気力がなくなる時
気がついてみると、もう三月ですね。光陰矢の如しといいますが、最近は月日の経つのが早くなってきた気がします。
それはともかく、三月から四月と言えば、出会いと別れの季節ですね。私が通うジムにも、四月から地方に転勤になる人がいます。なんとも寂しい限りですね……まあ、こればかりは仕方ありません。
格闘技の世界でも、いつかはリングに別れを告げる時が来ます。某プロレスラーのように、引退してはカムバック……というのを繰り返す人もいますが、基本的には引退したら第二の人生を歩む人がほとんどですね。
引退する理由は人それぞれです。度重なるケガが理由の人もいるでしょう。二〇一六年に亡くなられた千代の富士こと九重親方は「体力の限界。気力もなくなり引退することになりました」との言葉を残していますが、この気力の衰えというのは……肉体の衰えより大きいかもしれませんね。
気力というのは、格闘技を続けていく上ではとても大事な要素だと思います。気力が充実している時は、少々のケガや疲労などものともしません。パッと行動できますし、ハードな練習も「望むところだ」とばかりにこなせます。
ところが、気力が萎えている時は、練習にも今ひとつ身が入らないんですよね。どこか上の空というか、集中できない状態なんですよ。
こうやって文字にすると、大したことないように思われるかもしれませんが……実は決して小さくない問題なんですよ。プロ選手の場合、非常にレベルの高いトレーニングをしています。スパーリングも、試合に近いようなガチの形式でやる場合もあります。
そんな練習を、集中力に欠けた状態でやっていては大怪我に繋がる可能性があります。プロ選手ともなると「今日は気力に欠けていて集中できないから、練習の強度を軽く押さえる」というケースも珍しくないそうです。
格闘技を続けていけば、調子の悪い日はあります。しかし、気力が萎えてきてしまうと……以前のように、トレーニングに打ち込めなくなります。また、試合に対するやる気も失われてしまいます。
この気力の衰えというのは、年齢というより格闘技経験の年数による部分が大きいようです。例えば、幼い頃からずっと柔道に打ち込んできたような人ですと、二十代の半ばで精神的に燃え尽きてしまうケースもあるようです。個人差もありますので、一概には言えませんが。
まあ大抵の場合、少し休めば気力も回復します。しかし、いつまで経っても気力が回復しないケースもあるそうです。酷い時には、トレーニングにも身が入らず、試合の話が来ても今ひとつ気分が乗らず……まるで鬱病みたいな症状になるそうです。
そんな状態が長く続いては、一流のプロ選手として活躍することは出来ません。そんな時、格闘家は引退を考えるのでしょう。ただ、十代のころからプロとして闘い続け、四十五歳の今も(二〇一七年の時点)現役として活動している立嶋篤史さんのような超人も存在していますが。
実は私、今年(二〇一七年)の三月五日にアマチュアの試合に出場する……つもりでいました。しかし、残念ながら出場はしませんでした。色んな用事が重なってしまい、一月と二月はあまり練習時間が取れなかったというのが、一応の理由ではあります。
ただ、正直言いますと……昔だったら、仮に練習不足であったとしても「負けることは恥じゃない、闘わないことが恥だ」の一言でさっさと出場していたはずです。実際、昔は週一回くらいしか練習してない時でも平気で試合に出てましたし。
それが、今回はうじうじ考えている間に期限が来てしまい、結局は出場しないこととなりました。
昔なら、パッと出来ていたはずのことが出来なくなる……これは、明らかに衰えでしょうね。それも肉体的な部分よりも、精神的な部分の衰え……まさに気力がなくなってきたような気がします。いずれにしても、情けない話ですね。
このまま、どっちつかずの状態でぐだぐだやっているような者に、格闘技のエッセイなど書く資格はあるのだろうか? などと思うこともあります。
まあ、どうなるかは分かりませんが、出来れば今年中には試合に出たいですね。それが叶わなかった場合、いさぎよく連載を終わらせようか……とも、考えています。
以前にも書きましたが、偉そうに格闘技について語る以上、実際に闘えないのでは話になりません。自分では何も出来ないのに、人を批判する輩はどこにでもいますが……今のままでは、そうした輩と代わりないような気さえするんですよね。
そんな訳でして……この連載も、いつまで続くかは分かりません。私自身としても、だらだら続けるのは好きではありませんので。ただ、気力が続く限りは連載していくつもりではあります。




