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格闘技、始めませんか?  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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移動はつらいよ

 以前、私の知り合いが逮捕され、本庄警察署の留置場に入れられていたことがありました。

 で、面会に行くため私は本庄警察署へと向かったのですが……電車で、片道三時間近くかかったでしょうか。到着した時、妙に疲れたのを覚えています。何もせず、ただ座っているだけでしたが、精神的に来るものがありましたね。これが旅行だったら、さほど苦にならないのかもしれませんが、捕まった友人の面会というのは……。

 もっとも、通勤時間が二時間超という状況の知人に言わせると「んなもん慣れだよ」ということでした。


 言うまでもないことですが、格闘技は様々な場所で試合が行われています。今、この瞬間にも世界のどこかで試合が行われていることでしょう。

 プロはもちろんのこと、アマチュアの試合もまた各地で行われています。普段、格闘技に興味のない人でも、地元で開催されるなら見てみようか……と思う人もいるかもしれせん。またファンにとってはありがたい話ですよね。試合を観るため、わざわざ都心に出向く必要がないですし。

 しかし、選手の側にしてみれば……これが大変なんですよ。以前にも書いた通り、選手は試合前、ピリピリした精神状態です。はっきり言ってしまうと、ちょっとしたことでイラつくような状態です。

 そんな時に、朝早く起きて車や電車で数時間移動となると……とてもキツいですね。移動している時間は本当にイライラします。

 また車や電車で座りっぱなしというのも、地味に体にダメージを与えます。エコノミークラス症候群という言葉は、皆さんもご存知かと思いますが……そこまでいかなくても、数時間ずっと座りっぱなしという状況は確実に血行を悪くします。

 そんな体調で、試合に挑まなくてはならないというのは……地元の選手に比べ確実に不利だというのは分かっていただけるかと思います。


 まあ、何のかんの言っても……日本国内であるなら、まだマシです。これが外国となると、本当にキツいですね。何せ、言葉が通じません。風習も違いますし、食べ慣れているものも食べられません。さらに、生水すら飲めない国もあります。おまけに、時差ボケという強敵もいます。

 空港で面倒な手続きをして、飛行機に数時間も乗り、着いた場所は異国。時差ボケや風習の違いに苦しみながら、その異国で格闘技の試合を行わなくてはならない……この辛さは、本当に想像を絶しますね。

 ベテランの選手ならば、外国での試合の際の調整方法も、きちんと心得ていたりします。しかし若い選手の場合、慣れない海外での試合で実力を発揮できず敗れるケースも少なくありません。

 最近、日本にてボクシングの世界タイトルマッチが数試合開催されました。それについて、どうこう言うつもりはありません。ただ、日本で試合をするということは……海外の選手にとって、それだけで不利であるという事実を知っていただけると幸いです。



 これから書く話は、あくまで噂レベルのものです。東スポの記事のようなもの、というスタンスで読んでください。


 昭和から平成になったばかりの頃の話です。当時、Aさんという空手家がいました。Aさんの所属していた某流派は少しマイナーでしたが、それでもマニアの間では有名でした。Aさんは、その某流派の中でチャンピオンだった人です。「不世出の天才」「日本最強の格闘家」とも言われていました。

 実際、空手やキックボクシングといった打撃の技術に関しては……当時の日本人選手の中でもトップクラスであったのは確かなようです。


 ある日、Aさんはタイに旅行にいくことになりました。その旅行には、Aさんの他に某流派の館長さんや某流派の関係者、さらには格闘技ファンとして有名な、ある有名作家も同行していたらしいのです。

 そのため、プライベートな旅行というよりは……社員旅行のようなものだったのかもしれません。精神的にも肉体的にも、かなり疲れるものだったようです。


 さて、一行はタイに到着しました。ところが、そこで思わぬ事態が起きます。

 事の成り行きは、私には分かりません。なぜ、そのような展開になったのかは不明ですが……なんと、Aさんは当時のムエタイのチャンピオンと試合をすることになったのです。

 はっきり言うなら、これは正気とは思えません。この時点でAさんは、個人的な事情から半年ほど練習をしていなかったそうです。その上、急遽決められた試合……普通なら、NOと言うでしょう。

 しかし、Aさんはその試合を受けたのです。恐らく、複雑な事情があったのでしょう。「Aとムエタイのチャンピオンの試合が観たい」という有名作家の無責任な一言があったのかもしれません。また、ムエタイのチャンピオンに勝つことで某流派の名を有名に出来る……という館長の思惑があったのかもしれません。あるいは、最近よく使われる「忖度」だったのかもしれません。

 いずれにしても、周囲の人間がムエタイの凄さを軽視していたのは確かなようですね。


 結局、試合は確定しAさんはトレーニングを開始しましたが……始まりからしてトラブル続きでした。

 まずトレーニングの初日、Aさんは脱水症状で倒れたそうです。

 翌日には高熱と腹痛に悩まされ、一日中寝ていたとか……これはもう、仕方ないとしか言い様がありません。半年のブランク、移動による疲れ、いきなりの試合決定、慣れないタイの環境。こうなるのは不運な偶然ではなく必然です。

 しかし、Aさんは負けませんでした。弱音を吐くことなくトレーニングを再開し、最悪の状態でありながらもコンディションを整えて試合に挑みます。

 フィクションの世界なら、逆境を跳ね返しAさんは勝つのでしょう。しかし、リアルの世界は非情です。Aさんは懸命に闘いましたが、健闘も空しく2Rにチャンピオンの左ストレートでマットに沈みました。


 蛇足になりますが、このエピソードに登場した有名作家は……Aさんと同じ流派に所属していたBさん(この人も空手家です)に対し、後に謝罪文を書いたそうです。もちろんAさんの試合とは無関係の、あくまでBさん個人への謝罪文だそうですが。この事実から何を読み取るかは、皆さんにお任せします。







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