安全な練習の大切さ
先日のことですが、打撃のスパーリング中に相手の膝が私の額に当たってしまいました。
その直後、ポタポタと垂れる鮮血……そう、私の額は膝によりパックリと切れてしまったのです。
これには、さすがの私も驚きました。かれこれ十年近く格闘技をやってきましたが……額がパックリ切れたのは初めての経験です。こんなに流血するのか、と思うくらい血が出ました。ちょっとだけ悪役レスラーの気分を味わいましたね。
ちなみに、相手は某プロのA選手です。Aさんの名誉のために言っておきますが、完全に私が悪かったのですよ。私は低い姿勢から突進し、Aさんを両手で思い切りプッシュしてからの打撃をしようという狙いだったのですが、その突進した瞬間にAさんも前蹴りもしくはミドルキックを出そうとしていまして……結果、見事に膝が入ったわけです。
この体験から、改めていろんなことを学んだ気がしました。十年近く格闘技をやっていたのに、まだまだ知らないことがあるんだな……と思いしらされましたね。
まず皆さんに知っておいていただきたいのは、制限や禁じ手をなくせばいい……というのは、格闘技においては間違った考え方なんですよ。少なくとも、練習する上ではマイナスにしかならないですね。
何故かというと、危険な技を本気で練習していたらシャレにならない怪我を負うから、なんですよ。
想像してみてください。目潰しや金的蹴り、さらにはもっとヤバい技を本気で練習していたら、果たしてどうなるか……まあ、怪我人が続出するでしょうね。怪我をすれは、練習が出来ません。このエッセイでも書きましたが、怪我をして練習が出来なくなれば、かえって弱くなるだけです。
実際の話、昔の空手道場などでは……お母さんが息子を入門させようとしたら、出てきたのが顔面が変形して片耳がちぎれ、前歯が一本もない師範だったというケースがあったそうです。お母さんはドン引きして、息子を入門させなかったとか。
それはともかく、危険な技ばかり練習していたら、怪我人が増えますし、新しい弟子も入って来ません。必然的に、その流派は滅びるんですよ。
また、これは余談ですが、ムエタイには肘打ちという技があります。「上手く使えば、人を殺せる」という某漫画のセリフが広まり、勘違いしている人も多いようなのですが……Kー1などで肘打ちが禁止になったのは、単に危険だからという理由だけではないんですよ。
肘打ちは、相手の顔の皮膚を切ることが出来ます。それこそ、額をパックリと切ることも可能なんですよ。額が切れれば、当然ながら流血します。大量の流血があれば、試合続行は不可能……したがって、切られた方のTKO負けとなるわけです。
ムエタイでは、肘打ちによるTKOを狙うことがありますが、日本のテレビにおいて流血というのは、あまり歓迎できない事態です。そんな理由から、肘打ちは禁止になったのです。もちろん、危険な技だからという理由もありますが。
しかし今では「上手く使えば殺せる」という言葉だけが先に広まってしまった、そんな気がしますね。肘打ちはムエタイのみならず、キックボクシングやUFCでも普通に使われているのですが……。
ついでに、もうひとつ書いておきます。肘打ちで相手の顔を切るには、かなりの練習が必要です。肘打ちを何度もサンドバッグに叩き込み、己の肘を凶器へと変える……この手順があってこそ、肘打ちは危険な技になるのです。
ただ、肘打ちや膝蹴りのような技や、さらなる危険な技を対人相手にバンバン練習していたら、確実に怪我人が増えます。下手すると死者が出るかもしれません。強くなる前に、練習の段階で死んでしまっては何の意味もありません。
かといって、型稽古のような練習だけしていたのでは……結局のところ、強くはなれません。型稽古を否定するつもりはないですが、それだけでは格闘技としてどうなんだろう、という気はします。試合という経験から学ぶものは、非常に大きいですからね。
というわけで、今回言いたかったことは……危険な技をどんどん認めて安全性を無視したら、格闘技としての存続すら危うくなるということなんですよ。
怪我人が続出しているような流派には、当然ながら誰も入門しません。某拳法のように一子相伝というシステムにしたところで、息子が怪我をしたり死んだりしたら終わりです。
安全性を考えた練習体系があれば、多くの人が練習に参加できます。そうすれば技術レベルも上がりますし、その中から才能を開花させる人も出てくるでしょう。
逆に安全性を無視した練習を繰り返していたら、その流派は確実に廃れていきます。「危険な技」「実戦的な武術」といった中二的な要素に憧れるのも結構ですが、安全性というものの大切さについても、一般の人には考えていただきたいですね。
まあ、危険な技を練習している流派のはずなのに、師範や門下生たちの顔に傷ひとつなく耳も潰れていない道場もありますが……その実情は、推して知るべしでしょう。私のような、武術家とは呼べないようなレベルの人間ですら、額がパックリ割れる体験をしているのですから。
最後に、念のため付け加えますが……私は、怪我自慢をしているわけではありません。練習中に怪我をするのは、ほとんどの場合が注意不足によるものです。特に今回の場合、明らかに私のミスでした。私の怪我のせいで、ジムは結構な大騒ぎになりましたし……こんなことは、絶対に起こしてはなりません。




