脳筋という言葉について
脳筋という言葉があります。脳が筋肉で出来ているような人物のことを指すようですが……これ、良い印象を与える言葉ではないですよね。少なくとも、他人に対してこの言葉が使用された場合、そのほとんどが悪口でしょうね。
格闘家にも、この脳筋という言葉が使われることがあります。逆に、自らを脳筋だなどと言う格闘家は見たことがありません。なぜかと言えば、格闘技は基本的に頭を使うからです。実際にやってみると、そのことがよくわかりますね。
格闘技はまず、鍛え方からして頭を使うんですよ。
今では当たり前の話ですが、何も考えず闇雲にサンドバッグを叩いたからと言って強くはなれません。もちろん、何もしないでいるよりはマシですが。
強くなるためには、いろんな要素をバランスよく鍛えなくてはなりません。たとえばミット打ちなどは、ボクシングやキックボクシングさらに総合格闘技において必須科目です。
ところで、このミット打ちですが……非常に難しいんですよ。トレーナーの指示に応じてパンチをミットに打ちますが、単純なジャブやストレートといったものですら、咄嗟に言われると出てきません。
ましてや高いレベルになると、横で聞いているだけで頭がこんがらがります。
「まずワンツー、次に右にウィービングしてのアッパー、さらに左右の攻撃をブロックして右のストレートを叩き込む、いいな?」
こんなこと、聞いた直後に忠実に再現できますか? 私は無理です。しかし、プロもしくはプロレベルの人たちは、この説明だけで動けてしまうんですよ。
ここに蹴りが入ると、さらにややこしいことになります。
「牽制の左ミドルから右ストレート、左フック。そこからブロックした後、相手をプッシュしてワンツースリーからの右ロー」
一応、解説します。初めに牽制の早く軽い左ミドルキックを放ち、右ストレートから左フックを打ちます。するとトレーナーがミットで軽く叩いてくるので、それを両腕でガード(ブロック)します。直後にトレーナーを両手で思い切り押して間合いを離し、左ジャブ、右ストレート、左フック、右ローキック……という動きなんですよ。
プロの格闘家たちは、この動きを耳で聞いただけで完璧に再現することが出来ます。これ、完全なバカには出来ないのはお分かりでしょう。
当たり前の話ですが、人間が動くには脳の働きが必要です。脳が指令を出して、手足が動くわけです。ところがパンチにしろキックにしろ、ただ単純に手足を動かしているわけではありません。
例えば左ジャブからの右ストレート……いわゆるワンツーは、打撃系の格闘技ではもっともポピュラーな技です。一見すると簡単ですが、ジャブは複雑な動作なんですよ。ましてや体重を乗せたストレートなんかは、本当に難しいですね。
さらに、上に挙げたようなコンビネーションでは……パンチとキックを立て続けに繰り出します。これは、優れた頭脳の働きがないと無理なんですよね。格闘家を脳筋などとバカにしている人たちには、是非ともハイレベルなミット打ちをやっていただきたいものです。
さらに寝技となると、これはもはや幾何学的と言いましょうか……例えるなら詰め将棋というか、高レベルのぷよぷよのごとき難しさがありますね。
絞め技にしろ関節技にしろ、複雑な手順を踏んだ上で技をかけなくてはなりません。
例えばバックチョークは、背後から相手の首に腕を回して絞める技です。言うまでもなく、相手と正面から向き合った状態でかけるのは不可能ですね。
では、どうやって背後に回るか……これが、寝技の攻防の深いところです。そこには、背後に回るための様々な技術が存在しています。まずは、それらの技術や手順を完璧に覚えていなくてはなりません。この時点で、バカでは無理だというのはお分かりでしょう。
さらに寝技の攻防においては、引き出しの多さも勝敗を分ける要因となります。相手の動きや体勢を見て、仕掛ける技を変えていける人は強いですね。次々と違う技をかけていける……この寝技地獄は本当にキツいです。
格闘技において、脳の働きというものは欠かせません。状況を判断し考え、次の動きを決断する……要は頭を使わなければ勝てないんですよ。
格闘技向けの頭の良さというのは、大学教授や医者に要求される頭の良さとは異なるものです。それが分からない人が「脳筋」などと言っているわけですが……人の脳をどうこういう前に、まずは自分の知識不足を知って欲しいものです。




