これだけはやめましょう
格闘家のトレーニングのやり方は十人十色です。人によって、さまざまなやり方がありますね。
朝、五時に起きてすぐにランニングする人がいるかと思うと、昼の十二時に起きて夕方からジムに行き、あとは一切トレーニングしない人もいます。バーベルやダンベルを用いたウエイトトレーニングに精を出す人がいるかと思うと、昔ながらの腕立て伏せ二千回やスクワット三千回といった自重トレーニングを重視する人もいます。
どんなトレーニング方法にせよ、続けていけば何らかの効果はあります。まして、体質というものは人によって異なります。Aさんには驚くほどの効果をもたらしたやり方が、Bさんにはまったく効果無し……こんなのは、珍しいことではありません。
基本的にキャリアの長い格闘家は、自身にもっとも効果のあるトレーニング方法をちゃんと熟知しています。彼らはさまざまな方法を試し、効果が実感できたものを取り入れ、効果がなかったものは捨てていきます。その繰り返しの末に今があるわけです。
そのトレーニング方法には、端から見ればおかしなものもあるかもしれませんが、他人が一概に否定することは出来ません。
ただ私も、これだけはやめた方がいい……と思えるものが存在します。
それは独学です。ジムや道場に行かず、自宅にこもり一人で武術の練習に励む……これはオススメ出来ません。なぜかというと、デメリットがあまりにも多く、しかも大きいからなんですよ。
まず独学では、技の正解が分かりません。本やDVDなどをいくら見ても、そこから伝わるのは一面的な情報だけです。その情報を元に体を動かしたところで、正しい動きが身に付くとは思えません。
ボクシングの左ジャブからの右ストレート……いわゆるワンツーは基本中の基本ですが、このワンツーですら素人が打つと、ほとんどが手打ちのパンチになります。下半身の回転や腰のキレがない、腕で殴るだけのパンチになるんですよ。
しかも独学の場合、その手打ちのワンツーを正解と思いこみ、ひたすら練習してしまう可能性が非常に高いですね。結果として、間違ったやり方を身に付けてしまいます。これなら、やらない方がマシと言わざるを得ません。
さらに独学の致命的な欠点として、対人の練習が出来ないということが挙げられます。
どんなに強力な技があっても、その技を使う前に相手に倒されてしまったら終わりです。
実際の闘いでは、相手は止まっていてくれません。磨いてきた技を、動いたり反撃したりしてくる人間相手にどうやって当てるか……そこに格闘技の難しさがあります。
そういった技術を一切学べないのが、独学を認められない最大の理由ですね。
昭和の時代に空手をやっていた知人から聞いたのですが、ごくたまに本当に勘違いしている人間が来たそうです。「私は独学で何トカ流の拳法を学んだ」などと自信満々の態度で現れ「師範と立ち会いたい」などと言ってきたとか。
で、その実力はというと……師範どころか、一般の色帯の生徒にのされる程度だったそうです。一番ひどかったのは、のされた直後に泣きながら逃げ帰った人がいたとか。
誤解しないでいただきたいのですが、私は空手が強いとか拳法が弱いとか、そんな話をしているのではありません。独学というのは、得てしてこういう「井の中の蛙」状態になりやすいんですよ。外界から遮断された、自分だけの空間……そこでは、自分の認識以外に道標になるものがありません。
そうなると「俺はこれだけ練習した。だから強い」という誤った自信を手に入れる可能性もまた、非常に高いですね。
人は独りでは生きられません。強くなるためには、他人の存在は大切なんですよ。他人からの指摘を受け、自分の間違いを知る……これは非常に大事です。
さらに、他人に技を試すことや他人の技を受けるのも重要です。そうした過程を経て、人は初めて強くなれます。その過程の無い独学では、絶対に強くなれない……これだけは断言できますね。
最後に、独学のメリットというものをあえて挙げるなら、自分の好きな時間に好きなペースで出来るということでしょうか。基礎体力を高めるための腕立て伏せやジョギングという種目のみに絞るなら構わないとは思いますが……これも難しいところですね。
格闘技を習えない環境にあるなら仕方ないですが、そうでないならちゃんとしたジムや道場に通うべきですね。「井の中の蛙」状態のもっとも怖い点は、自身の弱さやみっともなさに気づけないことですので。




