メジャーなスポーツ選手の強さ
先日、漫画家の水島新司先生が亡くなられました。
水島先生の代表作品といえば野球漫画のドカベンですが、主人公の山田太郎は一時期柔道部に所属していました。柔道部でも非凡な才能を発揮しており、また空手の達人と闘い勝つという異種格闘技戦をも経験しています。後に山田が野球部に戻る時、この空手家が現れ「優れた格闘技の才能を持ちながら、なんで野球をやるんだ」と嘆くシーンがありました。
当時は、野球こそが日本でもっともメジャーなスポーツでした。そのメジャーなスポーツには、当然ながら身体能力に優れた者が集まりやすいです。プロ野球選手なんかは、本当に化け物みたいな身体能力の持ち主が大勢いますね。格闘技をやってもチャンピオンになれたのでは、と思われる選手も少なからずいます。
さて話は変わって、いつだったかツイッターを見ていたら「僕の寿司の弟子に日系人のハーフがいた。体は小さいが空手を習っており、アメフト部の連中もフルボッコにしていた。おかげで、他のアジア系と違い楽しい学生生活を送った」というアメリカ在住らしき方の呟きが流れてきました。また、その呟きには「空手スゲー」「やっぱり力が正義」といったリプが溢れていました。
私はそれを見て、思わず笑ってしまいました。念のため書きますが、おかしくて笑ったのではありません。むしろ、やるせない気分からの笑いですね。
一応、説明します。アメフトとは、アメリカンフットボールのことです。アメリカではメジャーなスポーツでして、とても人気があるそうです。
アメフトは、激しいコンタクトスポーツです。防具を付けた百キロを超える男たちがぶつかり合い、倒し合う……本当にハードなものです。正直いいますと、私はアメフトのルールすら知りません。が、あの巨体でぶつかり合う姿を見ていると、恐怖すら感じます。
そんなぶつかり合いに耐えられる肉体を作るため、彼らはウエイトトレーニングをガンガンにやります。また、ウエイトトレーニングで付けた筋肉を実際の動きに活かすものにするため、ダッシュやジャンプといった陸上系のトレーニングもやっています。さらに、ぶつかり合いや押し合いのような練習もやっています。
こうしたトレーニングを経て、彼らは化け物じみたフィジカルを身に付けているのですよ。ボディビルやフィジークなどを「見せるための筋肉」といいますが、あながち間違ってもいません。仮にウエイトトレーニングで筋肉を付けたとしても、その筋肉を競技に活かすためには、また別のトレーニングが必要となるのです。
さらに、アメフトには強い闘争心が必要です。なにせ、百キロを超えるような選手が全力でぶつかって来るわけですからね。そんな試合に出るには、闘争心がなくては無理です。
しかも、アメフトはアメリカで人気のスポーツです。底辺が広いのですよ。必然的に体の強い人たちが集まり、その中で競い合うこととなります。つまり、もともと強い人間がさらに強くなっていくわけです。
かつて、ボブ・サップという男が日本の格闘技界に旋風を巻き起こしました。このサップ、巨体と筋肉ばかりがクローズアップされていますが、彼はもともとアメフトの選手だったのですよ。アメフトで培ったスピードやぶつかり合う力や闘争心もまた、サップの強さの一因であったと思います。ボディビル的なトレーニングだけでは、あそこまでの戦績を残せなかったのは間違いないですね。
アメフトではないですが、こんな事例もあります。昔、どこかの大学でラグビー部と空手部か喧嘩になりましたが、勝ったのはラグビー部でした。空手部は、全員KOされたそうです。また、格闘技漫画の刃牙シリーズに登場する花山薫のモデルとなった最強の喧嘩師・花形敬もまたラグビーの経験者だったとか。さらに、とある空手家は「わけのわからない護身術や武術やるより、ラグビーやった方が喧嘩に強くなれる」と言っていたそうです。
アメフトにしろラグビーにしろ、激しいコンタクトスポーツですからね。そもそものフィジカルが違うのですよ。ただ大きいだけでなく、鍛え方からして違うのです。
そのことを踏まえた上で、件の呟きについて考えてみましょう。日頃から百キロを超える選手たちとぶつかり合っているアメフト部と、体は小さいが空手を習っている人……私なら、アメフト部の方に賭けます。
私の本音を言うなら、その弟子は嘘をついているとしか思えません。「体は小さいが空手を習っている」などというレベルで、化け物レベルのフィジカルと闘争心を兼ね備えたアメフト部に勝てるほど、現実の闘いは甘くないです。
にもかかわらず、そんな話をあっさり信じてしまう人が大勢いるのですよね。実際の闘いを知らないだけ、といってしまえばそれまでですが……ひょっとしたら、こういった話は「日本スゲー」的な気持ちをくすぐるのかもしれないですね。日本の武道である空手が、アメリカの人気スポーツであるアメフトを倒した。やっぱり日本スゲー、という気分に浸りたいのかもしれません。
さらに言うと、体の小さい日本人が大きくてマッチョなアメリカ人を倒したという話を信じることで、何かしらのコンプレックスを解消させているのかもしれないですね。はっきり言って、幻想でしかないのですが……。
そういえば、かつて『男組』という漫画がありました。超上級国民の息子・神竜剛次に支配され無法地帯と化した学園に、自由を取り戻すため闘いを挑む流全次郎の姿を描いた「ザ・昭和」な学園ものです。この作品、初期の頃はアメフトを取り入れていました。「集団での闘いに向いているスポーツ」として、不良たちに踏み付けにされ虐げられている一般生徒たちにアメフトを指導するシーンがあったのです。
しかし話が進むにつれ、アメフトのシーンはなくなりました。代わりに、中国拳法の描写が増えていったのです。やはり東洋の神秘的な描かれ方をする拳法の方が、日本人にはウケるのかもしれません。ただ、この男組がずっとアメフトを主軸に据えてストーリーを進めていったなら、『アイシールド21』より前にアメフト漫画の草分け的存在になっていたのかもしれないですね。
誤解されては困るので、付け加えておきます。空手には、新極真会の緑師範や空道の加藤師範のように、小さな体で無差別の大会にて優勝した人もいます。闘いにおいて、体格やパワーが全てではありません。筋トレだけやっていれば勝てるという甘い世界でもないのです。
ただ、体格差のある相手に勝つには、こちらの技が通じるだけの最低限の基礎体力を付ける必要があります。その段階を踏まず、ただ「空手を習っている」というだけの人では、圧倒的な体格差や体力差を超えることなど出来ません。
最後になりますが、かつて私は、落合信彦先生の『狼たちへの伝言』という本を読んだことがあります。中学一年か二年の時でした。その中に、こんなことが書かれていたのです。
「アメリカの大学で、俺はアメフト部四人と喧嘩になった。だが、連中はいくらデカいといっても素人だ。俺は空手をやっており黒帯も取得している。全員をぶっ飛ばしてやった」
おいおい嘘つくな、と中学生の私は思いました。まあ嘘とは断言できませんが、疑わしいと言わざるを得ないのは確かですね。しかし、その武勇伝が真実であると思った人も、少なからずいたようです。喧嘩が強くて大勢の女の子にモテモテ、さらにオイルビジネスで大成功……まさに、なろう作品の主人公みたいな内容でしたね。
それから今になっても、似たような呟きを大勢の人間が無条件に信じている光景を見ると、昔も今もリアルな闘いを知らない人って本当に多いのだなと感じました。ただ、それはよいことなのかも知れません。実際の殴り合いなど、しないに越したことはないですからね。




