暴力の怖さ
先日、何気なくテレビをつけていたら、こんな言葉が聞こえてきました。
「俺たちは喧嘩に強くなりたいから、ボクシングをやった」
画面を観ると、ドラマのCMが流れておりました。どうやら、ボクシングのドラマのようです。
私は、ドラマの内容にケチをつける気はありません。しょせんフィクションですし、視聴者はボクシング経験のない人間が大半です。むしろ、ドラマきっかけでボクシングを始める人が増えて欲しいと思っております。それに、格闘技を始めるきっかけが喧嘩に強くなりたいため……という部分を否定は出来ません。
さらに言うなら、こちらの分野はボクシング経験者でも知らない方が多いのかも知れません。
ただ、私は上記のセリフには思うところがあります。
今まで何度も書いていますが、格闘技と暴力は違うのですよ。
試合以外の場で人を殴れば、逮捕されます。この、当たり前の事実を、知ってはいても理解していない人が本当に多いのですよ。
少し前、俳優がアカデミー賞の受賞式にて司会者をひっぱたき問題となりました。事の善悪や是非について、とやかく言うつもりはありません。しかし、我々のような一般人が同じことをすれば、逮捕される可能性があります。逮捕がもたらす社会的制裁は、決して小さなものではありません。前科が付き、ネットに逮捕歴が載り、職を失う……これは、ひとりの人間を死に追いやれるくらい大きなものです。
あの件について「家族が侮辱されたら自分も同じことをする」という意見が大半のようでしたが、その方たちは逮捕および社会的制裁を受けた経験がないから、無責任にそんなことを言えるのですよ。前回の「武術はルールなしならどれだけ危険か」などと言っていたユーザーと同種のメンタリティーを感じてしまうのですよね。
一般人の方々にとってリアルな暴力とは、異世界における魔法と同じくらい縁遠いものなのでしょう。
さて、昔も今も武勇伝を語る人は多いです。「絡んできたヤンキー十人を返り討ちした」「ヤクザぶっ飛ばした」などと言うような人もいます。また「実戦の強さを追求するため武術をやっている」などと語る人もいます。SNSを見れば、そうした勇ましい武勇伝はいくらでも見つけられますね。
個人的に、そうした武勇伝の九割は嘘だと思っておりますが、それはひとまず置きましょう。仮に全てが本当だとしても「あなた方は運が良かっただけです」としか言いようがないですね。
まず、喧嘩で人を殴れば逮捕されます。格闘技経験者の場合、確実に一般人より罪は重いです。とある空手家は、ダンベルで殴りかかって来たチンピラふたりを返り討ちにしたものの、内臓を破裂させてしまいました。刑事裁判では罪に問われなかったものの、民事裁判では千五百万円の支払いを命じられたそうです。
ましてや、目潰しなど使い失明させようものなら……いくらになるか見当もつきません。
喧嘩で相手に怪我をさせ、刑事裁判で実刑判決を受けたとしましょう。実刑判決は、刑務所へと入れられます。
刑務所というのは、当然ながら犯罪者が収容される場所です。周りは犯罪者ばかりですね。粗暴な性格の人間も多いです。
そんな中で、他の受刑者と喧嘩になり怪我を負わせた……これは、事件送致という処分になります。どんな処分なのかといいますと、まずは拘置所に戻され事件の調査をされます。結果、傷害罪の刑が加算されます。状況にもよるでしょうが、まあ一年から二年ほど加算されることになると思います。
その上、事件送致で送られた人間は仮釈放をもらえないそうです。つまり満期で五年の刑を言い渡されたが、仮釈放をもらえれば四年で出られていた人が、事件送致の処分が降ったために六年間刑務所に収容されることになるのです。ましてや、目潰しで失明させようものなら、何年加算されるかわかりません。
事実、仮釈放をもらえれば三年で出られていたのに、中で二回喧嘩をしたため五年経っても出られない……そんな人もいたそうです。
はっきり言いますが「若い時、近所の有名なヤンキーは全員ぶっ飛ばした」「ヤクザを何人も病院送りにした」などと吹聴している人は、今まで幸運に恵まれていただけです。事実、ある有名な空手家は「喧嘩なんか怖くて出来ない。下手すれば相手を殺してしまう」と言っていたそうです。
あと「売られた喧嘩は必ず買う」「実戦のために武術をやっている」などと言っている人は、刑務所に入っても同じ姿勢を貫けるのでしょうかね。それ以前に、暴力を振るえば人生の裏道を歩むことになるという事実を、本当の意味で理解しているのでしょうか。
ドラゴンボールの亀仙人は、こんなセリフを言っています。
「武道を習得するのは、ケンカに勝つためではなく、ギャルにモテるためでもない! 武道を学ぶことによって心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で、人生をおもしろおかしくはりきって過ごしてしまおうというものじゃ!」
これは綺麗事かも知れません。ただ、ストレスが溜まれば、不健康な状態になるのは間違いありません。疲れていれば余裕がなくなり、周囲に辛く当たる……結果、要らぬトラブルに発展ることもあるでしょう。
格闘技は、ストレス解消になります。また、様々な技を覚えるのは楽しいものです。人と触れ合い汗を流すことにより、愉快な気分にもなれます。
格闘技をやることにより体と心が健康になり、余裕が出てきて、いらんトラブルを避けられるようになる……現代の格闘技の存在理由は、それで充分ではないかと思います。
もうひとつ、作家のローレンス・ブロックが著書の中で登場したキャラに語らせていた言葉も載せておきます。
「銃を手に入れる一般人は少なくない。その目的は、自己防衛もしくは家族を守るためだ。ところが、そうやって購入された銃のほとんどが、夫婦喧嘩や親子喧嘩などで使われる。取り扱いを間違えて暴発し、大切な家族の命を奪うこともある。ご近所トラブルから、銃撃戦に発展することもある。当初の目的の通りに使われるケースは、ほとんどない」
この言葉から何を読み取るかは、あなた次第です。
これは蛇足かも知れませんが、念のため書いておきます。
ヤクザや反社の人たちと喧嘩して勝ったとしましょう。その場合、彼らはこんなことを言ってきます。
「目を殴られ、よく見えなくなった。聴力も落ちた」
「腹を殴られてから、腰が痛くて動けない。食欲も落ちた」
「受けた暴力のせいで、PTSDになり休職しなければならなくなった」
こんなことを言って、少しでも多く金を巻き上げようとしてきます。彼らにとって、喧嘩に負けることは恥ではありません。むしろ、負けた時点から彼らの仕事が始まります。
そういった部分については全く触れず「ヤクザと喧嘩して勝った」などと自慢げに吹聴する人たちを見ると「おいおい」と思うのですよね。




