ジャイアントキリング
これまで、格闘技における体格やパワーの重要性について何度も語ってきました。実際の話、体格差というものは経験しないと理解できないかもしれません。
ただし、これが当てはまらないケースもあります。たとえばボクシングの世界チャンピオンクラスの選手の中には、階級が上の選手とスパーリングをする場合もあるそうです。
なぜ、わざわざ階級が上の選手とスパーリングをするのかといいますと、世界チャンピオンクラスともなれば、パンチ力は同階級でも桁外れです。並の選手ではそのパンチに耐えられないため、仕方なく上の階級の選手とスパーリングをするそうです。
かつて、ロベルト・デュランというボクサーがいました。母国パナマの英雄であり『石の拳』との異名をとり、ライト級からミドル級まで計四階級のチャンピオンになった伝説のボクサーです。
このデュランがライト級の時の話ですが、あまりにもパンチが強いため、ミドル級の選手を相手にスパーリングしていたとか。普通のライト級とミドル級なら、パンチ力や打たれ強さがまるきり違うのですが……デュランはやはり桁外れのようですね。
とはいえ、さすがのデュランでもヘビー級の選手が相手だったら、こうはいかなかったでしょう。四回戦クラスの選手が相手でも苦戦するかと思います。が、デュランも天才的なボクサーでしたので……ひょっとしたら、倒してしまうかもしれませんね。
ともかく、世界チャンピオンクラス、あるいはオリンピックで金メダルを取るような選手ともなると、我々の常識など通用しません。多少の体格差などものともせず倒してしまえるのです。
ただし勘違いして欲しくないのですが、彼らはもともとの身体能力からして、我々とはレベルが違います。その上、技術的にも超一流であり、さらにハイレベルなトレーニングを積み重ねています。しかも、精神面においても我々とは比べ物になりません。
そんな人間だからこそ、体格差をはねかえして勝利できるのです。
さて、ここで小が大を制した試合を紹介します。一つは二〇〇七年にKー1ルールで行われた、ニコラス・ペタスVSキム・ヨンヒョン戦です。
動画などで見ていただけると分かるのですが、身長はなんと四十センチ近い差があります。体重も五十キロほどの差があり、通常ならばまともな試合にはならないでしょう。特に打撃のみに限定されたルールの場合、このリーチの差と体重差は厳しいものがありますね。
しかし、試合は意外な展開となりました。ペタスは序盤、徹底してローキックでキムの左足を攻めます。もともとペタスは極真空手の出身であり、ローキックの使い手でもあります。その威力は強烈でした。
キムの足は、ペタスの徹底したローキックにより腫れ上がっていきます。そして2ラウンドには、ペタスのパンチが顔面を捉えキムはKO負けしました。
この試合、序盤のローキックが鍵なんですが……これ、文章で書くと簡単です。しかし、実際にやるとなると難しいんですよ。ローキックに対し、相討ち覚悟のパンチでカウンターを合わせられると一発で終わりです。
しかし、ペタスは素早い動きで撹乱しつつ、徹底的したローキックで足を潰します。事実、このローキックによりキムは一度ダウンしました。
足を痛めつけられると、キックはもちろんパンチも打ちにくくなります。パンチは、下半身のふんばりも重要ですので……やがて動きの止まったキムに対し、ペタスは顔面へのパンチでとどめを刺しました。
その前の二〇〇四年には、元横綱の曙とホイス・グレイシーが対戦しています。身長差は二十センチほどですが、体重差はなんと百キロ以上あります。普通なら、まともな闘いにはならないでしょう。
しかし、ホイスは見事な闘いぶりを見せました。曙のパワーを完璧に封じ込め、下からの関節技で見事に仕留めたのです。
ちなみに曙の格闘技における成績は、決して芳しいものではありません。ただし、練習に付き合った格闘家の話によると「パワーは化け物。勝てる気はしない」だそうです。それに格闘技に転向した時には、既に峠を超していましたし……個人的には、せめて脂肪を落とせなかったのかとは思いますね。
この他にも、ミノワマンVSジャイアント・シルバ、須藤元気VSバタービーン、成瀬昌幸VSヤン・ノルキヤといった「小よく大を制する」試合があります。ただし、勘違いして欲しくないのですが……彼らは皆、パワー、スピード、スタミナといった要素を極限まで鍛えぬいています。単純に技術のみで勝ったわけではありません。
小が大に勝つには、まず大にダメージを与えられるパワー(ここは非常に大事です)、大に捕まらないスピード、大より長く動けるスタミナが必要です。仮に五十キロくらいの格闘技をかじっただけの人が百キロを超す人間と闘っても、まず勝つことは出来ないでしょうね。
蛇足ですが、昔はこうした巨大な格闘家がよく出ていました。彼らは格闘技を知らない一般の方々にとって、非常に分かりやすいキャラでしたね。
一時期のKー1は、こういう選手をメインに据えた「モンスター路線」で人気を博していました。このモンスター路線は、ファンからの評判は悪かったですね。しかし一般ウケということを考えると、添え物としてなら有ってもいいかな……とは思います。




