天才のトレーニング
スポーツニュースなど観ていると「一日に何時間もトレーニングしています」などと、一流アスリートが語っていたりします。まあ、それはいいのですが……未だに「多く練習すれば勝てる」などと思っている人も少なくないようです。さらには「一日に五時間や六時間練習して当たり前だ」と思っている人もいるようです。昭和のスポ根漫画の影響でしょうね。
なので今回は、その部分について語ります。
まず、知っておいていただきたいのは……凡人は、本気のトレーニングを何時間も出来ないということです。
オーバートレーニングという言葉は、ようやく一般の人にも知られるようになりましたが……実際、ガチのトレーニングを一日に五時間もやったなら、ほとんどの人は体を壊します。ミット打ちやサンドバッグのようなトレーニングでも、やり過ぎれば疲労骨折を招きかねません。
特に格闘技の場合は、球技と違い人体を破壊する技を出し合うわけですからね。バチバチ打ち合う練習を何時間もやっていたら、脳にダメージを負ったり関節を捻ってしまう「事故」が起きる可能性も高まります。時間が経つにつれ集中力がなくなり、結果として怪我に繋がりやすくなる……格闘家は、試合に勝つためにトレーニングをしますが、そのトレーニングで体を壊してしまっては本末転倒ですよね。
そのために、格闘家はトレーニングの量をセーブします。やり過ぎて怪我をしてしまっては何もなりません。
ところが、格闘家の中には一日に六時間や七時間もやってしまえる人もいます。凡人が体を壊してしまうはずのトレーニングを、ちゃんとこなせてしまう……これこそが、天才のみに出来ることなんですよ。
よく、昭和のスポーツ漫画では「才能のない主人公が、人の何倍もの練習をこなして天才のライバルに勝つ」という展開があります。しかし、人の何倍もの練習をこなせて、その練習の成果をきちんと試合で出せる……それこそが、紛れも無い天才の証なんですよ。
頭の痛い話ですが、創作の世界では未だに「凡人が根性論や精神論に基づいた、現実には有り得ない大量のトレーニングを積み重ねて天才に勝つ」というストーリーがまかり通っていたりします。いや、フィクションの世界ならまだいいのですが……それを現実だと勘違いしてしまう人もいるようなんですよね。これは、格闘家にとってかなり迷惑な話なんですよね。
実際、格闘家が一般人に聞かれ「一日にだいたい二時間から三時間ほどトレーニングしています」と答えると「えっ、それだけしかトレーニングしてないの?」などと言われたりすることもあるとか。はっきり言って、集中しての二時間のトレーニングがどれだけキツいか全くわかっていないのでしょうが……格闘技漫画の影響で、何時間ものトレーニングが当たり前だと思っているのでしょうね。それこそが、格闘技漫画の負の遺産なんですが。
天才の条件のひとつは、凡人には真似の出来ない量のトレーニングをこなせる……それだけは、知っておいていただきたいですね。まあ、天才といってもタイプがあるようですが……量のトレーニングをこなせるのは、間違いなく天才でしょう。
では、凡人は天才をどうやって倒すのでしょうか。はっきり言って、天才に対し量のトレーニングで対抗するのは無謀です。少なくとも、凡人が天才のトレーニングを上回るのは不可能でしょう。
ならば、どうするか……やはり、創意工夫でしょうね。まず、無駄なトレーニングは省き、質を高めていく。同じ二時間のトレーニングでも、効率よく自身の能力を高められるようなメニューを組んでいきます。
次に、相手と自分を比較し、勝っている部分があるかどうかを客観的に判断する。その勝っている部分で勝負できるような戦術を考えていきます。
さらには、相手の動きや闘い方を徹底的に調べ、穴がないかを研究する。その過程で見つけた小さな穴を突くための練習に徹する……それしかないと思うんですよ。格闘技漫画に有りがちな「努力と根性」を信じて量のトレーニングで対抗したら、勝てる可能性は一割もないでしょうね。
ですから、令和の時代の格闘技漫画には、その辺りもきちんと書いて欲しいです。はっきり言いますが、凡人が努力と根性で天才に勝つというのは、あまりに捻りのない展開ではないかと思うんですよね。
最後にもう一度書きますが、量のトレーニングをこなせるというのは凄い才能です。量のトレーニングの効果をきっちり出せる人というのは、それだけで選ばれし者なんですよ。
ちなみに以前、レスリングでオリンピック行くか行かないか……というレベルまでいった総合格闘技のプロ選手と話しましたが「オリンピック行ける連中は、本当に化け物揃いですよ」と笑いながら語っていました。ほぼ一日、レスリング漬けでありながら体が壊れない……確かに化け物ですね。




