集団のもろさ
念のため書いておきます。私は、集団との闘いを推奨しているわけではありません。逃げるのが正解です。
以前、ツイッターで「どんな強い格闘家でも、十対一では勝ち目はない」と呟いている人がいました。また、「ガチ甲冑合戦」なるイベントの関係者らしき人が「ガチ甲冑合戦では、実績のある格闘家でも三人対一人になると呆気なくやられてしまうのを何度も見ている」という呟きも見ました。
たぶん、どちらの呟きも正しいのでしょう。ただし、完全なる正解とも言えないとも思います。はっきり言うなら、どちらも実際の闘いの経験がないまま語っているように思われますね。特にガチ甲冑合戦の人の意見は、あくまでガチ甲冑合戦なるゲームでの結果ですからね。それを、実際の闘いと混同するような書き方をされても困ります。
というわけで今回は、集団とひとりとの闘いについて語ります。格闘技という分野からは離れますが、格闘家に対するマウント取りのような発言はちょっと嫌ですので反論として書かせていただきます。
なお、念のためもう一度書きます。たとえ弱そうな者ふたりが相手だったとしても、喧嘩はすべきではありません。二対一という状況は、かなり不利です。また、仮に相手を怪我させた場合、その慰謝料はふたり分払うことになります。そのことを踏まえた上で読んでください。
私の先輩であるスッポンさん(仮名です)は、五対一の喧嘩に勝ったと吹聴しておりました。その時の模様を聞くと、こんなことを言っていました。
「町歩いてたら、五人連れに喧嘩売られたんよ。とりあえず手近な奴の襟首掴んで、顔面にヘッドバット入れたら鼻と口から血い吹き出してた。そしたら、周りの連中ドン引きして謝ってきたんよ。けどな、頭キたから全員やったった」
これ、正確には「多人数と格闘して勝った」というわけではありません。多人数が戦闘モードに入る前に、流血により戦意を喪失させてしまった……闘わずして勝った、という感じですよね。
喧嘩慣れした人は、こういう状況作りが上手いです。本格的な格闘に持ち込む前に、いかにして相手の戦意を萎えさせるか。特に、血を見るとドン引きしてしまう人、というのは意外に少なくないのですよ。スッポンさんは、こうしたテクニックを本能的に会得していたのかもしれません。
私は昔、大学のレスリング部の学生ふたりとヤンキー八人の喧嘩を見たことがあります。これは本当に一方的でした。突っ込んでいってバカスカ殴る蹴る投げる、それだけです。ふたりの前に、ヤンキーたちは蹴散らされていきました。「レスリングは打撃技がない」だの「しょせんルールのあるスポーツ」などという武術系の人たちの言いがちな言葉が陳腐に思える闘いぶりでした。最終的に、ヤンキー八人を土下座させてしまいました。
これも、当然といえば当然です。レスリングは、筋力や瞬発力や持久力といった基礎体力を徹底的に強化します。圧倒的な基礎体力は、それだけで凶器に等しい威力があります。さらに、当時のレスリング部は無茶苦茶でしたからね。昭和から平成初期は……監督や先輩からのパワハラ当たり前、殴る蹴るといった「かわいがり」が横行していた時代だったと聞いております。そんな暴力の中で鍛えてきた彼らにとって、町のヤンキーなどは本当に雑魚でしかなかったのでしょう。
私が何を言いたいか、もうおわかりいただけたでしょう。実際の闘いは、ゲームとは違います。実際の闘いには痛みが伴います。特に暴力慣れしていない人の場合、他人が殴られているのを見るだけで怯えてしまうことがあります。その上、流血など見せられては……暴力に免疫のない人なら、戦意を喪失してしまうでしょうね。現実の闘いでは、実際に殴り合う、あるいは痛みに耐えて動けるというのも重要です。
ましてや、基礎体力に優れ日頃から暴力慣れしている怖そうな風貌の人が、多勢である自分たちに怯む気配なく向かって来たら……完全に総崩れになってしまうでしょう。ゲームの中で覚えた闘い方など頭から消え去り、恐怖のあまり立ちすくむでしょうね。
しかも、恐怖心は伝染しやすいです。ひとりが逃げ出したら、他の者も蜘蛛の子を散らすように逃げる……通り魔に襲われた人々を見れば、おわかりでしょう。
誤解されると困るので、念のためもう一度書きます。集団が戦闘モードに入った時、暴徒と化します。こうなると、どんな格闘家でも止められません。ですから、前述の意見は正しいといえば正しいのです。ただ、実際の闘いでは、必ずしもそうなるわけではないということを知っていただけると幸いです。ついでに、自己アピールのために格闘家を利用するのは本当にやめていただきたいですね。




