試し割りについて
今回は、試し割りについて語ります。念のため説明しますと、試し割りとは手刀で杉板を割ったり、コンクリートブロックを蹴りで破壊したりするアレです。空手などの武術の演舞では、よく行われていますね。
実は、この試し割りを否定する人は少なくないんですよ。例えば、ブルース・リーはとある映画にて、板を割った格闘家に向かい「板は反撃しない」と言っています。この発言から、「ブルース・リーは試し割りを否定している」「試し割りなど、闘う上では何の意味もない」と信じている人もいるようですね。
私は、本格的な空手の経験はありません。試し割りなど、したこともありません。そんな私が偉そうに語っていいものなのか……と迷いはしましたが、私以上に経験のない人たちが「ブルース・リーはこう言っている。だから試し割りは無意味だ」と主張しているケースもあります。なので私も「試し割りは、ちゃんとした意味があるんだよ」という意見を述べても構わないのではないかと。なお付け加えますと、ブルース・リー自身は試し割りを完全否定していたわけでもないようです。
まず、空手や拳法などの武術には、伝統文化の側面もあるということは知っておいていただきたいですね。
一見すると、無意味な動きに思える基本や型……「こんなことやったって強くなれないだろ」と感じる人もいるかもしれません。
基本や型をやっていて、強くなれるかどうか? それは、ひとまず置きます。ここで言いたいのは、基本や型は武術の歴史を語る上で欠かせないということです。無意味なように見える動きの中に、当時の歴史や戦い、さらには武術の成り立ちを我々に伝えてくれている……そんな側面があるんですよ。
試し割りにも、同じ側面があります。昔の武術家たちが、自身の技の威力を試すために板を割る。修業を重ね、割れないものが割れるようになる……そうした歴史的な部分というのは、武術を名乗る以上は外してはいけないのではないでしょうか。
また、フルコンタクト空手では試合にて引き分けとなった場合、試し割り判定というものがあります。杉板を正拳、手刀、猿臂、足刀という四種類の技でそれぞれ枚数を割り、割った合計枚数により勝敗を決めます。流派によっては、瓦を割る場合もあるようです。
この試し割り判定、個人的にはとてもいいと思うんですよね。言うまでもなく、試合にはルールがあります。使えない技もあるでしょう。しかし空手をやる以上、試合で使う技だけを磨くわけにはいきません。
さらに試し割りには、試合とは違ったタイプの技量が求められます。一瞬の集中力、一撃の破壊力などなど……試し割り判定を導入することにより、空手家としてのトータルの実力が計れるわけですね。
言うまでもなく、試し割りを成功させるには日頃の鍛練が必要です。鍛え抜かれた拳や足により、硬い物を破壊する……それは、中途半端にかじった程度の人間には不可能です。試し割りについて批判するなとは言いませんが、批判する前に「なぜ存在するのか」について考えてみることは大切ですね。
と結論を書いたところで、ここから先は蛇足です。試し割りのうち、自然石割りとビール瓶切りにはトリックがあります。自然石割りについては某格闘技漫画などで書かれているので省きますが、ビール瓶切りは熱した針金などで切れ目を入れておくそうです。そうすることにより、スパンと切れるとか。
もっとも、トリック無しでビール瓶切りをやってしまう達人も存在しています。あくまで聞いた話ですが、太い角材を手刀で切ってしまった達人もいたそうです。折る、のではなく切るんですよ。もはや魔法にも匹敵する技ですね。太い角材ともなると、刀でスパンと切断することも難しいのに……我々には想像もつかないような人間もまた、格闘技の世界には存在しているのです。




