自称黒帯
少し前の話ですが、とある集まりに参加した時のことです。ひとりの若者が、私に向かいこんなことを言いました。
「俺、空手の黒帯なんですよ」
この若者、私とは初対面です。私が格闘技をやっているとは知らないと思われます。今になって思うと、私の見た目に何か感じるものがあり、ナメられまいという思いからカマしにきたのかもしれません。
もっとも、当時の私は「ふーん」という感じでした。ただ、空手といっても色々あります。もしかして、共通の知り合いなどいるかもしれないと思い、こう返しました。
「どこのですが? キックみたいなルールでやってるところですか?」
すると、こんな言葉が返ってきたのです。
「えっ、あっ、パンチとかキックとか使いますよ」
聞いた私は「なるほど、そういう人か」と思い、そこから格闘技の話題には触れなかったのです。
さて、このやり取りですが……格闘技好きな方なら、おかしな点に気づいていただけたと思います。
私の質問の中に、キックという単語が出てきました。これは、普通の人にとっては「蹴る」という意味でしかないでしょう。事実、黒帯の彼もそう捉えていたようです。
しかし格闘技好きな人なら、私の質問が違う意味のキックであることをわかっていただけたでしょう。私の言っていたキックとは、キックボクシングの略です。格闘技好き、もしくは格闘技をやってる人は、キックボクシングをキックと略した言い方をすることがあります。
つまり、私の質問は「キックボクシングのようなルールでやってる流派ですか?」という意味だったのです。格闘技好きや本格的なフルコンタクト空手の黒帯なら、すぐにわかっていただけたのではないかと思います。となると、件の若者の実力は推して知るべしですが……まあ、ここまでにしておきましょう。
実のところ、映画やドラマやアニメなどの格闘シーンでは、打撃技が使われることが多いです。それも、派手な後ろ回し蹴りや飛び蹴りといった技が目立ちますね。
言うまでもなく、空手には派手な蹴り技が多いです。また、瓦や硬い板などを素手で割ったりもします。そのため、一般人の中では「空手の黒帯はめちゃくちゃ強い」というイメージがあるようです。まあ、間違いではありません。実際、フルコンタクトルールの空手でバチバチ打ち合うようなスパーリングを毎回やってるような人は、間違いなく強いです。
ただし、自称・空手の黒帯みたいな人がいるのも事実です。現に私も高校の時「俺は空手の黒帯だぜ」などと大嘘をフイていました。昔は梶原一騎原作の漫画やアニメの影響が残っており「空手は強い」というイメージが今より強かった気はしますね。
もっとも、今でも自分の凄さをアピールしたがる人たちの中に、空手の黒帯を自称するケースが少なくない気はします。やはり、先ほど書いたように派手な打撃のイメージがあるからでしょうね。
最近では「俺は古武術の黒帯」という人もいるようです。格闘技マンガやなろう小説などに出てくる「いざとなったら相手を殺せる武術」というイメージから、古武術を学んでいる人は殺人マシーンのように強いというイメージがあるようです。
そのイメージが正しいかどうかについては、このエッセイにて今まで何度も書いているので、今回はあえてコメントしません。ここで知っておいていただきたいのは、古武術には段位はないということです。
武道の段位が制定されたのは明治時代以降といわれています。つまり、本来の古武術には段位など存在しません。黒帯もありません。なので、段位のある古武術というのは、近代化に向けアレンジしたものなんですよ。近代化されているのなら、それはもう殺人術でもなんでもありません。
したがって「俺は古武術の有段者で殺せる技を知ってる」と称する人は、自称超能力者と同類である可能性が高いと思った方がよいかと思われます。眉に唾をつけ接した方が無難でしょう。そもそも、黒帯まで取得した武術の詳しい流派を名乗らず「古武術の有段者」とだけ言っている時点で、ほぼアウトでしょうね。
個人的には、聞いたこともない流派や武術の黒帯より「レスリングでインターハイ出ました」というような人の方が怖いですけどね。
最後に忠告しますが、空手たの古武術だのの黒帯と称するのは、ネットの中だけに留めておいた方がいいですよ。格闘技やってる人間の中には、シャレの通じない者もいます。会社で「どっちが強いのか、やって見せてくれ」と囃し立てられ、新入社員の自称・武術の黒帯に本気のローキック入れてしまった空手の選手がいたそうです。相手の自称黒帯は、一発の蹴りで立てなくなってしまったとか。これでも、まだ気は遣っていると思います。




