両極端な話
今回は趣向を変え、人間の筋力について語ります。格闘技と筋力とは切っても切れない縁がありますが……誤解されている人があまりにも多いような気がしましたので。
先日、ツイッターにて偶然にとある作家さんの呟きを見たのですが……そこには、こんな風なことが書かれていました。
「どう見ても20㎏超えてる大剣なんて人類が振れるわけないW」
私は首を傾げました。いや、二十キロなら振り回せるだろ……と。少なくとも、私ですら三十キロのダンベルを片手で十回以上挙げることが出来ます。
確かに二十キロの剣は、バーベルやダンベルと違い、持ち上げやすい形ではありません。しかし、両手で持てば私のような人間でも扱うことは可能です。
ましてや、天性の才を持った人間ならば容易いでしょう。例えば……格闘家ではありませんが、昭和の脱獄王といわれた故・白鳥由栄は六十キロの米俵を片手で軽々と持ち上げたそうです。体格は小柄でしたが、看守の目の前で手錠をねじ切ったこともあったとか。どこかの刑務所には、白鳥がねじ切った手錠が未だに保管されているそうです。
海外に目を向ければ、さらにとんでもないのが大勢います。アレクサンダー・カレリンに関しては今さら述べるまでもないでしょうが、怪力ナンバー1を決めるストロングマン・コンテストを見れば、我々の常識など通用しない化け物が実在しているのを確認できます。
では逆に、件の作家さんは何故そのようなツイートをしたのでしょうか? 恐らくは、日本刀の重さが二〜三キロであるという事実や剣道経験者の話、そして自身の筋力などから考慮して「二十キロを超すような大剣を振れる人間などいない」と結論を出したのでしょう……間違った結論であることに変わりはないですが。
上で挙げた例は、人間の筋力というものを理解していないがゆえに起きた誤解ですが……違うタイプの誤解をする人もいます。
例えば、女性が五つの米俵を担いでいる昔の写真を見て「昔の人間は、みな凄い力持ちだった」「今の科学的トレーニングより、昔の農作業の方が凄いパワーを得られる」などと、本気で信じている人もいるようです。
米俵は、一つが約六十キロです。したがって、五つ担げば三百キロ……昔の日本人女性は、そんな物を担いでいたのでしょうか? 結論から言うと、そんなことは有り得ません。
私は当時の日本人の体格については知りませんが、三百キロという重さは人ひとりの体を簡単に潰すことが出来ます。
実際、三百キロのバーベルというのは……力士ですら扱いかねる重量です。重い重量のバーベルは、下手に担げば背骨が潰れますし、トレーニングしているうちに背が縮むという説すらあるのです。
つまり、三百キロというのは簡単に人体を破壊できる重量だということです。
その事実を踏まえた上で、件の画像を見てみますと……何と言いますか、五俵を背負っている女性の顔や体に、力みや緊張感がまるきり感じられないんですよ。
三百キロのバーベルを担ぎスクワットをやっている人の映像を見ていただけると分かるのですが、表情には気合いが入っています。また、全身に力がみなぎっているのも伝わってきます。さらに、挙げる瞬間の動きなど……とにかく、重さと力とが、見ているこちらにも伝わってきます。
ところが、件の画像からは……重さも力も全く伝わってきていません。三百キロを超える重さを支えている、そんな感じが女性から伝わってこないんですよ。女性の表情ものほほんとしており、何をしてるんだろうか……という印象しか受けません。
さらに細かいことを言えば、三百キロの米俵と体を結んでいる紐が、あまりにも貧弱なんですよ。おいおい、こんな紐で大丈夫か……と言いたくなるようなヤワな紐一本で、五つの米俵を体にくくりつけております。異様に頼りないんですよね。
とまあ、こんな風におかしな点を挙げていくとキリがないので、ひとまずここまでとします。暇な方は画像を検索し、間違い探しならぬ変な点探しをしてみてください。
ただ恐ろしいことに、世の中にはこの画像を真実だと思い込み、「昔の日本人は今のオリンピック選手よりも遥かに力が強かった」などと言っている人もいるようです。怪しいものを怪しいと思う機能がないのでしょうか……。
ここまで書いてきましたが、私が今回言いたいのは、未経験者が頭の中だけで考えたリアリティーと、経験者のリアリティーとは違うということです。
未経験者というのは、結局のところ自身の体を通して得た知識がありません。ですから頭の中だけで考えるしかないわけです。
そうなると、両極端になってしまう傾向があるようですね。二十キロの大剣を振れる者などいないなどと言い出したり、あるいは昔の女性は三百キロを簡単に担げたなどと言い出すかもしれません。
はっきり言うなら、そのどちらも真実ではありません。格闘技、とまではいかなくても……せめてウエイトトレーニングをやってみれば、二十キロという重さがどの程度のものかは分かります。
また、重たいものを持ち上げる際に人間の表情や体にどんな変化があるか、ということも知ることが出来ます。結果、昔話にありがちな嘘を見抜くことも出来やすくなります。
もっとも、なろう作品の読者の大半は騙されやすい人だったりします。昔の女性が三百キロを担いだという画像を見たら、あっさり信じてしまう人が九割を超えるでしょうね。 ですから、リアルな知識など知ってても、なろうでの人気には繋がらないのが悲しいですが。




