難しい上下関係
いきなりですが、今回は格闘技における上下関係について語ります。正直、どこの世界に行っても上下関係というものはあるわけですが……格闘技、というかスポーツ界における上下関係というのは、また特殊な気がしますね。あるいは、日本に特有のものなのかもしれませんが。
私は学生時代、部活動はしていませんでした。運動系の部にありがちな上下関係が、嫌で嫌で仕方なかったのです。
事実、私のいた高校の運動部はかなり酷かったですね。一度、先輩と後輩とのやり取りを横で聞いていたのですが……。
先輩:「おい、○○しろって言ったろうが。何でしてねえの?」
後輩:「すみません、これは先に××しなきゃならなかったので、そちらを片付けてから――」
先輩:「能書き言ってんじゃねえよ」
その後、先輩は後輩をねちねちといたぶってました。理不尽な話ではありますが、運動部では、こういう関係が当たり前なようですね。
もっとも、こんなのはまだ甘いようです。高校そして大学とレスリング部に所属していた人から聞いた話では、先輩が白と言ったらカラスも白いと言わなくてはならなくなる、というようなことを言っていました。殴る蹴るは当たり前の、理不尽な扱いを受けたそうです。
これは学校の部活動だけではありません。ボクシングのジムや空手の道場などでも、似たようなことはあるそうです。
これは、聞いた話ですが……昔、とある空手の本部道場で、小学生の黒帯が成人しているサラリーマンの白帯を道場内でいろいろと指図する、ということがあったそうです。もし本当だとしたら、黒帯の少年の人格を確実に歪めるでしょうね。これは明らかに、間違っていると思います。
上に挙げたのは極端な例ですが、昔の格闘技の道場には多かれ少なかれ、こうした傾向がありました。中学生や高校生の黒帯が、中年になってから入門してきた社会人の白帯に敬語を使わず命令口調で指導する、というのは珍しいことではありません。
社会人になってから格闘技を始めるとなると、そのあたりがネックになりますね。「年下の奴らに、タメ口で指導されるなんて嫌だ」という人も少なくありません。
もっとも、最近の道場やジムでは、指導員は基本的に全て敬語を使うはずです。居丈高な態度で、年上の白帯を顎で使う……こんな現象は、今はまず無いと思います。
ただ、これもまた例外はあるようでして……未だに、前時代的な指導を行う道場もあるようです。こういった場所には、通わないにこしたことはありません。金を払って、不快な思いをする必要はないですから。
格闘技の上下関係は、本当に特別なものがあるように思います。先輩の試合のセコンドに付いて身の周りの世話をしたり、逆に先輩にセコンドに付いてもらったり、共に痛い思いをしながら練習したり……やはり、辛く苦しい共同体験というのは、人間同士の結びつきを強くするのでしょう。
上下関係には、確かに嫌な面もあります。特に若い時は、理不尽な関係に腹立たしい思いをすることもあるでしょう。
ただ、若いうちに理不尽な思いを経験しておくのも、悪いことだとは言えません。少なくとも、社会に出れば理不尽な上司は幾らでもいます。男女を問わず、気分屋な人間は多いですからね。私も、「腹が減ると怒り出す上司」「二日酔いで出勤してきては、部下を怒鳴り散らす上司」「自身の若い頃の話を自慢気に語る上司」などといった傍迷惑な連中を見てきました。
ところが、体育会の部にいた人間は平然としてるんですよね。先輩からの理不尽な命令に従う生活をしていたせいか、会社組織の中での立ち回りが本当に上手く、また精神的にタフなんですよね。「うちの部にいた先輩たちに比べれば、全然たいしたことないです」と言っていましたが……とにかく、パワハラなんかものともしない精神的なタフさが身に付くようです。
最近はパワハラにもうるさくなってきたようですが、それでも社会に出れば「えー……」と言ったきり途方に暮れてしまうような理不尽な目に遭うことはあります。学生のうちから、その理不尽さに慣れておくのもいいかもしれません。
もっとも、どうしても嫌な人には勧めるつもりはありませんが。
最後に、この場をお借りして宣伝させていただきます。私の先輩にあたる人が十一月二十九日に後楽園ホールでプロボクサーとしてデビューします。
この春田智也さんという人はもともと総合格闘技の選手であり、ブラジリアン柔術の紫帯も持っています。レスリングも強く、打撃と寝技ともにバランスの取れたトータル・ファイターでした。
私の所属しているジムにも、ちょくちょく出稽古に来てくれていました。春田さんは当時、体重が九十キロ近くあり、私のいい練習相手となってくれていました。とは言っても、毎回私がボコられていたのですが……。
そんな春田さんが、プロボクサーとしてデビューするわけです。言うまでもなく、ボクシングでは蹴りは使えません。これまで培ってきたレスリング技術やブラジリアン柔術の技術を、捨て去らないといけない世界です。
そのボクシングという世界で、プロとして一からやっていく……この姿は、後輩として痺れますね。もし興味のある人は、会場に足を運んであげてください。春田さんの登場は第一試合ですので。




