。
それだけでなく、ルーさんは闘争心もあり負けず嫌いでした。いざとなると、こちらの予想もつかないような無茶な体勢から反撃してくるのです。足に関節技をかけられたまま無理やり立ち上がり、力ずくで外してしまう。腕に関節技をかけられても、強引に外してしまう……そんなことが、よくありました。
このルーさんとは、寝技のスパーリングを何度もやりましたが、私は毎回負けていました。私がジムに通い続けられた理由のひとつが、ルーさんから勝利するという目標が出来たためでしたね。
残念ながら、その目標は叶いませんでした。ルーさんは、ジムを退会してしまったのです。これは、切ない気分でしたね。
それから数年経ったある日、寝技の師匠(と私が勝手に思っているインストラクターです)と話していた時、話題がルーさんのことになりました。
「あの人、本当に強かったですよね」
私が言うと、師匠も頷きました。
「うん。ルーさんは凄かった。まだ三十前だったし、プロになればいいとこ行けたんじゃないかな」
「もったいないですよね」
「本当だよ。ああいう才能ある人に限って、何の未練もなくあっさり辞めちゃったりするんだよな。俺は、そんな人を何人も見てきたよ」
師匠は、悔しそうに言っておりました。
今になって思うに、この辞めていった人(ルーさんも含めて)には、一番大事な才能が欠けていたのだと思います。それは、格闘技が好きで続けられること……ですね。
はっきり言って、どんな優れた才能があろうが辞めてしまえばただの人です。「俺は昔、格闘技やってて強かったんだぜ」などと言ったところで、「そ、そうですか。で、今はどうなんです?」としか言いようがないですからね。
とある有名な短編で、かつて詩人を目指しながらも挫折した男が「己よりも遙かに乏しい才能でありながら、それを專一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ」と嘆く場面があります。こういうケースは、世の中多い気がしますね。
もっとも、そんな才能があるのは幸せなのか、はたまた不幸せなのか、それはわかりません。ひとつ確かなのは、今の私はルーさんに勝てるということです。「過去に経験したことがある」という人に、現役でトレーニングしてる者として負ける気はしないですね。
最後に、冒頭に登場したAさんですが……格闘技の経験もあったようです。おそらくは、格闘技の才能もあったのでしょう。ところが、格闘技に打ち込むことなく裏社会の住人となり、挙げ句に若くして命を落としました。
もちろん、仮にAさんがプロになったからと言ってチャンピオンになれたとは限りません。ただ、プロの格闘家になることで違う道が開けた可能性はあります。ひょっとしたら、若くして敵対する集団に襲われ亡くなる……というラストは避けられたかもしれません。




