幸運
今回は、私が格闘技を始めた当時のことを書かせていただきます。当時は、深く考えないままジムに通っていましたが……今になって振り返ると、不思議なものを感じるんですよね。なお、登場する名前は全て仮名です。
たまたま見かけた、駅の近くの総合格闘技ジム。そこに私が通い始めたのは、かれこれ十年近く前です。当時は、全く未経験だった寝技を体験してみよう……という軽い気持ちでした。
そんな私ですが、格闘技を始めた時、既に体重は八十キロを超えていました。もともとウエイトトレーニングをやっており、ベンチプレスも百二十キロは軽くクリア出来ております。平均的な日本人に比べれば、筋力は遥かに上だったわけですね。
そんな私が、一般人と一緒に格闘技をするとなると、単純に体格だけで圧倒してしまえるんですよ。特にレベルの低い者同士だと、体格差というのは本当に致命的です。普通の格闘技ジムならば、入ったばかりの私が、他の人たちをバッタバッタと倒していく……そんな状況になっていたかもしれません。
しかし、そうはなりませんでした。
当時、ジムにはとんでもない人たちがウヨウヨしていました。プロボクサーとプロキックボクサーのライセンスを取得していたアトーさんは七十キロを超えていましたし、後にプロの総合格闘家としてデビューするイージーさんも柔道経験者で七十五キロほどありました。イタさんはサラリーマンですが、ブラジリアン柔術をみっちりやっており体重も七十キロ超えです。さらにオーコンさんは九十キロ近くあり、骨太のガッチリした体格でした。私と比べても、力負けしないような猛者たちが揃っていたのです。
しかし、何と言っても別格だったのはルーさんですね。ルーさんはアメリカ育ちのハーフでして、百八十センチ超えの身長と八十キロほどの体格でした。
このルーさん、とにかく力が強かったです。ベンチプレスなどはあまりやっていなかったそうですが、生まれ付いてのナチュラルな強さを持っていました。私よりも、確実に力は強かったです。ルーさんと組み合ってみると、欧米人に特有のナチュラルな力というものを肌身で感じられた気がしますね。
こういう人たちに揉まれていくうちに、私は格闘技にのめり込んでいった気がします。体格的に引けをとらない人が相手では、力ずくの攻撃は通用しない。では、どうするか。そのためにはトレーニングの方法も考えなくてはなりませんし、地味な技術練習である打ち込みもしなくてはなりません。
そんなこんなで練習していくうち、アマチュアの試合にも出場するようになりました。プロ志望のイージーさんやオーコンさんたちと共にアマチュアの総合格闘技の試合に出場し、その後も試合にエントリーするようになったのです。
さて、今になってみると、当時の私は本当に恵まれていたなあ……と思うんですよ。
周りに、体格的にも引けをとらないような強い人がいなかったら、私はどうしていたか……ひょっとしたら、すぐにやめていたかもしれません。強い練習相手がいるからこそ、自分も強くなれるんですよ。逆に、弱い人としか練習しなかったら自分の進歩もありません。まあ、こんなことはいちいち言うまでもないのですが……たまに、自分より小さな体格の人しかいないようなジムで無双し俺ツエー状態になり、大した技量もないのに格闘技を分かった気になってしまう人もいるらしいんですよね。これは、ある意味では不幸です。
余談ですが、上に登場したルーさんは、あっさりと格闘技をやめてしまいました。この人、当時は二十代であり、身体能力は凄まじいものを持っていたのですが……見ていて、もったいないと思いましたね。
先日、寝技の師匠と話したのですが……優れた素質を持ちながら、あっさりとやめてしまう人は少なからずいるんですよ。こういう人は、結局のところ才能がなかったということになるのでしょうか。ジャンルを問わず、続けられることも才能のひとつですね。すくなくとも私は、今なら当時のルーさんに圧勝できますから……もっとも、それは当たり前の話ですが。




