ロッキーの罪
今年(二〇一九年)の一月、ロッキーの続編とも言える映画『クリード2』が公開されました。どのくらいの人気なのか私にはわかりませんが、もう観に行ったという方もいらっしゃるかも知れませんね。
一応、知らない方のために説明しますと……映画『クリード2』の主役は、ロッキーシリーズの名脇役であるアポロ・クリードの息子であるアドニス・クリードです。しかも今回の対戦相手は、『ロッキー4』で父のアポロをリング上で殺したイワン・ドラゴの息子であるヴィクターです。これは、ロッキーシリーズのファンとしては感慨深いものがありますね。
私は、この『ロッキー4』という作品は大好きです。いや、大好きでしたと書いた方が正確でしょう。もちろん、今もロッキー4は好きです。が、自分でも格闘技を始め、リングでの殴り合いを実際に自分の体で体験してみると、あの映画に対しいろいろと思うことがあるんですよね。
まず思ったのは、映画の中で科学的トレーニングが、あまりにも雑な扱われ方をしているんですよね。しかも、ロッキーのトレーニング方法がとんでもないものばかりなんですよ。昔のスポ根マンガのように、スパーリングもせず山小屋にこもって大自然の中でトレーニング……これ、絶対に勝てないですからね。断言しますが、これは明らかに間違ったやり方です。山の中というのは、不測の事態も起きやすいですから……トレーニング環境は最悪といっていいでしょう。
余談になりますが、こうした「科学的トレーニングを積んだ悪役を、最悪な環境で非科学的なトレーニングを積んだ主人公が倒す」という映画は少なくありません。科学的トレーニングの先進国であるアメリカですら、そうした作品が作られているんですよね。
これは結局のところ、科学的トレーニングを積んだ悪役というのは金持ちを象徴しているんでしょうね。非科学的なトレーニングを積んだ貧乏人が、金持ちの悪役を倒す……そこに、観客の心をくすぐるものがあるんでしょうね。
しかし、ロッキー4にはさらに酷い部分があります。それは、アポロがリング上で死ぬシーンです。
一応、説明しますと……アポロとドラゴが試合をするのですが、圧倒的な強さを誇るドラゴの猛ラッシュで、アポロは棒立ちになります。セコンドに付いていたロッキーはタオルを投げようとしますが、リング上のアポロは目でそれを拒絶します。結果、アポロはドラゴの強烈なパンチを受け続け、リングで死んでしまいました。
この場合、はっきり言ってドラゴに罪はありません。罪があるのは、セコンドに付いていたロッキーと試合を任されていたレフェリーです。
これはボクシングに限りませんが、打撃技のある格闘技において、選手は相手を叩き潰すため全力を振り絞っています。「噛まなきゃ噛み殺される。だから必死で、死に物狂いで噛みつくんだ」と言っていたのは『あしたのジョー』の矢吹丈ですが、やらなきゃやられるのがリング上です。
ですから、選手は必死で闘っています。殺す気、とまではいかなくても、それに近い精神状態で闘っています。また、圧倒的に不利な状況であっても、闘い続けてしまうんですよ。
だからといって、選手を死ぬまで闘わせるわけにはいきません。時には選手の意思を無視しても、試合を止めなくてはならない局面はあります。それを行わなくてはならないのが、レフェリーでありセコンドです。
特に、セコンドの役割は重要です。リング上での選手の状態を見極め、タオルを投げるかどうかを素早く判断しなくてはなりません。時には、まだ選手が闘える状態であっても、このまま続けさせれば怪我が悪化すると判断しタオルを投げたケースもあるそうです。さらには「止めんの早いんだよ!」と、選手から殴られた人もいたとか。
それでも、セコンドに付いた以上は勇気を持って決断しなくてはなりません。選手が取り返しのつかないダメージを負う前に、タオルを投げなくてはならないんですよ。レフェリーもまた同じです。選手の状態を見極め、無理と判断したら止める。これは、非常に大切です。
ロッキー4において、アポロの死というのはストーリーの大切な部分を担っているのは間違いないでしょう。ただし現実の格闘技では、死亡事故というのは絶対に起きてはならないんですよ。これは、単なる勝ち負けよりも大切です。
よく「俺は素手で人を殺せる」などと発言する輩がいますが、格闘家は素手で人を殺せるからこそ、レフェリーやセコンドの役割が重要なんですよ。仮に、ロッキー4のようなことが現実にあったとしたら……レフェリーやセコンドに付いたロッキーの責任問題を問われるかも知れません。
などと、いろいろ書き連ねてきましたが、私はロッキー4は嫌いではありません。クリード2もヒットして欲しいです。ただし、現実の格闘技におけるレフェリーやセコンドの役割の重要性も知っていただけると幸いです。




