忙しい人の格闘技

　これは、実家に住んでいた時の話です。

　その日、家族は出かけており、家にいるのは私ひとりでした。暇だった私は、鏡の前で後ろ回し蹴りや踵落としの練習なんかを始めました。ところが、背後から強烈な視線が……振り向くと、うちの犬と猫が寄り添い、じっと私を見ていました。いったい何を考えていたのかは不明ですが、なんとなく小馬鹿にしているような表情を浮かべているように見えました。まあ犬猫にしてみれば「あいつ、またバカやってるよ」という気持ちだったのでしょうね。

　学生のうちは、暇がたっぷりあります。また、若い年齢にものをいわせて毎日トレーニングすることも可能でしょう。しかし、社会人ともなるとそうはいきません。仕事が忙しく、毎日ジムや道場に通うのは難しいことでしょう。また、年をとるに従い回復力も落ちてきます。若い頃なら、ハードなトレーニングをガンガン出来たかも知れません。しかし、いずれはそうもいかなくなってきます。

　そんな忙しい社会人が、一念発起し格闘技を始めたとします。この場合、何をすればいいのでしょうか……結論から言えば、好きなものをやってください。嫌いなものや向いていないと感じるものをやっても、まず続きませんから。

　と、ここで終わっては話になりません。そこで、私なりのアドバイスを書かせていただきます。

　ある日、社会人のＡさんは赤井とかいう人の描いたエッセイを読み、格闘技をやってみようと思いました……と、仮定しましょう。このＡさん、格闘技の知識はあまりなくスポーツ経験はゼロな上に仕事が忙しくて、週末に一度ジムや道場に行くのがやっとです。

　あくまで個人的な意見ですが……この場合、組み技系の格闘技はやめておいた方がいいかもしれません。

　組み技、特に道着を着るブラジリアン柔術は……非常に奥が深いです。予備知識がない人だと、何をやっているのかさえわからないでしょう。

　さらにブラジリアン柔術は、道着を使ったテクニックなどもあります。これは、非常に難しいと思うんですよ。週に一度の練習では、上達はかなり困難でしょうね。ただし、これはあくまで私の個人的な意見です。中には、週に一度の練習でも上達する人もいるかもしれません。こればかりは、やってみないとわからないです。ただ、スポーツ経験ゼロで予備知識もなく、週に一度しか練習時間の取れない社会人がブラジリアン柔術を始めたら、ちょっとついていけないものを感じるかも知れません。

　一方、打撃系はといいますと……パンチやキックといった動きは、とっつきやすい部分があるでしょう。何より、暇な時間に自宅でひとりで練習できるという利点があります。

　組み技の場合、技を習得するには相手が必要です。特に絞め技や関節技などは、人間を相手に技をかける「打ち込み」という練習が必要なんですよ。ひとりだと、この打ち込みが出来ないのが痛いですね。

　これが打撃だと、ある程度のレベルまではひとりで出来ることがあります。実際、とあるキックボクシングジムに入会したら、鏡の前でワンツーだけを半年間やらされた……という話もあります。これは極端な例ですし、今はこんなジムはないと思います。が、そんな練習方法でも、初心者のうちは上達できるんですよ。これが、打撃の利点ですね。

　週に一度ジムに行き、ジャブやストレートという技を習う。習った技を、暇な時間に自宅で練習してみる。その繰り返しで、技を習得し上達する喜びを知る。ひいては、社会生活におけるスパイスのような役割を果たす……これが、現代の格闘技の意義ではないかと思うんですよ。

　これが組み技だと、習った技を自宅で復習するということが出来ないんですよね。でかい人形を買って技の練習……という方法もあるにはありますが、やはり人体と比べると違いますからね。全くの未経験者な上に練習時間の少ない人が始めるには、ちょっと難しい気はします。ただ、これはあくまで私の意見です。週に一度の練習でも、パッと技を覚えてしまえる上にスパーリングでも使いこなせる……という人も、現実にいます。こればかりは、やってみないとわからないですからね。

　というわけで、興味があるなら、とりあえず始めてみよう……というのが結論です。なんだか、まとまりがなくてすみません。

　ちなみに、経験者の場合は別です。基本的な動きが身についている人なら、週に一度の練習でも何の問題もないでしょう。実際、私の通うジムにも、週に一度だけ寝技のスパーリングのみ参加する人が数人います。人によっては、スパーリングだけで強くなるケースもありますから……ただ初心者のうちは、さすがに無理がありますが。