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格闘技、始めませんか?  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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描きにくい部分

 私はこれまで、このエッセイでリアルとフィクションの違いについて語ってきました。実際、格闘技の話をすると、必ずといっていいほど「リアルとフィクションの違いが分からない人」の意見が出てくるんですよね。特に、この『小説家になろう』においては、その傾向が特に強いように思われます。

 以前にも書きましたが、「体術習えば、体重差が倍以上ある相手でもぶっ飛ばせますよ」という意見が来たことがあります。この時は、本当に驚きましたね。

 ただ私は、この人を槍玉に挙げようと思っているわけではありません。それよりも、こういう意見がなろうの多数派なのかもしれないな……という感想を抱きました。


 実際、なろうにおいて格闘技といえば、最強の古武術をマスターした高校生が無双するというものが多いようです。

 正直言いますと、そのほとんどは読んでいてリアリティーが欠片もないと感じるものが大半です。ただ、これはこれで仕方ないのでしょう。そもそも市販されているプロの作家の手によるライトノベルにしても、似たようなものが多いという話を聞いたことがあります。格闘技経験者から見れば「おいおい」と言いたくなるようなものも少なくないとか……。

 まあ、小説はしょせんフィクションですし、面白ければ問題はないでしょう。特にライトノベルの場合、主な読者層は少年少女です。あんまり小難しい展開を盛り込む必要はないかもしれません。

 ですから、主人公はあらゆる武術を極めた超人……それでいいのでしょう。その方が、書く側としても簡単ですから。


 ここで問題となるのは、リアルな世界を舞台にしてしまった場合です。

 私は以前、なろうにてボクシングの小説を二作品読んだことがあります。しかし、どちらも酷いものでした。リアリティーが欠片もなく「おいおい……」としか言い様のないものでしたね。

 まず致命的なのが、作者の知識が不足している点でした。ボクシングは格闘技の中でもメジャーであり、テレビなどで観る機会も多いです。またボクシング技術について書かれた本や、選手の自叙伝なども多数出ています。つまり、ボクシングについて調べようと思えば、いくらでも調べられるんですよね。

 ところが、なろうで読んだボクシング小説は……全てにおいて表面的でした。

 これは既に削除された作品ですが、ボクシングを始めたばかりの高校生が、トレーニングのためにあえて十六オンスの大きなグローブでミット打ちやサンドバッグ打ちをする……というシーンがありました。これは一見すると、厳しいトレーニングを自分に課しているように見えますが、実はあまり意味のないトレーニングです。

 ミット打ちやサンドバッグ打ちには、体重を乗せクリーンヒットさせるためのコツを掴むという目的もあります。特にミット打ちの場合、小さなミットにパンチをクリーンヒットさせることにより、KOパンチのタイミングを体で知るという目的もあります。

 ところが十六オンスのグローブをはめていると、クリーンヒットさせにくいんですよね。これは経験者でないと分からないかもしれませんが、十六オンスのグローブは大きいため、芯を捉えにくいです。

 それ以前に、十六オンスのグローブはスパーリングで使用するためのものなので、そんなものを付けてミット打ちなどしたら、トレーナーに怒られますが。

 結局のところ、ボクシングについての知識がない人が、よく調べもしないままボクシングについて書いてしまっているんですよね。ただし、読む側もボクシングについての知識が無い人が大半であるため、どこからも突っ込まれないわけです。

 これがもし、ゲームのような一般読者にとって馴染みのある分野だったら話は違ってくるのでしょうね。事実、歴史やSFのようなジャンルですと「ここは違う」「あの部分はあり得ない」という突っ込みが来るそうですから。


 格闘技の小説を書くとなると、当然ながら組み技よりは打撃技の方が書きやすいでしょうね。さらに言うと、空手やキックボクシングよりは、ボクシングの方が書きやすい……と、素人目には映るのかもしれません。

 ボクシングはパンチの攻防のみですから、ジャブ、ストレート、アッパー、フック……この四つだけで話が成立する、そう思っている人もいるのかもしれません。その四つのパンチを適当に組み合わせて相手と殴り合わせ、最後は根性の差で勝つ、そんな展開にすればいいと安易に考えているのでしょう。

 まあ、ここはアマチュアのサイトですし、とやかく言うつもりはないですが……一つ言いたいのは、打撃の攻防はそんな単純なものじゃないよ、ということです。

 たとえば、左右のフックをブンブン振り回し、プレッシャーを掛けながら前進してくるスタイルの相手に対し、主人公は左ジャブで牽制しつつ突進を捌いていくスタイルで対抗します。

 やがて相手は苛立ち、不用意に突っ込んで来たところにカウンターのフックでKO……これは素人目には、フックでKOした場面だけが強く印象に残ることでしょう。

 しかし、重要なのはそこに至るまでの布石です。相手のペースを乱し、苛立たせる。そこに生まれた隙を突く……そうした駆け引きや心理戦のような部分を、きちんと描いて欲しいですね。むしろ、格闘技においてはそれは重要な部分ですから。ただ、経験も知識もない人には書けないでしょうが。

 そう考えると、格闘技のリアルな世界をきっちり書くのは……経験者、もしくはそれに近い立場の人間でないと無理なのかもしれませんね。むしろ、一子相伝の古武術で無双する方が書きやすいでしょう。何せ、リアリティーに考慮する必要がないですから。







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